担当編集者は知っている。 |
国内外の多数の展覧会や、 ガラス制作・デザインユニット「factory zoomer」など、 金沢を拠点に活動されている ガラス作家・辻和美さんの作品集です。 コップを中心とした、凛とした佇まいのガラス作品。 こわれやすいはずのガラスに、とても強さを感じます。 それらのもつ、さまざまな「透明」が写り込んだ 淡い色合いの写真もうつくしいです。 この本を担当された、 大谷さんにお話をうかがいました。 (「ほぼ日」小川) ********************************************* 担当編集者 / フリー編集者 大谷道子 無色透明、清らかでクール。そして、もろく儚い。 一般に、ガラスという素材がもつイメージを挙げると、 だいたいこのような感じでしょうか。 しかし、金沢在住の ガラス作家・辻和美さんの制作するガラスは、 それとは少々趣を異にしています。 多くの料理研究家、スタイリストに愛されるガラス器から、 ギャラリストたちに熱いまなざしを注がれる 美術作品までを収録した、彼女のはじめての作品集。 それが本書『Daily Life』です。 ▲ 美しさと危うさ、その一瞬の交錯を捉えた表紙写真。 縁につかまる蟻の構図は、 写真家・小泉佳春さんのアイディア。 「ところが、どうしたことだろう、 わたしの手もとにあるこの硝子は、 ぴいんと張り詰めた緊張からはんぶん抜け出ている。 むしろたくましささえ漂わせているふしもある。 くつろいでいるのだ、ひと足先に。」 (「指の肌がとらえるとくべつ」より) 実際に手に(または目に)したことのある方には おわかりいただけるかと思いますが、本書前書きで エッセイスト・平松洋子さんが上記のように評するとおり、 辻さんのガラス作品の魅力はまず、繊細さが身上の ガラスにあるまじき(とされてきた)タフさ、 そしてある種のあたたかなラフさです。 透き通っているのに、どっしりとした風格があり、 触れていると、どこか赦されているような安心を感じる。 強いこと。揺るぎないこと。そしていつも優しくあること。 私見ですが、これは辻さん自身のおおらかなお人柄に 拠るところが大きいような気がします。 ▲ 中に容れるものによって表情を変えつつも、 その佇まいには常に独特の愛嬌が。 そして、タフでラフでありつつも、辻さんのガラスは 深い奥行きを感じさせる、怜悧なガラスです。 書名である『Daily Life』は、辻さんの インスタレーション作品のタイトルでもありますが、 大きなガラスの球体が空間を揺れ動く その作品を見ていると、 日常と非日常、工芸と芸術、 「私」と「私でないもの」など、 自分を取り巻いているものとの位置関係について 思いをめぐらせずにはいられません。 この世界に存在するさまざまな境界を 見つめながら、生きる。 ガラスが千数百度の炎をくぐって形作られるように、 辻さんの作品もまた、日々重ねられる熱く絶え間ない 思考の中から生み出されるのだということを、 今回、本の製作を通じてあらためて実感したのでした。 ▲ インスタレーション作品<Daily Life>。 ガラスと外界の間にある透明な縁どりは、 世界の肌触りそのもの。 撮影は、アートディレクター・山口信博さんの描いた 絵コンテをもとに進められました。 グラス、皿、美術作品。さまざまな姿をしたガラスを 主人公に見立てて展開する、ストーリー性豊かな構成で、 一見無機質な素材から 驚くほど多彩な表情を引き出しました。 そのガラスの、一瞬一瞬のありようをカメラに収めたのは、 多くの雑誌、書籍、広告で活躍する小泉佳春さん。 長年親交を結び、 辻さんの作品制作を見つめてきた写真家は、 本来、無色であるはずのガラスから 鮮やかな色と光を抽出することに成功しました。 金沢と東京を行き来しながら写し取った、 まさに「ガラス色」としか呼べない光彩が、 一葉一葉のプリントに焼きつけられたのです。 (クリックすると大きい画像でご覧いただけます。) 構想から完成まで、ストーリーを巡って 辻さん、小泉さん、山口さんの議論が 幾度も重ねられました。 「いつも見つめるのは、日常、 昨日とほぼ同じ今日。その繰り返しのなかで、 普通に生きていることが、実はとても 奇跡であることに気づく。」 (「あとがき」より) 辻さん自身が語るように、今ここにあること、 そのこと自体が奇跡的な偶然の連続であるということを、 いったいどれくらいの人が意識しているでしょうか。 澄んだ空気。居心地の良い場所。些細なこと。 日常、つまりもっとも身近にある奇跡は、美しい。 そして、もしそれが目に見えるのならば、 やはり辻さんのガラスのような色かたちを しているのだろうと思うのですが、いかがでしょうか。 この夏、まだまだ暑い日が続く模様です。 のんびりできる時間を見つけたら、この作品集を開き、 ひととき、涼やかなガラスの世界に 漂っていただけたら、と思います。 *********************************************
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2008-08-08-FRI
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