フューチャーとメトロ・ブーミンによるコラボレーションソング「Like That」が、すさまじい破壊力で世間を揺るがしている。3月にリリースされると同時に、X、Instagram、TikTokで爆発的に話題をさらい、「ビルボードHot 100」のチャートを一瞬で駆け上がった。2018年にピューリッツァー賞を受賞した現代最高のラッパー、コンプトン出身のケンドリック・ラマーがサプライズで参加したことも追い風となった。ラマーのヴァースが、いまやフレネミー[編註:「friend(友)」と「enemy(敵)」を組み合わせた混成語]となったかつての盟友、ドレイクとJ・コールをディスるような内容だったことも大きな反響の要因だ。
ラップ界のエリートと目されているこの3人だが、ラマーはその評価を受け入れていない。「Muthaf*** the big three / it’s just big me(ビッグ3だなんてふざけんな/ビッグなのは俺だけだ)」といったライムを連発し、王座は自分だけのものだと挑発した。卓越したソングライティング技術を誇り、ナラティブの面でもプロットの面でも比類なきセンスの持ち主であるラマーに対して、さまざまな反応があったことは確かだ。ドレイクのファンもコールのファンも、さんざんディスられながらも忠誠心を貫き通した。それでも、「Like That」におけるラマーのヴァースにケチをつけられる者はどこにもいなかった。
「‘Like That’のケンドリック、邪悪すぎ」とXに投稿したのは、@BigKing_103だ。催眠効果のあるトラック、明滅するシンセサウンド、頭に焼きついて離れないリリック、コメント欄を炎上させる要素をすべて備えた1曲だ。「ケンドリックの‘Like That’のヴァース、聴くたびに威力が増すね」という、@beentrillbeyondによる投稿もあった。
歌詞における「語彙数の低下」
「Like That」は現代のミュージック・トレンドのあり方を表す楽曲であると同時に、一種の「異常値」とも呼ぶべき作品だと、研究者は分析している。ラマーの神業によって、一年で最も記憶に残るヴァースのひとつとなることはすでに決まったようなものだが(これが「異常値」と評される部分だ)、遊び心たっぷりに繰り返されるフック(「Like That」というフレーズが30回以上も繰り返される)も特徴的だ。最近、『Scientific Reports』に掲載された論文によると、ラップ、ロック、カントリー、R&B、ポップスといった音楽ジャンルに用いられる歌詞に「語彙数の低下」が見られるという。ヨーロッパの研究チームがGeniusというプラットフォームを使って1970~2020年に発表された英語の楽曲35万3,320曲の歌詞を分析し、記述語の構造や韻(ライム)、歌われている感情、複雑さに基づく「過去数十年間に時系列で起きたソングライティングの進化および各ジャンルにおける特徴的な変化」を調べた結果だ。
上に挙げた5つの主要ジャンルのすべてで、「総じて歌詞の繰り返しが増加している」という特筆すべき傾向が示された。ラップの場合は「時代とともに感情的なリリックが増えている」こと、また「R&B、ポップ、カントリーではポジティブな歌詞が減少している」ことがわかった。主として「怒りをはらんだ歌詞のトレンド化」が音楽全般で起きているというのが、その結論だ。
これは1980~2007年につくられた楽曲を対象にして2011年に実施された心理学的研究の結論とも一致する。「we」や「us」という(一人称複数を示す)主語の使用頻度が顕著に減少する一方で、「I」や「me」という(一人称単数を示す)主語が使われる頻度が増えているというのだ。
ヒップホップのリリックは変わったか
歌詞に表れるパターンの変化は、楽曲がつくられた時代の精神を反映する。つまり、今日の社会はより自己中心的なのだ。現代のわたしたちの生活はデジタルポータルによって媒介されているため、自分本位な態度が求められている。人々の抱く怒りや倦怠、虚栄心が歌われるのが特徴と言えるかもしれないが、時代そのものを問題視するものではない。とはいえ、データによってすべてを説明できるはずもない。なぜこのような事態になっているのかを問うべきだろう。
このような結果に誰もが納得しているわけではない。マネーバッグ・ヨー、ブロックボーイJB、グロリラといったラッパー陣を擁する音楽レーベル、CMGレコード・アンド・マネジメントのA&R部門を率いるデイム・オーブリーは、このような調査結果を知ってなお、「ヒップホップのリリックが以前と比べて怒りに満ちたものだとは思わない」と語っている。そのうえであえて解釈を加えるなら、わたしたちが目の当たりにしている変化は音楽そのものが拡大したことによる産物だというのが、オーブリーの意見だ。携わる人が増えればそれだけ物の見方も増えるという単純な話にすぎない。「音楽をつくること自体がトレンドとなったことによって、発表の手段も多様化し、アーティストの総数が増えた」と彼は言う。つまり、テクノロジーが広く行き渡ったことで誰もが参加できるようになったというわけだ。
楽曲がいかにして流行し、その人気によって何が生み出されるかというメカニズムこそが、この現象の最大の要因なのだ。
ソーシャルメディアの時代、似通ったサウンドが数多くつくられるようになった。しかし例外的なケースもある。ドレイクのことを「goofies with a check(小切手をくわえたグーフィー)」[編註:人気はあるが決め手に欠けるディズニーのキャラクター]とあざ笑ったラマーが、さらに「Fore all your dogs gettin’ buried / That’s a K with all these nines, he gon’ see the pet cemetery(おまえら犬コロが殺される前に/銃を持ったK(ケンドリック)が恐怖のペット・セメタリーに連れてってやるよ)」と強烈な一撃を食らわせたことでXのタイムラインが盛り上がったのは、オンラインコミュニティの芝居じみた激しい対立にも増して、ラマーのヴァースがユーザーたちの喜びや仲間意識を刺激したからだ。
ラップはいわば、常に悪評にさらされてきた。エゴ、怒り、はったりに根差したエモーションこそが、このジャンルを特徴づける荒々しさの一要素だ。50年前にヒップホップが誕生してからこのかた、アーティストはそんな感情を武器に自らの現実を表現してきた。ラップはスポーツだ。そして芝居だ。ファン同士がオンラインで繰り広げる激しいやりとりを煽っているのは、ラップという際立った音楽のもつスタイルなのだ。
ポジティブさに欠ける楽曲が増えているだとか、人気のある曲は単にアルゴリズムと相性がいいだけだなどと悪く言う者もいるが、はたして本当にそうなのだろうか?
ストリーミングによって音楽業界はあらゆる意味で生まれ変わった。ヒット曲をつくるのは容易になったかもしれないが、ヒットさせるのは難しい。何が話題をさらうかは予測不能なままだ。だが、そこに科学的根拠と呼べるものがあるかどうかはさておき、ストリーミングのプレイリストによって、楽曲がアナログ時代にはありえなかった方法でさらに多くのオーディエンスのもとに届くようになったのは間違いない。
Spotifyにおいてグローバル・ミュージックのキュレーション&ディスカバリー部門を率いるJJ・イタリアーノは、「人気の有無がトレンドに左右されるのは事実だが、プレイリストのユニークな点はコンテクストの重要性と価値にある」と言う。「大人気の楽曲でさえ、どのようなプレイリストに加えられるかによってパフォーマンスの良し悪しがまったく変わってしまう」
最近大きなバイラルヒットとなったダーシャの「Austin」の場合、Spotifyのエディターがプレイリスト用のプログラムに加えた時点では、再生回数がまだ10,000程度だったと、イタリアーノは振り返る。この曲がブレイクしたのは、(例えばノア・カーンの)夏を感じさせるギターチューンや(ザック・ブライアンの)物語性の高いカントリーソング、あるいはジャンルは違うが(ミツキ・ミヤワキの)失恋を歌った楽曲と一緒に、カントリーからポップにまたがるテーマ性を重視したヒット曲と並べられてからだった。「そうこうするうちにSpotifyで火がつき、“Today's Top Hits”という最も人気の高いプレイリストに加わった」。そうして時を経るなかで、リスナーが楽曲に「深い親しみ」を覚えるようになれば、シーケンシングそのものは曲の寿命にとってさほど重要ではなくなってくると、イタリアーノは指摘する。
誰もがアルゴリズムの影響下に
このような流れのなかで、アーティストたちは「Austin」や「Like That」といったヒット曲と同等のリーチを目指して、トレンドどおりの楽曲を生み出していく。かつては戦争から失恋まで、あらゆる出来事がその時代の音楽に影響を与えていた。でもいまでは、TikTokやXをはじめとするソーシャルメディアのプラットフォームが、ほかのあれこれに匹敵する勢いで話題を牽引するようになった。「以前は人間関係や映画やテレビ番組がソングライティングの題材だったが、いまやソーシャルメディアが曲づくりに大きな影響を及ぼすようになった」と、オーブリーはラップの現状について語っている。ユーザー間の交流には温度差があるため、緩さや激しさといったアーティストごとの個性が楽曲の話題性を決定づけるカギとなる。例えば、テイラー・スウィフトの楽曲のうちオンラインで特にヒットした曲のなかには、実際の評価が低いものも少なくない。
ミルウォーキーの人気ラッパー、カリールでさえ、去年8月の『WIRED』のインタビューに対して、「モッシュピットが盛り上がるような曲もいいけど、泣いたり手を繋いだりしたくなるような雰囲気の曲もつくらないとね」と、アルゴリズムの影響下にあることを自ら認めている。TikTokのおかげで有名になったアーティストだが、アプリ上での存在感を維持しつづけるには共感を呼ぶコンテンツを忘れるわけにはいかないのだ。「蹄鉄がダメになるまでこの馬に乗りつづけるのさ」
(Originally published on wired.com, translated by Eiji Iijima/LIBER, edited by Michiaki Matsushima)
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雑誌『WIRED』日本版 VOL.52
「FASHION FUTURE AH!」
ファッションとはつまり、服のことである。布が何からつくられるのかを知ることであり、拾ったペットボトルを糸にできる現実と、古着を繊維にする困難さについて考えることでもある。次の世代がいかに育まれるべきか、彼ら/彼女らに投げかけるべき言葉を真剣に語り合うことであり、クラフツマンシップを受け継ぐこと、モードと楽観性について洞察すること、そしてとびきりのクリエイティビティのもち主の言葉に耳を傾けることである。あるいは当然、テクノロジーが拡張する可能性を想像することでもあり、自らミシンを踏むことでもある──。およそ10年ぶりとなる『WIRED』のファッション特集。詳細はこちら。