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シナリオ職ROOTSで全員必修のシナリオ研修とは?アカツキゲームスがシナリオ・センターと共にめざす「おもしろい」の共通言語化

2023.04.05

アカツキゲームスのシナリオ職(ROOTS)では老舗シナリオスクールであるシナリオ・センターの力を借りて、シナリオ職全員必修のシナリオディレクション研修を行っています。

ゲーム業界ではあまり聞かれない「シナリオ研修」とはどんなものなのか、その効果や意義について、研修をご担当いただいているシナリオ・センター取締役副社長の新井さんと、アカツキゲームスシナリオ職(ROOTS)リーダーの水野さん、メンバー代表としてシナリオディレクターの内藤さんにお話を伺いました。

水野 崇志 みずの たかし 株式会社アカツキゲームス シナリオ職(ROOTS)リーダー

フリーランスのシナリオライターとして10年間の活動を経て2017年、シナリオディレクターとしてアカツキへ入社。同年、プロジェクトを横断したシナリオ横串チーム「ROOTS」を発足しリーダーを務める。

内藤 遼人 ないとう りょうと 株式会社アカツキゲームス シナリオ職(ROOTS)シナリオディレクター

前職でゲームプランナー・ディレクター・シナリオライター・シナリオディレクターを経て、2020年アカツキへ入社。現在はシナリオディレクターを務める。

新井 一樹 あらい かずき株式会社シナリオ・センター 取締役副社長

2003年、日本大学芸術学部卒業、2006年、同大学院芸術学研究科卒業、芸術学修士。同社にて、2010年より日本中の想像力と創造力を豊かにする「一億人のシナリオ。」プロジェクトを発足。シナリオ技術と芸術学を掛け合わせた『ずれないシナリオ術』をのべ200団体、9000名以上に実施。

まずはシナリオ研修を導入することになった背景や目的を教えていただけますか?

水野 研修の必要性を感じ始めたのは2018年の春頃です。シナリオ職(ROOTS)を立ち上げたばかりで、まずはノウハウの共通言語化が必要だと考えました。コンシューマゲームと比べてソーシャルゲームは圧倒的にテキストのボリュームが増えたため、複数のライターで担当することが多いですし、シナリオ制作会社へも依頼することでシナリオについて人にフィードバックする機会が増えました。その結果、コミュニケーショントラブルによるメンバー同士の衝突や退職など、ライターがクリエイティブ以外の部分でストレスを感じることが増えたためです。

そこで、映画やドラマなどさまざまな分野で活躍されているシナリオライターさんを多数輩出されているシナリオ・センターさんに相談を持ちかけました。実際にスタートしたのは2018年の9月です。

新井 うちはゲームシナリオの研修は昔から手がけていました。特に2012年ごろからはさまざまな企業がソーシャルゲームに参入し始め、恋愛ゲームなどでゲームのクオリティを高めるためにドラマ性が求められるようになっていました。ゲーム会社内ではどうすれば(ゲームを進めるための)タップをしてもらえるかは研究していても、どうすればいいシナリオが書けるのかはノウハウがなかったようで、研修の相談が増えていました。

また、映画など映像の世界でも、共通言語で語れるようになるためにプロデューサーやディレクター向けシナリオディレクション研修を構築し始めていたため、それらのノウハウを組み合わせれば、アカツキゲームスさんの課題にチューニングした研修を提供できると考えました。ゲーム業界の方は結果がすぐ数字でわかる影響もあるのか、ストイックというか学びに対する意欲が強いと感じています。

共通言語で語れるようになることをめざしたということですが、具体的な研修の内容はどういったものなのでしょうか。

新井 キャラクターの作り方や構成、セリフ、直しの技術などを3時間×6日間、みっちり取り組みます。他の会社でそこまでやるケースはほとんどありませんので、アカツキゲームスさんの思いの強さを感じましたね。当然予算もかかりますし。

水野 シナリオの課題感や重要性を、会社として理解してもらえたからこそ実現できました。また、研修が結果に繋がったからこそ、今ではフリーランスなど雇用形態に関係なく、シナリオ職全員の必修になりました。それだけ必要なものだと思っています。

新井 研修では、「どうすれば話をおもしろくできるか」を考えるために、「おもしろくない原因は何なのか」を明らかにして、つぶすために、何を理解しておくべきか、そのうえで、どうすればおもしろくなるかを、体系立てて学んでいただきます。

研修で内藤さんが取り組んだワークシートの例。こちらのシートのほかにもテキストファイルに情報をまとめながら進めていく。

内藤 私は前職ではプランナーをしながらシナリオ作りにも関わっていたのですが、シナリオの作り方について体系立てて学んだことはありませんでした。プロデューサーやプロジェクトリーダーも同じように知識がないため「なんか違う」「おもしろくない」という抽象的なフィードバックをされて、何が違うのか、どうすれば良くなるのかわからないということがよくありました。

その後アカツキ※1に転職して、最初のプロジェクトでご一緒したのが超ベテランのライターさんたち。シナリオに関してはまだぺーぺーな自分が、その方たちに自分の意見を伝えなければならなかったんですよ。

でも自分もライターさんたちも同じ研修を受けて共通言語を持てていたので、建設的に「こうした方がいいよね」という話し合いができました。感覚だけのやりとりで関係性が悪化する心配をせずに済んだのはすごくありがたかったです。

※1 アカツキゲームスは2022年4月に株式会社アカツキから分社化

新井 まず、「なんかおもしろくない」というフィードバックをされても、言われた方は困っちゃいますよね? 何がおもしろくないのかをちゃんとわかったうえで、どうすればいいかフィードバックしてあげないと意味がないんです。そんな正しく伝える力や、正しく聞く力を鍛えるのが研修の目的の一つでもあります。

水野 創作というとセンスや感性だけだと思われやすいですが、感性で作ってなんとなくうまくいってしまった場合、なぜうまくいったのか、次はなぜうまくいかないのか、再現性がないためにすごく苦労することがあります。

でも基礎知識と合わせて、自身のノウハウが言語化されれば再現性が上がるので、ライターとしての寿命も延びるし、作業効率も上がります。この研修は今までやってきたことを否定するものではなくて、今あるスキルやセンス、これまでのご経験を活かすための技術なんだということは、丁寧に伝えるようにしています。

内藤 シナリオ研修は知識を体系立てて学べる場なのですが、さらに「ゼミ」という学んだことを実践できる機会もあって、これが純粋にめちゃくちゃ楽しいんです。理屈とセットで実際にワークに取り組むのですが、発想の部分は自由にやらせてもらえる。普段は決まった設定の中でしか作りませんが、ここは自分のクリエイティブを発揮していいと思えるのは、すごく楽しい。

例えば、映画『バック・トゥー・ザ・フューチャー』のあるシーンを変えるならどうするか考え、部分的にシナリオを書くという課題がありました。そのシーンの前後も含めてどういう構成で作られているのかを理解せずにただおもしろいだけで書いてしまうとうまくはまらないんですよ。シーンの役割というのがすごく体感できました。

新井 ロジックはクリエイティブをジャマするものではないんです。あの研修も、シーンの役割が「2人がケンカする場面」なのだとわかっていたら、キャラクターをふまえて、どんなケンカにすればおもしろく描けるかというクリエイティブに集中して、思い切り遊ぶことができます。守破離の「守」であって、型を学ぶことはクリエイティブをよくするために大事なことなんですよね。

水野 「ゼミ」の内容は先生方と相談して設計したのですが、自分が何にこだわっている人間なのか、何が書きたいのかといった自分の強みを再確認できる時間にしたいと考えていました。

クリエイターも同じことばかり繰り返しているとモチベーションを保ちづらく、スキルが伸び悩むこともあります。そのため、こうした刺激になるような研修を、できれば定期的に用意したいなと思っています。

この研修を受ければ、「なんかおもしろくない」ではなく、その理由をロジカルに説明できるようになるのですね。ゲームと映画やドラマなどのシナリオを比べて、「ゲームならではのおもしろさ」というのはあるのでしょうか?

新井 ゲームならでは、ということでは、ゲームを通しての体験が、映画やテレビドラマとの違いかもしれません。ただ、メディアそれぞれの特性はあっても、ドラマをおもしろくできるかという考え方は、共通です。

水野 ゲームは自分が主人公となりストーリーに介入できることがメディアの特性ですが、ドラマを描くという点ではおっしゃる通り共通点は非常に多いです。

内藤 研修で一行ストーリーを書くことを通して、起承転結のバランスを見ればいいということがわかったのは、指針としてすごく使いやすくなりました。

新井 内藤さんは、起承転結の「起」が長くなりやすいのが課題なんですよね。

内藤 はい、そういった自分の弱点もわかりましたし、逆に強みに気づけたり、今までやってきたことは間違ってなかったんだと思えたこともありがたかったです。

また副次的な効果ですが、研修はプロジェクトに関係なく参加するので、横の繋がりができたのも嬉しかったですね。この人は短時間でここまでディープでダークな世界観を描ける人なんだ、とか、この人はこんなほんわかした物語が書けるんだとか、同じ課題に取り組んでシェアし合うからこそ相手の強みや特徴に気づけたことがたくさんありました。自分のアウトプットに対して「おもしろいですね」といってもらえたら単純に嬉しいですし。おかげでその後、シナリオで悩んだ時にちょっと相談できたりしています。

水野 実は2~3年後のチーム編成を見据えて、この人とこの人はいずれ同じプロジェクトになるだろうから今のうちに関係性を築いておいてもらおう、といった意図をこっそり持って研修の班構成を考えていたりもします。

研修をするうえで大事にしていることはありますか?

新井 研修というと「できていないからやる」というイメージを持たれがちですが、そうではなくて、今できていることをもっとやりやすくする場なんだということをお伝えするようにしています。マイナスをゼロにするのではなくて、今75点だとしたら、80点85点、100点に近づけるためのもの。

自分がもうすでに持っている武器に気づけたり、強みをさらに強化できるように整理整頓していく場なんですよね。例えば、その日の研修を受ける前と後に、課題として書いたシナリオに対する自己評価を書き、講師も同様に研修前と研修後でどこが変わったのか、客観的にフィードバックしています。

自分が今までできていると思っていたところがちゃんとできている、できていないと思っていたところができるようになったんだと気づくために、必要なプロセスだと考えています。これまで手と足がバラバラに動いていたのが、ロジックを理解したことで連動して動かせるようになるイメージです。

内藤さんの「自己評価シート」。シナリオ・センターの講師から研修前後で「他者評価」も受け取る。

水野 実績ある外部の方が講師になっていただくことで、心理的ハードルが低くなるのでしょうね。例えば私が研修としてシナリオを書く時のノウハウを社内で共有したとしたら、身内すぎて「それはお前のやり方だろう」と反発もあるはずです。

新井 そうですね、経験則じゃないから受け入れやすいのだと思います。これまでドラマや映画などで活躍している人も使っている“技術”を皆さんにもお伝えしますよ、という前提ですから。

研修を導入して5年経ちましたが、効果としてどんなことを感じていますか?

水野 わかりやすい点でいうと、シナリオ職の離職者がここ数年、ゼロが続いています。過去にあった「この人と合わない」などの理由での離職は一切ありません。また、シナリオ職では満足度の定量的なアンケートを実施しているのですが、チームに対する満足度が2018年当初60%程度だったのが2020年には95%と、大幅に向上しています。

メンバー全員が共通言語でコミュニケーションできるようになったことで、いろいろな才能の方を取りこぼすことなく活躍してもらえる環境ができたのはありがたいですね。

新井 離職率が下がったというのは嬉しいですね。映像やテレビドラマのシナリオライターがつぶれてしまう原因のひとつに、プロデューサーからのディレクション内容をうまく消化できない、ということがあります。

作る側みんなが共通言語を持てると、ライターもプロデューサーもストレスがなくなって、一緒にいいものを作ろうという方向に向かっていけるようになります。

内藤 確かに、意見のすり合わせやその後の作業効率もスピード感は全然違いますね。ふわっとフィードバックしてしまうと、何を直せばいいのか意思疎通が測れないままふわっと修正してしまって、結局何も変わっていない、みたいなことになりがちですが、それはほとんどなくなりました。

研修でディレクションはロジック7:クリエイティブ3ぐらいのバランスだと教わった通りで、理屈がわかるとズレが起きにくいのだと実感しています。

新井 ものづくりをしたい人って、クリエイティブをやりたい、人と違う自分オリジナルのセンスや感性を発揮したいという思いが先行しやすいのですが、ロジックが足りないと上滑りしてしまうんですよね。でも感性やセンスを持っている人にロジックも入れていくと、どういう意図でこれを入れたのか説明できるようになるのですごくバランスがよくなっていくんです。

今後に向けてさらに強化していきたいことや、この研修を通してゲーム業界の未来をこんな風にしていきたいといった展望はありますか?

水野 ゲームシナリオという分野はまだまだノウハウが体系化されていません。こうした研修を通して技術論やノウハウの価値がこれからもっと上がっていくことが、業界としても必要なのだと考えています。

新井 業界全体のレベルが上がってほしいと思っています。そのお手伝いができれば嬉しいです。いいコンテンツが増えれば増えるほど、おもしろいゲームって何だ、という感性がクリエイターもユーザーも上がっていきます。自分は歴史が好きなのですが、歴史ゲームを通してもっと歴史が好きになっていったように、ゲームをきっかけに興味の範囲が広がって、好きなものが増えていってくれたら嬉しいですね。

水野 今、シナリオをAIが書けるようになりつつありますが、AIが発達した先にも我々の役割がなくなることはないと考えています。作家独自の感性はもちろんですが、量産が手軽になるからこそ、選ぶ力や底上げする力、ロジカルにおもしろいかどうか判断できる力はより求められるはずです。そういう判断力が技術や知識として求められるようになるので、今我々が学んでいることはAIが普及すればするほど価値が上がっていくように思いますね。

内藤 私は海外でも遊ばれるゲームを作るために、レピュテーションリスクに対応できるマナーや表現などの知識は身につけておきたいです。例えば宗教上大切にされている動物を雑に扱うなどはあってはならないことですよね。主人公のキャラクターは日本では少年が多いのですが、海外では大人でないと売れないという風に言われたりもするなど、国や地域によってどんな表現が適しているかは考える必要があります。とはいえ、ベースにある「おもしろさ」は共通なので、さらに追求しながら世界で戦えるシナリオ作りをしていきたいですね。

新井 映画やアニメなど、ゲーム原作のコンテンツはこれからもっと増えていくんじゃないでしょうか。世界中で「おもしろい」といわれるゲームをどんどん生み出してほしいな、と思います。

【取材後記】
皆さんのお話を伺っていて、シナリオをロジカルに語れるようになる研修があまりにも楽しそうで自分も受けてみたくなりました。アカツキゲームスのシナリオに携わる人がクリエイティブに集中できる環境作りはまだまだ進化しそうです。今日は長時間ありがとうございました。

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文:中原 絵里子 編集:大島 未琴 写真:大本 賢児