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心も溶かす「ゆるすぎココア」京都の和菓子屋がガチ開発、社長の願い
バズで知らしめた110年前のデザイン
あまりにも「ゆるすぎる」と、ツイッター上で評判のココアがあります。見る人々の心さえ溶かしてしまいそうな、癒やし系の見た目。そのデザインの源流は、何と明治時代にまでさかのぼるといいます。販売元である京都の老舗和菓子屋の社長に、開発経緯を聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)
2023年2月5日、一枚の画像がツイートされました。写っているのは、表面に彫り込みが入った、まん丸で茶色い物体です。
中心部に浮かぶ、犬の顔。黒豆を斜めに置いたような外観のたれ目や、ハート形の鼻から伸びた唇が、何とも言えない愛らしさを醸します。
そして、なだらかな山の稜線(りょうせん)を思わせるマズル(鼻から口にかけての部分)の表現も、ついなで上げたくなる仕上がりです。
実はこの物体、ココアの粉を固めたものでした。右側には、犬の顔が刻まれた木型も置いてあり、制作に使われたものであることが見て取れます。
「デフォルメセンスが素晴らしい」「かわいいねぇ……かわいいねぇ……」「ちょっとだけお口あけてるのがたまらない」。画像には数多くのコメントが連なり、3万近い「いいね」もつきました。
明治43年(1910年)の菓子の図案と木型。
— 亀屋良長 吉村良和 (@yoshimura0303) February 5, 2023
まさかココアにされるとは….。 pic.twitter.com/BRcDR6DVc6
今回の画像を投稿したのは、吉村良和さん(49・ツイッター @yoshimura0303)。1803(享和3)年創業の和菓子屋・亀屋良長(京都市下京区)の8代目社長です。
吉村さんによると、商品はホットチョコレートのフランス語名にちなんだ「chocolat 笑(ショコラショー)」という名前で販売されています。10年ほど前から、バレンタイン商戦を念頭に、毎年1月下旬~3月下旬頃に販売してきました。
和菓子屋がココアを売り出すとは、少々風変わりにも思えます。一体、どのような経緯で発売に至ったのでしょうか?
さかのぼること13年。1人の女性が同社の門をたたきました。かつてフランス・パリの2つ星レストランでシェフパティシエを務めた、藤田怜美(さとみ)さんです。
縁あって和菓子の魅力に目覚めたという藤田さんは、和洋折衷の新商品作りに打ち込みます。国産栗に生クリームとラム酒を混ぜるなど、自由な発想から生まれた菓子群は、「Satomi Fujita by KAMEYA YOSHINAGA」ブランドに成長しました。
その顔ぶれの一つとして登場したのが、「chocolat 笑」です。犬の顔をあしらったのには、特別な意味があるのだと、吉村さんが語ります。
「犬の顔が彫り込まれた木型は、干支由来のものです。漢字の竹と犬を組み合わせると『笑』に見えるため、昔から縁起が良いとされてきました。戌年になると、木型を使って干菓子や練り切りを作り、新年に食べてきたんです」
「お店に残る図案帳を見ると、1910(明治43)年に犬の木型が考案されたことが分かります。100年以上の歴史があるモチーフを、舶来の飲み物に合わせたら面白いのではということで、藤田さんと一緒に作る運びとなりました」
開発にあたっては、片栗粉を入れてとろみを出すなど、和菓子屋の知見を混ぜ込みました。「笑」のいわれを踏まえ、粉ミルクを成形した竹笹型のお菓子も添えて売り出すと、好評に。当初一個しかなかった木型を増やし、量産体制を整えました。
藤田さんは既に亀屋良長を離れて独立していますが、「chocolat 笑」はバレンタインの定番商品として、変わらぬ人気を誇っているそうです。
吉村さんいわく、今回の犬の顔のような意匠は、江戸時代から盛んに生み出されてきました。琳派の絵師・中村芳中(ほうちゅう)の手に成る、丸々とした仔犬の絵など、ゆるキャラ然とした美術作品は枚挙にいとまがありません。
こうした古くから伝わる文化を知る上で、「chocolat 笑」が1つのきっかけになってほしい。そう願いつつ販売しているのだと、吉村さんは教えてくれました。
「多種多様で洗練されたデザインが、和菓子に採り入れられてきた歴史があります。犬の顔に癒やされると共に、そのような経緯についても理解して頂けたらうれしいですね」
「chocolat 笑」は3月中旬頃まで、亀屋良長本店に加え、同社のウェブショップなどでも購入することができます。
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