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マンガ家が多い吉祥寺は「全てがちょうどいい街」コアミックス・堀江社長【オフィスと街】

インタビューと文章: 朝井麻由美 写真:小野奈那子

私たちが今の街に住むことを決めた理由が千差万別であるように、企業が今の場所に拠点を構えたのにも、さまざまな理由があるのではないか。本企画は、長年今の場所にオフィスを構えている企業に、その街への愛を語っていただくインタビュー企画です。

今回ご登場いただくのは、『月刊コミックゼノン』などで知られる出版社・株式会社コアミックスの堀江信彦社長。『週刊少年ジャンプ』(集英社)の黄金時代と呼ばれる1993年から1996年までの間に編集長を務め、2000年に独立。堀江社長が拠点に選んだのは、出版社が集まるエリアから遠く離れた吉祥寺でした。なぜ、吉祥寺を拠点に? 街の魅力から、コンテンツビジネスとの関係性まで、吉祥寺へのこだわりを伺いました。

吉祥寺にマンガ家が多い理由

――コアミックスは吉祥寺を拠点にされていますが、出版社といえば護国寺や飯田橋、神保町のあたりに密集していますよね。あえてそこから離れ、東京の西のほうを選んだのはなぜでしょう?

堀江信彦さん(以下、堀江):僕はもともと神保町にある集英社で、『週刊少年ジャンプ』の編集者をしていました。でも、打ち合わせでほとんど会社にはいなかったんです。それで、どこにいたかというと、学生時代からよく通っていた吉祥寺にいました。自宅からも近かったですしね。だから、独立してオフィスの場所を決めるときも吉祥寺がいいな、と自然に思いました。

本社・吉祥寺じぞうビル。今回のインタビューもこちらのビルで行った

――マンガ家さんとの打ち合わせではどんなお店に行かれていましたか?

堀江:よく使っていたのは駅前の「ルノアール」とか「喫茶ルーエ」とか。サンロード商店街にある「BOOKSルーエ」は、昔「ルーエ」という喫茶店だったんですよ。

――「BOOKSルーエ」は吉祥寺を代表する書店ですよね。もともとは喫茶店だったとは……!

堀江:ああいう、昭和のにおいのする喫茶店は仕事に集中できるので気に入っていました。社会人になる前も吉祥寺でよく遊んでいたんですよ。学生のころ、僕はジャズが好きでね。吉祥寺にはジャズ喫茶が多かったからしょっちゅう入り浸っていました。住んでいたのも高井戸だったので、吉祥寺にはすぐ来られるしね。

――社会人になってからもお住まいは高井戸に?

堀江:働き始めてからは、国立や西荻窪に住んでいました。

――常に吉祥寺へのアクセスが良い場所に住んでいらっしゃったんですね。

堀江:ちなみに、吉祥寺ってマンガ家さんが多い街なんですけど、実はこれには裏話があってね。

――はい。

堀江:『北斗の拳』の原哲夫先生や『キャッツ・アイ』の北条司先生を担当していたころ、僕は吉祥寺の隣の西荻窪に住んでいてね、実はそれで彼らを吉祥寺に呼んだんですよ。まだ新人だった彼らも近隣に住んでたんだけど、「吉祥寺に住んで」って(笑)。

――そうなんですか!?

堀江:そのころ、子どもが産まれたばかりで、働きながら子どもの面倒を見るには家の近くで働けるようにしないと、と思ったんです。それで、原先生や北条先生に「どこに住んでも同じでしょう?」と僕が勝手に吉祥寺のアパートを探して、「はい、今日からここね」って住んでもらったんですよ。

――原先生も北条先生もフットワークが軽いですね……!

堀江:その後、原先生には『ろくでなしBLUES』の森田まさのり先生、北条先生には『SLAM DUNK』の井上雄彦先生といった弟子ができて、彼らも吉祥寺に住むようになりました。さらにまたその弟子が弟子を吉祥寺に呼んで、という具合にマンガ家が増えていったんですよ。僕は夜、子どものお風呂やご飯の面倒を見てからマンガ家さんのところを回れるし、マンガ家さんにとっても濃密に打ち合わせをできて、お互いにとってうれしいでしょう?

――吉祥寺にマンガ家さんが多いことの一因は、堀江さんにあったんですね(笑)。

堀江:もともとマンガ家さんが多い街でもあったんだけど、もしかすると少しは僕のせいかもしれないですね(笑)。

マンガとは“お見合い結婚”だった

――堀江さんが新人時代から担当されていた原哲夫さんはのちに『北斗の拳』で、北条司さんは『キャッツ・アイ』、『シティーハンター』で、それぞれ超有名マンガ家になりましたが、堀江さんはマンガ家さんに対してどのようなサポートをされていたのでしょうか?

堀江:僕はマンガ家さんと一緒にネタを考えるタイプの編集者なので、結構セリフの提案もしましたよ。もともと大学時代に映画のシナリオの勉強をしていたから、そのときの経験が活きました。なかには、僕が提案したネタやセリフが採用されることもあってうれしかったことを覚えています。自分が面白いと思うことを提案して、作品になって、読者にウケるという体験をできるのが、マンガ編集者の面白さの一つなんですよね。僕はもともとマンガ編集者になろうとして出版社に入ったわけではなかったので、まさかここまでマンガのとりこになるとは思いませんでした。

――入社当時は何を目指していらっしゃったのですか?

堀江:学生時代に集英社の女性雑誌『non-no』や『MORE』の編集部でアルバイトしていたので、『週刊セブンティーン』(現『Seventeen』)などの若者向けのファッション誌にいくものだと思っていました。あるいは、若いうちはバリバリ働きたいと思って、週刊誌の配属を希望していたので、『週刊プレイボーイ』とか『週刊明星』(1991年廃刊)とか。確かに週刊誌ではあるんだけど、『週刊少年ジャンプ』というのは全然頭になかったですね。

――でも実際はすごく向いていたってことですよね。

堀江:僕はマンガとは“お見合い結婚”だから長く続いているんですよ。おふくろと親父もお見合いなんですけど、おふくろがよく「お見合いも悪くないよ。お見合い結婚は足し算で、恋愛結婚は引き算だから」と言っていてね。お見合い結婚の場合は、結婚してからお互いの良い部分に気付けるでしょ。僕も、徐々にマンガの魅力が足し算されていって、こうして何十年も付き合いが続いています。

人が集まりたくなる街、吉祥寺

――堀江さんは、長年吉祥寺で過ごされてきたかと思いますが、生活する上で吉祥寺という街はいかがですか?

堀江:吉祥寺は、全てがちょうどいいんですよ。生活に必要なものは何でもそろうし、駅前には自然もあれば、ちょっとした飲み屋もたくさんある。僕はキチッと整理整頓され過ぎた場所があんまり好きじゃないんだけど、吉祥寺は良い意味でごちゃっとしている。変にかしこまる必要がない、ほどよくリラックスできる街だと思います。

――駅からコアミックスのビルまでの道にも、ついつい寄り道したくなる場所がいろいろありますよね。

堀江:やっぱり、吉祥寺のお店は敷居が高くないんだと思うんですよ。だから、自然と若者が集まってくる。僕らは若い人を相手にする仕事だから、そういう意味でも吉祥寺にいるのはいいことです。若者が集まる街で過ごすと、彼らの流行が肌感覚で分かりますからね。

『月刊コミックゼノン』編集部

――吉祥寺にオフィスを構えていることで、コンテンツづくりに何か影響を与えることはありますか?

堀江:出版社って、やっぱり人が集まることが命で、それがコンテンツのタネになるんですよ。そういう意味では、吉祥寺は「来たい」と思ってもらえる街なのがいいね。「ちょっと吉祥寺に来てよ」って言っても、ついでに飲んで帰れるし、楽しいでしょう? 意外とこういうのがビジネスでは大事なんじゃないかな。

紙の上、街、空間を使って工夫をするコンテンツビジネス

――こちらの吉祥寺じぞうビルの1階には、かき氷のお店やオイスターバーが入っていますね。

堀江:1階は、飲食店の方向けに場所をお貸ししているんです。かき氷店はいつも行列ができていて、若い人の人気を集めています。自社でも飲食事業は行っていて、オフィスの6階ではCAFE&BAR「ソラ ZENON」を、北口の線路沿いには「CAFE ZENON」をそれぞれ運営しています。

取材時の「ソラ ZENON」には、吉祥寺在住の作家・たなかしんじろうさんの作品が飾られていた

――なぜ、飲食事業を始められたのでしょう?

堀江:僕はずっと、それこそ『週刊少年ジャンプ』時代から若い人たちに向けたコンテンツをつくっていて、これは逆に言えば、若い人たちのおかげで今までやってこられたということでもあります。だから、何らかの形で恩返しをしたいと思ったんですよ。それで、若い人たちが気軽に遊びに来られて、安心して働くこともできる場にできれば、と思って10年前に「CAFE ZENON」を始めました。商売っ気は全然ないんです。飲食で儲けようとは全く思ってなくて。

――えっ、そうなんですか?

堀江:儲けようとしたらマンガ関連のことだけをやっていたほうがずっといいんですよ。飲食店って意外と利益率が低くて、数店舗しかやっていないと、たいした利益にならないものでね。チェーン店を増やしたら利益になるかもしれないけど、そこまでやろうとは思っていません。

――1階にある飲食店ゾーンの近くにはお地蔵さんが建てられていますが、これはどういった経緯で?

堀江:「吉祥寺御縁地蔵」のことですね。あれをつくった理由の一つは、街の人と交流するためです。顔を突き合わせなくてもやり取りできるインターネットの時代だからこそ、人と人とが縁を結ぶ場所が必要だと僕は思っています。吉祥寺御縁地蔵がきっかけで結婚したという声も聞いたことがあります。

――喜びの声が届くんですか?

堀江:そうです。それともう一つの理由は、吉祥寺にある井の頭公園は縁切りの噂で有名な場所なんですよ。だから、縁を結ぶ場所をつくったら、需要があるかなと思ったんです。

――「井の頭公園のボートにカップルで乗ると別れる」と言われていますよね。

堀江:井の頭公園に行って縁が切れたと思ったら、吉祥寺御縁地蔵で新しい縁を願ってもらう。実はこれ、マンガづくりと同じ発想なんです。マンガもお地蔵さんも、うちがやっている飲食業も、僕の中では本質は同じ。それが紙の上なのか、街なのか、空間なのか、という違いだけで、人に喜んでもらえるように、アイデアや工夫を必死に考えることには変わりありません。

――なるほど。吉祥寺の街すらも、コンテンツづくりの舞台になっているんですね。

堀江:コンテンツビジネスって、そういうことだと思うんです。ただ、媒体が違えば作品のカラーも異なるように、場所が違えば生まれてくるアイデアは違います。現に、井の頭公園の「縁切りの噂」から「吉祥寺御縁地蔵」は建てられているわけですから。僕らは吉祥寺という街を拠点にしているので、これからもこの場所に適した仕掛けを考えていきたいと思います。

 
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お話を伺った人:堀江信彦

東村アキコ

熊本県出身。1993年5代目週刊少年ジャンプ編集長として、最大発行部数653万部を達成、その後、雑誌『メンズ・ノンノ』や『BART』の編集長を歴任。
2000年株式会社コアミックスを設立、『週刊コミックバンチ』を発行。2004年株式会社ノース・スターズ・ピクチャーズを設立。 2010年『月刊コミックゼノン』(徳間書店刊)発行。原作家、脚本家として作品をつくると同時に、編集者の育成に携わり、作品の質の向上に力を入れている。

聞き手:朝井麻由美

朝井麻由美

ライター/編集者/コラムニスト。著書に『「ぼっち」の歩き方』(PHP研究所)、『ひとりっ子の頭ん中』(KADOKAWA/中経出版)。一人行動が好きすぎて、一人でBBQをしたり、一人でスイカ割りをしたりする日々。

Twitter:@moyomoyomoyo

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編集:はてな編集部