イノベーションのジレンマとは、企業経営の理論のひとつ。
ハーバード・ビジネス・スクール教授であるクレイトン・クリステンセン氏が提唱し、注目を集めました。
簡単にいうと、大企業が既存技術の発展に注力している間に、新興の事業や技術がイノベーションを起こし、新興企業に大きく遅れを取ってしまうという意味です。
イノベーションのジレンマは、一見大企業の経営課題であり、企業規模に要因があるように感じてしまいますが、実際にはさまざまな要因があります。
この記事では、さまざまな規模の企業における「イノベーションのジレンマ」と「イノベーションの創出」の事例を読み解き、「イノベーションのジレンマ」を引き起こす本質的な要因を探ります。
目次
イノベーションのジレンマとは
クレイトン・クリステンセン氏の著書『イノベーションのジレンマ』では、イノベーションは「破壊的イノベーション」と「持続的イノベーション」との2つに分けることができるとしています。
イノベーションについてはこちらの記事で紹介しています。
イノベーションとは?破壊的イノベーションとイノベーションのジレンマの事例を徹底解説!
破壊的イノベーションとは
破壊的イノベーションとは、既存の市場や産業構造を根底から変えるような技術革新のことです。
新たな技術やビジネスモデルの導入によって、これまでにない用途や解決策を提示します。
この概念は、クリステンセン氏によって提唱されました。
破壊的イノベーションが対象としているのは、既存顧客ではなく潜在的な顧客層であり、主に新興事業者によって起こされます。
これによって、既存企業が積み上げてきた技術や価値観が根底から覆されることも少なくないため、既存企業には大きなダメージになりかねません。
新たな市場を形成しつつ、徐々に性能向上を図ることで既存の市場を侵食していき、ビジネスの幅を拡大していくことも、破壊的イノベーションの特徴といえるでしょう。
破壊的イノベーションは、既存企業が高価格帯の顧客向けの「持続的イノベーション」に注力している間に生じるイノベーションであるため、多くの既存大手企業が破壊的イノベーションに対応できないという課題があります。
代表的な例は、従来型携帯電話市場を根本的に変えたiPhoneや、手頃な価格と性能で台頭したレノボ製品などです。
破壊的イノベーションには、「ローエンド型破壊」と「新市場型破壊」の2つがあります。
持続的イノベーションとは
持続的イノベーションとは、既存の製品やサービスを段階的に改善し、性能や品質を高めることで顧客満足度を向上させる取り組みです。
このアプローチは、特に既存の顧客ニーズを満たす目的で、高性能で高付加価値な製品やサービスの開発に焦点を当てています。
例えば、家電製品におけるエネルギー効率の改善や、スマートフォンのカメラ機能の向上などが挙げられます。
こうした取り組みによって既存顧客のニーズに応えることは、既存顧客基盤を維持し、競争優位を確保するうえで重要です。
ただし、企業が持続的イノベーションに過剰に集中することで、破壊的イノベーションへの対応が遅れ、業界全体での競争力が低下するリスクがあります。
日本の製造業においてもイノベーションの重要性は指摘されていますが、持続的イノベーションのみならず、破壊的イノベーションも視野に入れながら、新たなビジネスモデルを模索し続けることが成功の鍵となります。
これらの2つのイノベーションは、互いに補完的であり、どちらか一方に偏ることなく両立させる戦略が、企業の長期的な成長において重要です。
大企業はステークホルダーに利益還元する義務を負う中で、経済合理性の高い「持続的イノベーション」を選択してしまいがちな傾向にあります。
しかし、「持続的イノベーション」を続けていると、ある時点でプロダクトやサービスが顧客のニーズを超え、オーバースペックとなってしまうでしょう。
そうこうしている間に、新興企業による「破壊的イノベーション」が巻き起こされ、それが市場に受け入れられる事によって大企業の提供価値が毀損してしまう状況となる、という説明がされています。
このような事例は、国内でも枚挙にいとまがありません。
イノベーションのジレンマが起きる原因
イノベーションのジレンマが起こる原因には、いくつかの理由が挙げられます。
イノベーションのジレンマの原因について、詳しく解説します。
短期的利益を重視する顧客や株主の意向が優先されるため
既存事業が安定した収益を上げている場合、顧客や株主などのステークホルダーは、短期的な利益を重視して新しい事業への投資を躊躇することがあります。
革新的な新製品やサービスは、必ずしもすぐに大きな利益を生み出すとは限らないため、短期的な視点ではリスクが高いと判断されがちだからです。
企業はこのようなステークホルダーの意向を優先するため、イノベーションのジレンマが起こる原因となります。
小規模な市場では大企業の成長ニーズを満たせないため
大企業には、既存の事業規模を拡大し、継続的な成長を追求することが求められます。
このような大企業のニーズを満たすには、ある程度の市場規模が必要です。
しかし、破壊的なイノベーションは最初は小規模な市場から始まることが多い傾向にあります。
破壊的イノベーションが起こりやすい市場規模では、大企業の成長ニーズを満たすには不十分であるため、イノベーションのジレンマが起こりがちなのです。
存在しない市場は分析できないため
破壊的なイノベーションは、既存の市場にはない全く新しい価値を提供することが特徴です。
そのため、過去のデータから市場分析をすることは不可能です。
新しい市場のポテンシャルを正確に予測することが困難である以上、リスクを回避するために、大企業はニーズが顕在化している市場への投資を優先します。
一方で新興事業者は、完璧な市場分析結果がなくても新しい市場に飛び込むバイタリティを備えていることが多いため、結果的に大企業が遅れを取りがちです。
既存事業の能力が高まることで異なる事業が行えなくなるため
既存事業が成功すればするほど、特定の技術やノウハウ、組織構造が確立されていきます。
すると企業内でのリソース配分や評価制度が最適化されていくため、新しいことに取り組みにくい体質になります。
新しいビジネスモデルを取り入れるには大きな変化が必要です。
既存の事業で成功し最適化されている場合、大きな変化を伴う異なる事業への参入は難しくなってしまうでしょう。
また、破壊的イノベーションは、立ち上げ当初は利益率が低く不確実性が高い傾向にあるため、大企業ほど避けがちです。
技術力向上と市場ニーズの間には常に相関性があるわけではないため
製品の性能を高めたり、新しい技術が開発されたりなど、企業の技術力が向上したからといって、顧客がそれを求めるとは限りません。
大企業は既存製品の機能性を向上させることに注力しがちですが、過剰品質や過剰性能だと顧客が感じれば、破壊的イノベーションの方に魅力を感じる可能性もあります。
既存事業の技術力を向上させることは重要ですが、技術革新が市場に受け入れられない場合、せっかくの投資が無駄になってしまう可能性もあります。
大企業によるイノベーションの事例
インターネットテレビ
直近の大手企業におけるイノベーション創出の事例として、大手ネット広告代理店による「インターネットテレビ」事業が挙げられるのではないでしょうか。
この大手ネット広告代理店は、東証一部に上場している巨大企業です。
しかしながら、その企業規模をものともせず、既存のテレビ業界を覆しかねない「インターネットテレビ」という「破壊的イノベーション」を世に送り込みました。
なぜ、この「破壊的イノベーション」を産み出す事ができたのでしょうか?
その理由の一つに、既存業界であるテレビ局との「共存戦略」があったようです。
実際に、テレビ局とタッグを組み、両社内で共通の「キャンペーン」をうって、番組制作を共同で進めたりしているそうです。
ネット広告代理店の社長は「テレビ局との対決姿勢は持っていない」と断言しています。
一方で、過去にあるネットベンチャーがテレビ業界をネットの力で塗り替えようと打って出た時、多くの反対勢力によって、その動きが沈められていった過去もあります。
この両社の違いは明白ですね。
カスタムオーダーのアパレルネット販売
また、日本最大のアパレルECモールが、カスタムオーダーのプライベートブランド(PB)を立ち上げた事も、直近における「イノベーションのジレンマ」を乗り越えた好例と言えるのではないでしょうか。
こちらの企業も東証一部に上場しており、時価総額は1兆円を超える超巨大企業です。
一般的に考えると、既存のECモール事業とPB事業はどう見てもカニバリゼーションを起こします。
しかし、アパレルECモールの社長は「カスタムオーダーの仕組みを噛ませた事で、この2つの事業は、むしろ相乗効果を産む」と断言しています。
中小企業が「イノベーションのジレンマ」に陥った事例
あるスタートアップ企業におけるイノベーションのジレンマについて紹介します。
従業員数30名程度のスタートアップ企業が、主事業での成長の壁にぶつかり、新規事業を立ち上げました。
新規事業は順調なスタートを切ったものの、既存事業のメンバーからの反発に遭ったことで、次第に事業は停滞してしまいます。
その原因は、既存の事業が属人化していたため、新規事業への投資が難しくなったこと。
さらに、キャッシュフローの問題から目先の利益を重視する文化が根付いてしまっていて、長期的な視点でのイノベーションが阻害されたことが挙げられます。
固定化した組織文化を変えるのは、容易ではありません。
そのため企業運営においては、初期の成長段階からイノベーションを重視して、イノベーションを促進するような組織文化を醸成することが不可欠といえます。
加えて、短期的な成果だけでなく、長期的な成長のためにイノベーションに投資する重要性を組織全体で理解しておくことが大切です。
イノベーションのジレンマへの対処法・対策案
イノベーションのジレンマは、大企業であっても中小企業であっても起こる可能性がある問題です。
イノベーションのジレンマの対処法や対策案を解説します。
イノベーションの創出を経営課題の最優先事項と捉える
イノベーションを単なるオプションではなく、企業の存続と成長のための必須事項と位置づけることが重要です。
根気良く、社内外でイノベーションの重要性を発信し続けます。
そしてトップレベルからイノベーションへのコミットメントを示し、組織全体でイノベーションを推進する文化を醸成しましょう。
具体的には、イノベーションに関するKPIを設定し、定期的に進捗状況を評価することが有効です。
既存の企業や製品との間に対立関係を作らない
新しいイノベーション、特に破壊的イノベーションは既存事業を脅かすという捉え方をされがちです。
この考え方は、イノベーションを阻害する大きな要因となります。
しかし新しい事業は既存事業に対立するものではなく、既存事業を補完して新たな収益源を生み出すものとして位置づけるべきです。
既存事業と新規事業の連携を強化し、シナジー効果を生み出すことで、組織全体の成長に貢献できます。
長期的な利益を考える
短期的な利益追求にとらわれず、長期的な視点でイノベーションに取り組むことが重要です。
新しい事業は必ずしもすぐに大きな収益を生み出すとは限りませんが、長期的な視点で投資を続け、市場の成長を待つことで、大きな成果につながる可能性があります。
そのためにも、常に市場の変化や新しい技術の動向をモニタリングしてアンテナを張っておくことをおすすめします。
意思決定のスピードを早める
イノベーションは、迅速な意思決定と実行が必要です。
過去の成功体験や栄光にとらわれすぎて、新しいアイデアがあってもなかなか実現されないと意味がありません。
既存事業の業績が好調である企業ほど、今のやり方に固執してしまいます。
フラットな組織構造を構築し、権限委譲を進めることで、意思決定のスピードを向上させることができます。
また、失敗を恐れず、迅速に試行錯誤を繰り返す柔軟な組織体制も有効です。
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そのカギとなるのは、人材育成です。
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まとめ
イノベーションのジレンマは、大企業ほど直面する経営課題です。
ただし、イノベーションのジレンマに悩むのは、企業規模だけが原因ではありません。
イノベーションのジレンマを解消するには、発生要因を正しく理解して対処することが大切です。
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