担当編集者は知っている。 |
本書は、交通事故で四肢麻痺になった精神分析医であり、 ラジオのパーソナリティも務める著者が、 自閉症の孫に宛てた32通の手紙です。 監修者は児玉清さん。 「週刊ブックレビュー」の司会をされるなど、 読書家でも知られる児玉さんが 「今日まで、さまざまなジャンルの本を 沢山読んできたつもりだったが、 かつてこれほどまでに僕の心を激しくつかみ、 感動に震わせた『人生の書』があったであろうか?」 と帯に記すほど、おすすめの本です。 この本を担当された、 青木さんにお話をうかがいました。 (「ほぼ日」小川) ************************************** 担当編集者 / フリー編集者 青木由美子 最初にこの本に出会ったのは、ニューヨーク。 「途方に暮れてみたいんです」などと、 上司もあぜんとする理由で、唐突に会社を辞めた三年前。 あてなど全くないけれど、 リアルに途方に暮れたくて、東京を引き払った。 リアルに途方に暮れてみると、 本当に途方に暮れるとは、どういうことかが、 心ではなく、「身とフトコロ」に沁みてくる。 定年後、公園に佇むおじさんの気分を味わうマンハッタン。 びんぼう暮らし@NYにも飽きてきたころ、 これまで翻訳書の編集をやっていたツテで、 現地の出版社を、いくつかたずねてみた。 「いま、いちばん売れてほしい本なの」 Sterling社の版権担当者から紹介された本が 『Letters to Sam』 ――サムへの手紙。 「売れている本」ではなく「売れてほしい本」というのに、 心ひかれた。 暇ならば存分にあったので、さっそく読み始めた。 ▲ Photograph courtesy of Joseph Del Palazzo 著者ダニエルと孫のサム。目元が似ていませんか? 「おじいさんから孫への手紙なんて、ありがち‥‥」 そんな安っぽい先入観は、 イントロダクション時点で、木っ端みじんに吹っ飛んだ。 どう頑張っても思いどおりにいかない人生を、 どうやって生きていくか。 いとしさがあっても、 照れくさくて伝えられない、家族への愛というもの。 「このひとを、生涯、愛して生きていく」 そう誓った気持ちが、壊れていく、せつなさ。 書かれていたことは、恐ろしくリアルで強靭な洞察。 だが、根底には愛がある。 「不慮の事故で四肢麻痺になった精神分析医が、 自閉症の孫へ綴った手紙」。 そのラベルは、ただのラベルだった。 お涙ちょうだいの感動物語なんかでは、決してない。 これはあらゆる人にとって、 もちろん、わたしにとっても必要な、 普遍的かつ個人的な本なのだと思った。 そうはいっても、翻訳書は契約金を払ってナンボ。 ノラ編集者の身、一読者として楽しんだにすぎなかった。 帰国後、編集者稼業を再開した次の秋。 手伝っている講談社の編集部に廻ってきたリストに、 なんと『Letters to Sam』が。 「巡り合わせ」なんて信じないけど、縁を感じた。 翻訳書は、著者の「顔」がない。 ミリオンセラーも、笑えるほど売れない本も編集したけど、 「著者が遠い存在」「インタビューができない」 などなどの理由で、読者の親しみやすさは、得にくい。 権利を獲得し、編集できることになり、また途方に暮れる。 良い本が良い本であるだけで売れたら、 編集者の仕事はなくなる。 翻訳書であれば、なおのこと。 良い本が、良い本であるとわかってもらう工夫。 ノラ暮らしで鈍りまくった頭を、ぎゅうぎゅう絞る。 ずっと心の中にあったコンセプトは、 「一生懸命生きてきた大人が、人生について綴った本」。 しからば、「本物の大人」の代表みたいな方に、 日本の読者の水先案内人になっていただけたら‥‥? われながら、かなり虫のいいことを思う。 オビに推薦なら、よくあるけれど、 どうせなら、トコトン、かかわっていただきたい。 それには本が好きで、英語ができる人。 翻訳書を敬遠する読者にも、 「読んでみたい」という「橋」を渡せる人‥‥。 ぼやけた頭で考えるのにも疲れた、日曜日の昼下がり。 ビンゴの人は、テレビのクイズ番組で微笑んでいた。 児玉清さんである。 ▲ 児玉さん。ナマ声はもちろん、電話の声もダンディ。 手紙とともに原書をお送りしたところ、 児玉さんに、ご快諾いただいた。 「負けを負けと認める勇気について書かれた本」 このように激賞し、監修を引き受けてくださったのだ。 カバーデザインは、坂川事務所さんにお願いすることに。 「カッコ良い翻訳書的じゃなく、 直球でつくりたいんでしょ? 昭和を感じるような、懐かしいデザインがいいかもね」 ほわんとしたクマさんみたいな風貌から、 「繊細かつ温かい」&「ありそうなのに絶対にない」 ブックデザインを繰り出す坂川栄治さん。 さすが売れっ子装丁家! 装丁のコンセプトも決まり、ほくほく喜んでいると、 坂川さんが、つぶらな瞳で付け加えた。 「ところで『サムへの手紙』というタイトルが、 ベストなのかなあ?」 ――良い本が良い本であるだけで売れたら、 編集者の仕事はなくなる‥‥! 装丁依頼書に自分が記した『サムへの手紙』という文字。 当初のタイトルは、これであった。 翻訳とは、自動翻訳マシンと異なる「創造」というのは、 何人もの優秀な翻訳者さんとのお付き合いで、 痛感してきたはずである。 『Letters to Sam』→『サムへの手紙』 わたしは、編集者としての仕事をしていない。 タイトルに困ると、電車に乗る。 そこには必ず、読者がいるから。 素のままの普通の人たち。 メールを打つ人、眠っている人、酔っ払っている人。 この人たちの心に、直球で届くタイトルは? 考えるうち、つい自分も眠ってしまう山手線。 もっと困ると、カラオケやDVD屋に行く。 古い歌謡曲の歌詞や、名作映画のタイトル。 「人肌になじんだ言葉」には必ずヒントがあるから。 飲み惚けた目に、蛍光色がまぶしい都内某所レンタル店。 つい関係ないDVD(『トラック野郎』)を借りてしまう。 ――そしてタイトルは、降りてきた。 ▲ 児玉さんの原稿でつくったPOP。 自ら配っております(笑)。 ご希望の書店さまは、お送りしますので、 ぜひご一報ください! わたしの場合、タイトルは、 考えるのをやめたときに、降りてくる。 それが『人生という名の手紙』である。 「売れてほしい本」ではなくて、「読んでほしい本」。 一人でも多くの方に手にとっていただきたいと、 不肖の担当編集者は、願ってやまない。 **************************************
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2008-07-25-FRI
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