著者: 長谷川賢人
「えーっ、住むところあるんですか?」
たしかに秋葉原は、暮らしが想像しにくい街かもしれない。問われるたびに僕は、秋葉原がいかに便利で楽しい場所か、しばし力説する。たいてい表情が明るくなるのは公私で移動することが多い人か、カルチャーが好きな人か、サウナを愛する人である。
「住めば都」という言葉があるけれど、言うなれば秋葉原は「都に住む」感じ。あまり知られていないだけで、秋葉原の生活は快適なのだ。
秋葉原は、あのころのインターネットそのものだった
あれは2004年……高校2年生のころ、よく学校の屋上で母がつくってくれたお弁当を食べていた。たらこやしらすの入った卵焼きの健やかな黄色。でも、僕の学校生活は変化に乏しい鈍色だった。
知り合いが全くいない私立高校へ進学したが、2年次のクラス替えでせっかくできた友人たちと離れてしまい、新しいクラスメイトと馴染めなかった。
いじけた僕を、この世につなぎとめてくれたのがインターネットだった。小学6年生でマンガ『まもって守護月天!』のシャオリンにときめきを覚えて以来、二次元キャラや声優への興味が加速。中学2年生でドリームキャストでネットにつながってから、夜ごとファンサイトの掲示板に入り浸り、テキストサイトを読み耽り、2ちゃんねるを追いかけていた。
店員が制服やコスチュームをまとって接客してくれるメイド喫茶やコンセプトカフェも、すっかり秋葉原の景色のひとつになった。秋葉原で初めてのメイドカフェである「キュアメイドカフェ」の開店が2001年だから、このカルチャーも20年に達しようとしている
当時の秋葉原は僕にとって、ひと潜りすると見たことのない世界が広がっていく、インターネットそのものだった。
泥のような学校生活と対極的に、ピンク色の内装で彩られた「カフェ メイリッシュ」に入れば、可愛いメイドさんが「おかえりなさい」と迎えてくれる。裏路地では、いかにも怪しげなソフトウェアを並べる出店がにぎわう。アングラ感という言葉がしっくりきた。
ギャルゲーとアキバカルチャーに思春期を費やし、同人音楽や同人ゲーム、自作PC、オーディオと触手を伸ばしながら僕は熱を上げていく。
「中国製スピーカーの内部配線を変えると音が良くなる」とか、「ガレージキットの着彩を良くするためには鍋で一度煮るべし」とか、興味のない人には全くどうでもいい知識が増えることが、面白くて仕方がなかった。
訪れるたびに味わう、「夢の国」のような高揚感。実家のある三鷹から、交通費を節約するために片道2時間かけてもママチャリで通えた。
時は飛んで、2018年。編集者・ライターとして独立し、仕事も軌道に乗り出したころ。自分のなかに、ほのかな乾きを感じた。潤す何かを求めて、漠然とした憧れを叶えるべく、秋葉原に事務所を構えた。
メインストリートである中央通りからも近い場所で過ごすようになり、2年半が経つ。その後、自宅も徒歩圏内に移し、晴れて秋葉原の住人となった。高校生の僕に「大丈夫、お前は未来で秋葉原に住めるってよ」と、励ますような気持ちだった。
電車9路線にアクセスできる神立地
フリーランスのライター稼業は、仕事先が毎日のように変わる。朝イチに六本木、翌日は渋谷でインタビュー、ふいに五反田で打ち合わせ……。
Googleマップに行き先を入力するたび、秋葉原は稀に見る「神立地」なのだと思い知る。めちゃくちゃ電車に乗りやすいのだ。徒歩圏内の近隣駅も合わせると、9路線にアクセスできる。
メインの秋葉原駅からは、山手線、中央・総武線各駅停車、京浜東北線、東京メトロ日比谷線、つくばエクスプレス。そして、岩本町駅(都営新宿線)、末広町駅(東京メトロ銀座線)も歩いてすぐだ。15分あまりかかるが、湯島駅(東京メトロ千代田線)、上野御徒町駅(都営大江戸線)も射程といえる。
銀座線は乗り換えも頼もしい。三越前駅(東京メトロ半蔵門線)、日本橋駅(東京メトロ東西線、都営浅草線)、銀座駅(東京メトロ丸ノ内線/有楽町線)、新橋駅(新交通ゆりかもめ)と接続が良く、どこへ行くにもどこから帰るにも便利。
長距離移動にも適している。秋葉原から2駅先は東京駅と上野駅であり、新幹線もすぐに乗れる。空の便は浜松町駅を経由して、東京モノレールで羽田空港へ。東京駅からのリムジンバスを使えば、成田空港にも行きやすい。
交通が一際強いだけでも、僕のような働き方には大いにプラスがある。
日課のアキバ散歩で「時代」を感じる
秋葉原には、いつも「時代」が表れている。
季節ごとに切り替わるアニメ、ゲームやマンガの新発売、アイドルや声優の新曲リリース、話題の新作家電、うっかり惹かれる変なガジェット……ふらふらと散歩をすれば、昨日までと違うことを何かしら発見できる。
この「ふらふらと散歩」の距離感も、ほどよい。
調べてみると、AKB48劇場があることで有名な「ドン・キホーテ秋葉原店」を起点とするなら、一般的に“アキバ”と親しまれるエリアは300mほどの円にすっぽりおさまってしまう。もはや、電気とアニメの国立公園みたいなものだ。
ぎゅっと面白さが詰まった街を、着の身着のままで歩けるのも気楽でいい。「服を買いに行く服がない」という文句は、秋葉原では通じにくいように思う。
そこかしこでコスチュームに身を包んだカフェ店員がチラシを配り、アニメキャラのTシャツを着た人たちが行き交っている。野暮ったい服だったとしても、それはそれでアキバらしい色の一つになる。あらゆる人が同じ空間に馴染んでしまう。
雑多なんだけれど、雑然とはしていない。それも秋葉原らしさのひとつといえそうだ。
サウナー垂涎の施設が徒歩圏内に
1週間ばかりサウナに入らないと不調を覚える僕には、秋葉原は素晴らしい拠点である。
秋葉原にもらくスパ1010神田といった温浴施設はあれど、隣街の神田、御徒町、上野が徒歩圏内なのだ!言わずもがな、サウナーにとっては東京屈指の楽園エリアのひとつだろう。
スパリゾートプレジデント、サウナ&カプセルホテル北欧、「オリエンタル」グループの他にも、30分ほど散歩すれば鶯谷のサウナセンターにだって着いてしまう。総武線に7分乗れば名店の多い錦糸町が広がり、日比谷線で湯乃泉草加健康センターにも行きやすい!
サウナーがこぞって遠征するほどの施設が生活圏内にある。この話に、俄然目の色が変わる人も増えてきて、仕事先での話題づくりにも役立っている。
例えば、明るいうちの午後にこんなコースを楽しむ。
まずは15分ばかり散歩して、神田セントラルホテルでサウナ。コンビニでビールでも補給しながら、とんかつの名店「丸五」へ入る。揚げ油の良い香りに包まれながら、キリンラガービールをかたむけつつ特ロースを待つ。美しく光るとんかつを堪能したら、ジューススタンドの「果寮MATSUTOMI」でライムジュースを飲んで口中をさっぱりさせる。
おや、まだ18時……。
あるいは、スパリゾートプレジデントでととのってから近場の「とんかつ山家」か「まんぷく」に吸い込まれ、ビールを飲みつつとんかつを楽しむ。ささいな悩みなど爆散するほどの充実感が得られる。
お察しの通り、僕はサウナ後のとんかつにハマっている。サウナ後のととのいが、とんかつの多幸感でブーストされると、ぶっ飛べます。
充実している「食」と「住」に、安心感が高まる周辺施設
楽しいだけでなく、秋葉原は十分に住みやすい街だと感じている。
日用品の買い物は楽勝だ。24時間営業のドン・キホーテや肉のハナマサがある上に、スーパーなら福島屋、成城石井、ピーコックストア、まいばすけっとが点在している。ドラッグストアもマツモトキヨシ、トモズ、コクミンドラッグといったチェーンが出店済み。
一昔前は「昼飯を食べるところがない」と揶揄されるくらいに選択肢が乏しい街だったが、その汚名を疑うほど飲食店は増えた。ラーメンやカレーは激戦区の様相になっている。
家系ラーメンの「武将家 外伝」で刻みタマネギをトッピングをして、スープに沈めてからライスに乗せると危険な旨さだ。夜中の4時まで営業する「ごっつ」も危険だし、独自のスパイスラーメンを出す「卍力」も中毒性が高くて危険である。
ラーメンではないが、朝6時から開いている「みのがさ 神田和泉町店」で食べる春菊天そばとミニカレーのセットもたまらない。
そして、僕が猛烈に推しているのが、末広町駅すぐそばにあるジューススタンドの「果寮MATSUTOMI」だ。もはや「飲むフルーツ」と言いたくなるくらい、果実そのままの美味しさにひたれる。
季節ごとに変わる旬のセレクトなら、桃、ナガノパープル、スイカ、マスクメロン、和梨あたりは外せない。店頭の看板から季節を感じられるのもいい。
レギュラーメニューでは、コクのある甘みにとろける「いちご」、酸味のバランスが後引く「キウイ」も良いけれど、僕は「ライム」の「甘さ控えめ」をよくお願いする。
これがもう美味しくておいしくて、一日のどこかで果寮MATSUTOMIのフルーツジュースを飲めることが、僕の精神安定剤になっている。
……と、豊かすぎる食生活を送っていたせいかはわからないが、この夏のある日曜日、原因不明のめまいに襲われたことがある。部屋で突然、起き上がれないほどになった。
慌てて近隣の病院を調べてみると、急患受け入れもしている大型病院がいくつもあり、無事に診てもらえて助かった。気持ちの安全性も高まった。
ちなみに、秋葉原の夜は早い。多くのショップが20時ごろには閉店するので、人通りはすっかり減って静かになる。夜に空いた道を散歩するのも、ゲームの世界にいるかのようで、結構楽しい。
安全性でいうと、駅前には万世橋警察署があり、街の中央部には神田消防署もある。だから安心というわけではないけれど、住環境としては申し分ないのではないか。
もっとも、家賃は高めの部類に入るようだ。特にファミリー向けの物件は中心地にほぼなく(あるにはあるが、人気も家賃もお高め)、文京区か隣駅の浅草橋寄りになってくると、選択肢は広がるようだ。単身世帯のワンルームなら、駅チカ物件もそこそこある。
素直な「好き」だけを胸に
大前研一さんは「人間が変わる方法」として、時間配分を変える、住む場所を変える、付き合う人を変えるという3つの要素を挙げた。
30代も半ばになった僕が、思春期に抱いた情熱を慈しみながら秋葉原で暮らす。その経験は、いったい何をもたらすのだろう。
以前に友人と、秋葉原の路上で道行く人に酒をおごりながら、Podcastの公開録音をしたことがある。飲み会帰りの大学生たち、アマチュア無線が趣味のタクシー運転手、酒好きなメイドバーの店員さんなど、いろんな人たちと話ができた。
聞けば、誰もが何かの「好き」を持っていて、語ってくれる。実に愉快な夜だった。
ある日、「COMIC ZIN」の2階で好きなものを好きなまま語りかける同人誌にまみれて、くらくらとした。この情熱はどこからやってくるのかを知りたくて、カメラ関連を中心に、気づけば10冊以上も手にとっていた。どれも、面白い。
「好き」に突き動かされ、情熱を探求していける心が、いかに大切で尊いかと沁み入る。
あぁ、きっと、もっと、大人だって素直になってもいいはずなんだ。その発露が、この秋葉原という街の端々には、見え隠れしているような気がする。
2020年11月1日、開業130周年を迎えた秋葉原駅には、こんな言葉が掲げられていた。
「あなたの好きはここにある」
秋葉原に住むという選択は、一部には羨ましがられるほどの特権であり、「東京で暮らす」という醍醐味を知る挑戦でもあると思っている。軽やかに、自由を感じられる街だ。
著者:長谷川賢人
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編集:Huuuu inc.