LIXILは家庭用をはじめ、さまざまな設備機器等を生産している住宅設備メーカーです。今回注目したのは、住まい用ではなく、誰もが利用するパブリックトイレ。駅や病院、商業施設など、住まい以外のすべての建物に設置されているトイレのことですが、現在、設計と維持清掃という面で課題を抱えているといいます。まずは、設計のほうから話を伺っていきましょう。
「パブリックトイレとは、みなさんがお仕事や外出先で、利用するトイレです。今まで、建築物が設計されるときには、利用が想定される人数に対して、便器の数や配置といった条件を細かく考慮する必要がありました。今回、LIXILでは、そういった要件を入力すれば自動で設計できるクラウドサービス『A-SPEC』を開発し、AIがつくったプランを人間が選ぶというサービスを開始しました」。こう話すのは、このプロジェクトを率いる小松紀明さん。
もともと、LIXILの社内には、パブリックトイレの設計を行う部署があり、「もっとたくさんの方の困りごとを解決したい」という想いから誕生した事業だそう。社内では人が関わるためにどうしても設計時間の短縮や設計品質の向上という課題を抱えており、その課題をDXにて解決を目指して「社内ベンチャー」として誕生しました。
小松さんが自動設計でまず手掛けたのが、「バリアフリートイレ」。このトイレ一つとっても、広さが限られた空間で、車いすユーザーや小さなお子さん連れなどが利用するため、便器だけでなく、洗面器、おむつ交換台、着替え台、オストメイト対応の流しなどをバランスよくレイアウトする必要があるのと同時に、法律で定められたガイドラインも確認しながら設計しないといけないため、知識や経験も必要なとても大変な作業となります。
「何をどのように配置し、動線を考えるとよいのか、実はバリアフリートイレには、設計の基本がつまっています。ここでは私どものA-SPECでは、ベストの案を出すだけでなく、何万通りにもシミュレートしたもののなかから、複数の設計案を提案し、案ごとにアドバイスを添えて、最終的には『人』がより良いプランを選ぶというインターフェイスにしました」と小松さん。
こうしてバリアフリートイレで得た知見を活かし、現在ではパブリックトイレ全体の自動設計までできるようになりました。YouTubeでは、実際に「A-SPEC」を使って設計する様子の実況動画がアップされていますが、「筆者のような素人でも設計、できちゃいそう!?」というおもしろさ。図面だけでなく3Dモデリングなどもすぐに見られるので、誰でもイメージしやすく、評価、選択しやすいのもステキだなと思えます。
この「A-SPEC」のPRプロデューサーでもある、鶴田彩子さんは以下のように話します。
「私自身、トイレ空間を提案する部署にいるのですが、一人のA-SPECのユーザーとして、もう自動設計のない時代には戻れないなと思っています。一般にパブリックトイレの設計は、設計事務所の特に男性が担うことが多いんですね。すると、障がいのある方や子ども、高齢の方など、多目的トイレの当事者の方と接点がないことが多いもの。どうしても使い勝手を想像することに限界があると感じています。その点、A-SPECを使っていただければ、最低限必要な配慮、快適性、動線などが担保されています。そのうえで、自分の設計やアイデアをプラスすればいい。設計するうえでも安心感があるというのは、設計を担う若手にとっても大きいのではないでしょうか」(鶴田さん)
自動設計で出された案をもとに、微調整を重ねて、ブラッシュアップする。図面を引くという作業を省きつつ、よりよい建築のために考える時間を生み出す。そういう意味で、AIの理想的な活用法だといえそうです。
2020年のリリース以降、A-SPECは、設計者たちにすでに活用されており、日本のさまざまなパブリックトイレ設計に使われているそう。かつて、建築業界では「設計は線を引くことが大切」という価値観が主流でしたが、近年ではDX化の推進、労働時間の短縮、業務内容の見直しが求められており、そうした時代の流れに非常に沿ったものになった、と小松さん。
「若い働き手が減るなかで、どの企業も労働時間の削減や業務効率化は急務なので、非常に多くの企業さまで活用いただいています。また、自動設計以上に注目されているのが、トイレ混雑予測(混雑予測シュミレーション)です。実際には『混雑予測だけでいいから見せてくれ』といわれるくらいです(笑)」と話します。
確かに、トイレが不足していて行列ができている&汚れていると、お出かけするのをためらうという声もよく聞くので、「トイレが大事」だと思う設計者、運営企業は非常に多いようです。
また、ユニークな実例のひとつとしては、新潟県燕市宮町では、商店街の活性化のためにつくられた「宮町まんなかトイレ」でも、設計のベースとして使われたそう。
「『宮町まんなかトイレ』は、2024年4月に、新潟県燕市に誕生した有料公衆トイレです。設計は新潟工科大学の大学院生が行っていますが、このときにもA-SPECのプランをもとに、学内の多機能トイレでの検証、ヒアリングを重ねて最終プランができたと聞いています」と小松さん。
面積は約2.7平米と大きめなので車椅子でも利用しやすいほか、おむつ交換台やベビーチェアがあるので、商店街に出かけたときに困る「トイレ問題」を解決しています。
「パブリックトイレというと、設計者が考えることと思われていて、一般の人には遠いと思われがちです。ただ、実際には多くの人が利用していますし、使わない人はいませんよね。だからこそ、『みなさんといっしょに考えること』が大切だと思っています。 A-SPECという自動設計を通して、より多くの人が使いやすいトイレをつくるにはどうしたらいいか、多くの人に意見をもらって、アップデートを重ねていきたい。これがよい未来につながっていくと思っています」(小松さん)
設計者以上に差し迫った人手不足に陥っているのが、パブリックトイレの清掃です。実はパブリックトイレは、不特定多数の人が使用し、使用頻度が高く、汚れやすいので、清潔に保つのはとても難しい場所なのだといいます。私たちが思う以上に、日々の清掃に加え、つまりや不具合などの修理、メンテナンスに、多大な工数・コストがかかっているのです。一方で、清掃を行うスタッフの採用難は深刻化。そのため、近年では、ビル管理会社の管理職が清掃現場をまわっていることもあるくらい、とにかく人手が足りていないそう。
LIXILのトイレクラウドサービスは、こうしたトイレの清掃問題に着目、トイレの使用状況をリアルタイムでモニタリングし、清掃やメンテナンスの効率・最適化を図るサービスです。リアルタイムでトイレ状況を監視し、最適・最短の清掃動線を教えてくれるほか、「詰まり」などの異常を検知すると、スマホにアラートが出てお知らせしてくれるといいます。
「ビルの清掃員さんは、みなさん、とてもまじめなんです。決められた時間・手順に則り、汚れている場所もきれいな場所も、マニュアル通り、全部キレイに清掃してくださいます。仮に使用されていない便座があったとしても、一律、清掃していました。トイレクラウドでは、利用状況をモニタリングしているため、未使用トイレについてはスキップしていいよと、スマホのアプリでわかるようにしています。こうしてトイレの利用状況を見える化、最適化していくと、多くの施設で清掃工数が半分で維持できることがわかってきています」と開発に携わった小川祥司さん。
LIXIL自社の実証実験でも、キレイな状態を維持しつつ、清掃業務工数が45.7%削減できたといいます(2022年LIXIL調べ)
清掃業務が半分になるというのは、清掃人員が半分で済むということ。今後の労働人口の減少を考えると、多くの施設で導入必須のサービスになりそう。現に駅や大規模ショッピングモール、スポーツ施設、大手スーパーなどで採用が相次いているといいます。
ですが、そもそも、トイレ清掃そのものを自動化やロボットが代替できないのでしょうか。
「弊社でも汚れのつきにくい便器を開発していますし、家庭用の最新機種では自動でお掃除する機能を搭載していますが、パブリックトイレは不特定多数の方が使用し、汚れもさまざまな上に、トイレ空間も広く、床や壁への飛び散りといった汚れの性質上、ロボットなどでは清掃がどうしても難しく、いまだに人の手は欠かせないと考えています」と話すのは、同じく担当の齋藤淳さん。
あわせて、今回のクラウドサービス開発にあたり、トイレ清掃のプロフェッショナルの人たちが誇りをもって、楽しくスマートに働いてもらうことを大切にしたといいます。
「今回のサービスでは、清掃スタッフに一人1台スマホを支給し、清掃をしてもらうことになります。一方で、清掃スタッフはその多くが高齢で、スマホをさわったことがない人がほとんど。そのため、スマホアプリというだけで、はじめは拒否感があり、とりあってもらえませんでした。ですが、いっしょに現場のトイレ清掃を行い、だんだんと打ち解けてもらったんです。ともに清掃をすると、こちらの本気が伝わり、アプリの良さ、改善点、要望などを教えてもらえるようなりました」(齊藤さん)
サービス開始後も、フィードバックをうけては文字の大きさ、デザイン性、操作性、見やすさなどを逐次改善していったそう。
「トイレ清掃は大変な仕事です。だからこそ、スマートに働けて、自信をもって働いてほしい。トイレクラウドのアプリには、スタッフのモチベーションアップにつながる仕掛けもして、とても喜ばれています。清掃スタッフからは、スマホに抵抗がなくなり、プライベートでもスマホ使うようになったという声をいただいていますが、これもうれしかったですね」(齊藤さん)
AI・クラウドサービス×トイレというと、あまりピンときませんでしたが、「AIにできることはAIに」「人間ができることを最小化、最適化していく」と考えると、非常に相性がよいものだと思いました。筆者はおなかが弱いので、パブリックトイレがきれいでないと困る一人です。生き物である以上、排泄は欠かせない行為ですし、トイレは不可欠な場所です。AIやクラウドサービスの力を借りつつ、キレイなトイレが保つ。「これが理想的なテクノロジーのあり方なのでは?」という感動の取材となりました。