「天然」の植物にとっての「遺伝子組み換え」と「ゲノム編集」 (2)
2019年02月08日
「遺伝子組み換え作物=GMO」という言葉にどのようなイメージを抱くだろうか。
ハワイのパパイア産業を救ったウイルス抵抗性を持つパパイア。発展途上国の貧困児童の失明を防ぐと期待されたビタミンAを蓄積するゴールデンライス(黄金米)。巨大企業が開発した除草剤耐性を持つトウモロコシ。いずれも、様々な目的のために科学者たちによってつくられた外来DNAを持つ人工の作物である。しかし、実は、植物の遺伝子組み換え自体は、われわれ人間のあずかり知らぬ自然界で日常的に起こっている。
シリーズ第1回では、食卓に上る野菜の多くは突然変異体であり、人類の長い歴史の中、選抜改良され今日の姿となったことを、アブラナ科の野菜を例に解説した。第2回は、自然界で起こる植物の遺伝子組み換えと、科学者がその方法を理解し、利用するに至った経緯について簡単に触れ、4年前に明らかになったサツマイモの秘密を披露したい。
私たちの身の回りの土壌には、アグロバクテリアと呼ばれるごくありふれた細菌が住んでいる。この細菌が植物に感染すると、樹木の主幹や草本の茎などに大きな腫瘍ができてしまう。この腫瘍は、クラウンゴール(根頭癌腫)と呼ばれているが、これがなぜ細菌感染によってできるのだろうか。
20世紀後半、分子生物学的な研究から驚くべきことがわかってきた(余談だが、当時の米国では、クラウンゴールの研究は主に医学研究の資金=国立衛生研究所NIHの研究資金=を受けて行われていたそうだ。われわれヒトの癌の解明につながるのではないかと考えられていたからだ)。
この細菌は、植物の茎の根元の傷口などから植物体内に侵入し、細菌のDNAを宿主植物のゲノムに組み込んでしまう。組み込むのは、植物細胞の分裂を高める植物ホルモンの合成遺伝子だ。その結果、細胞がホルモンを過剰に生産し、過剰に細胞増殖してしまい癌化する。でも、何が嬉しくてアグロバクテリアは植物を癌化させるのだろうか。いったい何のために?
実は、植物ホルモン合成遺伝子以外にも、植物ゲノムに導入される細菌の遺伝子がある。オパインと呼ばれるアミノ酸とよく似た化合物をつくる遺伝子だ。アミノ酸は、様々なたんぱく質をつくる部品であり、その多くはわれわれ動物を含め生物にとって必須な窒素栄養源である。アグロバクテリアは、オパインを食べて(栄養源として摂取して)生育することができる。一方で、宿主である植物は、オパインを栄養源として利用できない。要するに、アグロバクテリアは宿主植物を遺伝子組み換えし、腫瘍化させ、大量に増えた植物の細胞に自分の栄養分を作ってもらうという訳だ。いわば、「細菌の、細菌による、細菌のための遺伝子組み換え作物」の誕生である。植物にとって、はた迷惑もはなはだしい。
1970-80年代、このアグロバクテリアによる巧妙な植物遺伝子組み換えシステムが明らかになるとともに、科学者たちはそれを応用して人間の役に立つ植物を作ろうと試み始めた。まず、癌化もオパインも余計なものである。そこで、科学者らは、植物遺伝子組み換えシステムの「武装解除」を行った。
アグロバクテリアは、
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