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〈パネリスト〉

清水建設
設計本部 木質建築推進部
部長

水落 秀木

モリアゲ
代表取締役

長野 麻子

モリアゲ
代表取締役

長野 麻子

CSRデザイン環境投資顧問
代表取締役社長

堀江 隆一

〈ファシリテーター〉

〈ファシリテーター〉

日経BP 総合研究所
上席研究員

小原 隆

日経BP 総合研究所
上席研究員

小原 隆

小原 最初に、建築物の中大規模・中高層木質化に関する清水建設の取り組みについてうかがいたい。

水落氏 中大規模・中高層木質建築の取り組みは、国内でもここ5年間ほどで急速に進んできた。当社は耐震性、耐火性、経済性を踏まえた要素技術を開発し、最適な建物の木質化を目指している。

 例えば、地上9階建ての「野村不動産溜池山王ビル」(2023年竣工)では、木質化によってワーカーの健康と快適性を確保する空間づくりを図った(図1)。地上12階建ての「(仮称)京橋第一生命ビルディング」(25年竣工予定)では、建設時における二酸化炭素排出量を20%削減する効果を見込んでいる。

「環境配慮」と「ウェルネス」をコンセプトとした都市における高層木質サステナブルオフィス(野村不動産溜池山王ビル)。木質空間によるワーカーの健康・快適性、知的生産性の向上を図る
(出所:清水建設)

小原 パネルディスカッションでは、「時間軸のずれ」「木材利用と建設業」「リジェネラティブ」という3つのテーマを設定したい。

 「時間軸のずれ」とは、木材活用という目標は共通しつつも、林業、建設業、金融や不動産業という業種の違いによって、視野に入れる時間の長さが食い違う状況を指す。こうした時間軸のギャップをいかに埋めていくか。

水落氏 木材は育成から伐採まで50年前後かかり、森林全体の循環を考えると百年単位になる。建物は設計や工事は数年で終わるが、完成後も50年以上存続する。こうした中、木と建物の安定した循環を生み出すには、安定的な木材需要の創出が課題だ。木の使用が建築計画のインセンティブになるように位置付けることで、安定的な木の需要が生まれ、両者の時間軸がそろうのではないか。

堀江氏 「The Tragedy of The Horizon(時間軸の悲劇)」という言葉がある。これは、気候変動などのリスクが数十年、数百年をかけて社会に影響を及ぼすのに対し、金融や投資の現場では数年程度の時間軸で価値を評価している状況を意味する。なお、企業が環境に及ぼす影響は、時間とともに企業の企業価値へ、やがて財務会計へと影響を及ぼしていく。「ダイナミックマテリアリティ」という考え方だ(図2)。

 これらの時間軸を合わせるには、気候変動によって将来どのようなリスクや影響があるのかを金融側で折り込めるような「見える化」が欠かせない。木や森に関する定量的、定性的な価値を見える化することによって、数十年先のことも投資判断の材料にできるようにすることが重要だ。

小原 「木材利用と建設業」という観点も加味すると、どう考えるか。

長野氏 自然資本の持続性がないと、人間の経済・社会活動も続かない。木材を供給してくれる人工林自体は人間がコントロールしながら整備するものだが、大枠を規定するのは自然の摂理だ。建物に木を使うことで、自然循環のスピードを超えない範囲で経済・社会活動を進めることの重要性を理解できるだろう。

 異業種の多くの目で、森の将来を考えていくことも大切になる。建設業はもともと木や森、山や水といった自然との結び付きが強い。建設のライフサイクルを森の循環に戻すためにも、建設関係者がより積極的に森に関心を持ち、実際にかかわり、自然資本を維持する担い手となって未来を切り開く提案をしてほしい。

小原 3つ目のテーマ「リジェネラティブ」は、再生を意味する。「サスティナブル」が現状の維持を示しているのに対し、より良くするというニュアンスが加わる。

堀江氏 例えばTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)が掲げる「ネイチャーポジティブ(自然再興)」という目標は、リジェネラティブに通じる概念といえる。建設分野では、間伐材の使用、建物全体が分解可能な工法や自然エネルギー循環を促すデザインなどが該当し、実際にそうした動きも出てきている。

長野氏 日本には、伊勢神宮の式年遷宮のように資源や人の技をつないでいく仕組みがある。一般の建物も「畳」や「間」で規格化され、建材や建具を再利用するリサイクルルートを有していた。足元にあるこれらの知恵をうまく生かしつつ、現代の素材や技術でアップデートして森とつなげていくことが大切だ。温故知新で、新たな式年遷宮や新たな日本式の建築の在り方を共に考えていけば、おのずと自然に従い、森が維持され、まちも循環していく状態へとつながっていく。

水落氏 清水建設のイノベーション拠点「温故創新の森NOVARE」では、東京五輪時にリユースを前提に設計されたベンチを外部の木製ルーバーやOAフロアに用いるなど、再利用の工夫をいろいろと盛り込んでいる。伝統的建築には、再利用や移築を視野に入れた考え方が備わっている。そうした知恵を現代の木造にどう生かすかを、さらに考えていきたい。

堀江氏 ちょうど今日(2024年11月1日)、国土交通省がTSUNAG認定(優良緑地確保計画認定)を開始した。気候変動、ウェルビーイング、生物多様性などの広い観点から評価するこの認定は、緑地に投資する流れを生み出す。木質建築物にも同様の認定・認証制度ができると、金融側は投資しやすくなる。

長野氏 環境関連のデータ測定や見える化の技術は、既に整っている。あとは実行するだけだ。

小原 旧来の重層構造を持つ建設業界も、木質化の取り組みによって多くの人が関わり開かれるようになってきた。木質化を契機に建築の可能性が広がっていくことを期待したい。

※所属・肩書は2024年11月1日時点のものです。