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夜の点数:4.2
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¥15,000~¥19,999 / 1人
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料理・味 4.2
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|サービス 4.2
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|雰囲気 4.0
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|CP 4.5
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|酒・ドリンク 3.0
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[ 料理・味4.2
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| サービス4.2
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| 雰囲気4.0
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| CP4.5
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| 酒・ドリンク3.0 ]
何も「90度のお辞儀」だけが《おもてなし》とは言えない。お客においしいものを食べてもらいたいとひたすら刻苦している、誰にも教えたくないけれど誰かに聞いてもらいたい隠れ里の湯
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絶品・白和えと蒟蒻
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山女魚塩焼き
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朝食
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宿入り口
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2018/12/30 更新
さて由布院を通り越してさらに山に分け入る。目指すは九重温泉郷。この九重を「くじゅう」と読むのか「ここのえ」なのか、諸説があってややこしい。山並みは九重(くじゅう)連山だけれども、役場には九重(ここのえ)町役場と書かれている。どちらを選ぶかは苦渋の選択…などとオヤジギャグを飛ばしているうちに到着したのが『壁湯温泉 旅館福元屋』であります。宿泊者用駐車場は建物の脇をそろりと下りたところに5台分ほど。
この宿は《日本秘湯を守る会》の正会員。宿につながる国道が整備されていて、思い描いていた《秘湯》感は肩透かしを食ってしまうのだけれど、川べりの宿へと下りていく坂道でだんだんその味わいが膨らんでくる。ほの暗い玄関で訪うと、作務衣に身を包んだご主人が迎えてくれた。
部屋に案内されてテーブルに置いてあった「お着き菓子」は柚子の砂糖煮だった。本来は入浴前に食するものだが、あまりのつややかさに思わず口に運んでしまう。柚子のえぐみが全く感じられない上に、甘味がきわめて上品だ。聞くと季節になれば家族総出で裏山の柚子を採り、女将さんが1年分を仕込むそうな。
この柚子の砂糖煮に限らず、料理のほとんどは女将さんの手作りだという。わずか8部屋の宿とはいえ、朝夕の食事の用意は大変なことであろうと思われる。それなのに料理のひとつひとつに丹精が込められていて、それぞれ趣がある器と相まって箸を擱く能わざる味わいに恐れ入った。
さてその夕食。すでに食事処のテーブルに並べられている料理を前にして、どこから手を付けようか迷い箸。それではと淡雪のような白和えを掬うと、まこともって雅びな味わい。山里を訪れて「雅び」もないが、そうとしか言いようがない。蒟蒻の刺身はテロンとした関東のモノとは違う。歯触りが軽い。これを酢味噌にチョンと浸けていただけば、なるほど遥かなる地に足を踏み入れているのだと実感する。
そこに運ばれてきたのは山芋の茶わん蒸しだという。舌触りも結構ながら仄かな出汁の味が奥ゆかしい。
飾り塩が振られた尾を持ち上げた、丸々と太った山女魚の塩焼きには、壁湯の脇を、しぶきを岩に打ち当てながら流れ下っている清冽な川を思わせる。
その後、馬肉刺し、豚肉の角煮、豊後牛溶岩焼き、てんぷら…などなど、私の酔眼に間違いがなければ、デザートまでに11品が供されたと思う。
そしてこの宿自慢の「香り米」だ。稲の丈が高くて風で倒れるために、ひとめぼれの株の中に苗を混ぜて育てるのだという。その言葉通りに、お櫃の蓋を開ける前からふくよかなごはんの香りが漂ってきていた。しかしもう満腹すぎてご飯など入りそうにない。
「いえいえ、このお米なら食べられますから」中居さんがニコリと笑って茶碗に半分だけよそってくれた。もちろんいただきますとも。
「それでは残ったご飯で塩むすびを握っておきますからね、お夜食にどうぞ」
そんなのムリだと思っていたのに、夜更けにぺろりと食べてしまった。香り米の塩むすびは冷めてからも美味しかった。
翌朝は同じ食事処で、まず冷たい牛乳をいただく。喉を滑り落ちるとともに昨夜ひどく過ごした酒が少し抜けていく気がした。竹かごには朱塗りの盆が置かれ、とりどりの器に少しずつご飯の供が載せられている。純白のおからが絶品であった。ここ数年来では味わったことがないほど酸っぱい梅干しには一気に目を覚めさせられた。味噌汁には自家製味噌がブレンドされているという。もちろんそれらが引き立てようとしているのは、目の前でフクフクと湯気を立てている「香り米」である。でもね、このお米には少しの塩と味噌汁だけで十分な気がする。海苔も卵も佃煮も何にもいらない。
しかし途方もない宿である。ポツリポツリと伺った話をつなぎ合わせると、春には自前の田んぼで代掻き、水張りし、香り米と(穂先が黒いことから地元では「カラス米」と呼ぶのだとか)ひとめぼれの苗を植え付け、畑にさまざまな野菜の種をまく。折々に田畑の雑草を引き、秋にコメの収穫を迎えるころには柚子の収穫も行うだろう。柚子の皮をむき、袋も余すことなく砂糖煮を1年分作るあたりで、翌年分の味噌も仕込む。しかもそれらは宿の運営をする傍らでしなければならない仕事なのである。毎朝10kmも離れた豆腐店に、朝食に供する汲み上げ豆腐を求めに通うことも含めて。
食後は玄関わきの囲炉裏端で無料のコーヒーが愉しめる。火箸で囲炉裏の炭をそっと崩し、ポッと灯った熾火の赤がだんだんくすんでいくのを眺めながら出発までのひと時を過ごすのは少し切なかった。
この宿の由来である『壁湯』は正真正銘の《源泉かけ流し》。ただし源泉の温度が39度しかないため、冬になろうという季節に露天の壁湯に入ると1時間は出るに出られなくなる。そこでままよと開き直って湯に体を任せていると、川のせせらぎ、頭上はるかな葉を揺らす風の音に、五感がじんわりと緩んでくるのだ。
いつか、蛍が川面を滑るように乱舞するという季節にもう一度訪れてみたい。