2025年に創立100周年を迎える野村ホールディングス。そんな節目の年を記念するテレビCMに同社が起用したのは、ピンクのボブヘアーがアイコニックな女の子、immaだった。
18年に初めて公開されたimmaは、3DCGでつくられたアジア初のバーチャルヒューマンだ。人間と見紛う容姿をもち、SNSで積極的にライフスタイルを発信してきた。Instagramのフォロワー数は39万人、TikTokは48万人。その話題性を生かし、雑誌のファッションページから「東京2020パラリンピック」の閉会式、24年の「TED Talk」への登壇まで、さまざまな場で活躍している。
広告もそのひとつ。彼女はこれまで、ポルシェジャパンやSK–II、プラダ、COACHなど幅広いブランドの広告に起用された。25年1月から放送が始まった野村ホールディングスの広告は、彼女にとって初めての日本の地上波テレビCMの仕事だ。
とはいえ、もはやバーチャルヒューマンは新しい存在ではない。immaが登場したのは7年も前のことだし、Instagramだけで約250万人のフォロワー数を誇るLil Miquela(リル・ミケーラ)をはじめ、海外の事例も多い。3DCGや人工知能(AI)、ゲームエンジンの進化で、人間に限りなく近い3DCGを動かすことも容易になった。
新規性ではなく、バーチャルヒューマンそのものの価値で勝負する必要に迫られるなか、この技術をどう拡張するのか? immaの開発元であるAwwが注力しているのは、AIとストーリーテリングだ。
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バーチャルヒューマンのファンダムをつくる
2024年末にメディア向けに公開された「AI imma」は、あらかじめプログラムされたセリフではなく人間とリアルタイムでやりとりできるAI搭載のバーチャルヒューマンだ。
「WIREDってわかる?」と質問すれば「うん、知ってるよ!テクノロジーやカルチャーなど幅広いテーマを扱ってるメディアだよね」と、間髪入れず答えが返ってくる。たまにイントネーションや内容に不自然なところがあるものの、会話は比較的スムーズだ。Aww代表の守屋貴行は、「バーチャルヒューマンの事例が増え、また生成AIの波が押し寄せるなかで、どんな新しい領域を開拓できるかを探るために始めたプロジェクト」と語る。
AI搭載のバーチャルヒューマン技術のユースケースは、大きく分けて2つ。ひとつは企業への提供。immaのように広告塔の役割を果たしたり、専門知識を搭載して接客を任せたりといった活用法が考えられる。もうひとつは知的財産(IP)としての活用、つまりバーチャルヒューマンを通したファンダムの構築だ。
今回の開発にあたりAwwはNVIDIAと提携しているが、もともとバーチャルヒューマンや生成AIに関するサービスや知見を多くもつNVIDIAがあえてAwwと提携する理由も、このIPにある。SNSなどを通してつくりあげた世界観をもち、すでに知名度が高いimmaにAIを搭載することによって、どんな相乗効果が生まれるかを探るのだ。
「immaちゃんは、すでにさまざまなシーンで活用されています。そうした盤石な基盤をもつキャラクターIPをAIと組み合わせれば、非常に多くのユースケースがつくれると考えました」と、NVIDIAでMedia & Entertainment, Smart Space & Retail : Business Development Managerを務める中根正雄は背景を説明する。
世界観を守るガードレール
気になるのは、AIを搭載することでIPがもつ世界観が壊れてしまわないかどうかだ。プログラムされていない発言をするからこそ、不適切な言動などによる炎上はもちろん(企業がバーチャルヒューマンを起用するメリットのひとつは、不用意な発言や行動のリスクが限りなく低いことにある)、そのキャラクターが絶対に言わないであろう発言をしてしまうこともありえる。綿密につくりあげられたストーリーやキャラクターがあるほど、そのリスクは大きい。
この点について中根はこう答える。「いわゆる道路にあるガードレールのように、キャラクターを壊さないような会話ができるようチューニングする技術はあります。脚本を学習させたり、言ってはいけない発言を指定することで、例えばワンピースのルフィが『海賊王にはもうなれない』といった発言をしないように調整するのです」
こうした学習を効率化すべく、Awwは東京大学とともにチューニングのモデル化も進めている。出身地や年齢、性格などに応じてチューニングの条件を指定し、それらをブロックのように組み立てることで整合性のあるひとつのキャラクターをつくり上げる手法だ。「この手法が確立されれば、チューニングも簡単になるかもしれません」と守屋は語る。
守屋はまた、AI搭載のバーチャルヒューマンは必ずしも既存のIPを活用しなくてもいいとも考えている。「今回は既存のimmaというIPにAIを搭載しましたが、AI搭載のバーチャルヒューマンはむしろゼロからみんなとの会話を通してキャラクターをつくっていく手法との相性のほうがいい気がしています。キャラクターを一緒に育てるということですね」
「話したい」欲求をどう生み出すか
残る課題は「バーチャルヒューマンと話したい」という欲求をどう生むかだ。
「ただ3DCGで人間そっくりのモデルをつくるのではなく、『あのキャラクターだから話しに行こう』というモチベーションを生み出す必要があります」と、Awwの守屋は語る。「immaは自社IPとして伸びましたし、うちのほかのキャラクターも少しずつ知名度を増しています。けれども、その再現性をどう生むかは永遠の課題です」
その方法としてAwwが注力しているのが、ストーリーテリングだ。例えばAwwは2025年、ショートドラマの制作に本格的に乗り出す。エンゲージメントが高いショートドラマという手法でストーリーを語り、例えばそこに登場するキャラクターとしてのバーチャルヒューマンがそれぞれSNSをもつといった構造をつくることで、ファンを増やそうという狙いだ。
その裏には、日本のIP開発能力をバーチャルヒューマンの分野に生かそうという考えがある。守屋は語る。「バーチャルヒューマンというと特に海外では技術力が先行しがちですが、結局のところ本当に大切なのはプロデュース力です。日本が得意とする脚本力や表現力を、バーチャルヒューマンでも発揮することができればと思っています」
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