【2月10日 AFP】ドナルド・トランプ(Donald Trump)大統領が米大統領専用機「エアフォースワン(Air Force One)」の前方タラップを上って行った。トランプ大統領でいられるのは、残りわずか180分。1月20日の凍てつく寒さの中、光り輝く美しい大統領専用機はトランプ氏を乗せてフロリダ州に向かう。だが今回は、いつもと違う旅だった。

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 冬に温暖地に行くのは、いつでも歓迎だ。その上、ボーイング(Boeing)747型改良機でのゴージャスな旅ともなれば、食べたいものを注文しながら、同時に核戦争を始めることもできる。万が一の場合だが、結構すごい。だが、この日はすべてが違っていた。旅程は首都ワシントンからフロリダ州パームビーチ(Palm Beach)まで。だが実のところは、世界最高の権力と特権を有しながら最後の数時間を過ごすトランプ氏をこの飛行機が運んで行くのは、先の見えない、おそらく不愉快な未来だった。

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 大統領専用機が待機していた首都ワシントン近郊のアンドルーズ空軍基地(Joint Base Andrews)で、トランプ氏は軍の見送りを受けた。礼砲に音楽隊の演奏、レッドカーペットなど、一式が用意されていた。だが、最高司令官という立場に伴うこうしたすべての象徴も、もうすぐおしまいだった。ジョー・バイデン(Joe Biden)氏が第46代米大統領に就任する正午になれば、トランプ氏は多くの特権を失う。その一つが、今乗り込んだこの飛行機だった。

 後部の小型のタラップを上ってトランプ氏の後を追った。報道関係者や大統領護衛官、一般のスタッフ用のこちらのタラップを上りながら考えた。トランプ氏はこの時間をどうやり過ごしているのだろうか。

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 トランプ氏は常に、世界で最も自信にあふれた(あるいは、少なくともそう演じ続けた)人物だった。だが今は、不名誉な形でワシントンを後にする。その事実は、派手な軍事パレードでも隠せなかった。短い演説でも隠せなかった。集まっていたのはわずか500人ほどで、盛り上がる様子も見せない支持者らにもそれは隠せなかった。「良い人生を。またすぐに会おう」とトランプ氏は言ったが、その言葉に説得力はなかった。

 1期だけのトランプ氏の任期は、敗北に終わった。最も影響力を持つ側近の多くから見限られ、1月6日に支持者を扇動して議会議事堂で暴動を起こすよう仕向けたとして、大統領として史上初となる2度目の弾劾訴追も受けていた。世論調査会社ギャラップ(Gallup)による最後の支持率調査の結果は、34%というおそらく自分でも認めたくないであろう数字だった。

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ドナルド・トランプ氏と妻のメラニア氏を乗せて米首都ワシントンのホワイトハウスを飛び立つ米大統領専用ヘリコプター「マリーンワン」(2021年1月20日撮影)。(c)AFP / Mandel Ngan

「敗者」をあざ笑うことが多かった人物に、すべてがブーメランのように戻ってきていた。第45代米大統領としてはこれが最後のフライトだ。バイデン氏の就任式を欠席し(退任する大統領が後継者を無視したのは約150年ぶり)、フロリダに急いでいる。急ぐ理由は単純だ。

 トランプ氏は全旅程に大統領専用機を使用したかったのだ。ホワイトハウス(White House)からアンドルーズ空軍基地までは大統領専用ヘリの「マリーンワン(Marine One)」で、そこからフロリダまでは大統領専用機「エアフォースワン」で、そして、パームビーチで自らが所有する高級リゾート施設「マーアーラゴ(Mar-a-Lago)」クラブまでは大統領専用リムジンに乗って。最後までずっと、自分が大統領だというイメージを打ち出したがっていた。だが大統領版のシンデレラ(Cinderella)のように、12時までに到着しなければ、トランプ氏は大統領という魔法が解けたカボチャに座っていることになる。

 それでも私はまだ、期待していた。2時間足らずのフライトの間、トランプ氏はこれまでしょっちゅうしてきたように私たち記者の元に話をしにやって来るのではないか。今、どんな様子なのか見てみたかった。気落ち? 反省? 感傷にふけっている? それとも復讐(ふくしゅう)心に燃えているのか。数少なくなった友人たちに怒りの電話をかけまくって過ごしているのだろうか。あるいは空の旅で、下界の混乱から短時間でも離れて内省しているうちに、もしかしたら物事を違った目で見られるようになっているのではないか。私なら、そうなるはずだ。

■地下室へ

 トランプ氏にとって、これは大統領としての任期最後の飛行機の旅だった。私にとっては、新型コロナウイルスに感染して以来、最初の旅だった。コロナウイルスに感染したことが分かったのは元日だ。その日は朝から、デラウェア州のリホボスビーチ(Rehoboth Beach)に向かって車を走らせたが、バイデン氏の取材許可が下りる前に私たち報道陣は簡易キットで検査を受けた。私の結果は陽性だった。

 車で自宅に直行し、家族と接触しないよう小さな裏庭に面した狭い地下室で隔離生活に入った。体調は悪くなく、検査結果を疑ったぐらいだ。だが24時間以内にウイルスが暴れ始め、知覚が鈍くなった。2〜3日後には回復し始めたが、隔離は10日間。トランプ支持者が議会議事堂に乱入したときは、現場に行きたくてたまらなかった。

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 私はロシアと旧ソ連諸国、ブラジルで市民による暴動や民主化革命を取材し、カフカス(Caucasus)地方では武装蜂起や戦争を取材した。これまでに独裁者、腐敗した専制君主、怒れる群衆、軍の指導者、残忍な警察、暴動に加わる治安部隊、暗殺者、民衆を扇動するポピュリスト、そして政情が不安定で治安が悪い「バナナ共和国」というテーマで書いてきた記事は数百本になるだろうか。それと同じようなことが今、約10キロ先で起きていた。それなのに私が眺めているのは、庭先の鳥の餌場だった。

■グリーン・ゾーン

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 エアフォースワンは銀行強盗犯の逃走車のようにアンドルーズ基地を飛び立った。それはいつもと変わらない。そこがエアフォースワンの素晴らしさの一つだ。滑走路に向かうまでに誘導路を走行して、離陸の順番を待たされることもない。報道関係者用の客室にはシートベルト着用を指示する人もいない。立ちたければ、立ってもいい。ただし、注意しておかなければ、離陸時の角度によっては、滑って後方のトイレにまっしぐらという可能性もある。空軍パイロットが機体を離陸させ、ワシントン郊外が遠ざかっていくと、ここ数週間のコロナとトランプ氏と議事堂暴動事件をめぐる慌ただしい非現実的な出来事が薄れていくようだった。

 私は午前3時から起きていた。ワシントンはトランプ支持者の暴動以降、武装した兵士らによって物々しい雰囲気に包まれている。そのため、ホワイトハウスにたどり着いて、そこで報道陣がアンドルーズ空軍基地に向かう車列に合流するのは、さながら緊張状態にある国境を越えるようだった。

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 私は夜明け前にまず自宅からウーバー(Uber)を利用して、「グリーン・ゾーン」の端に着いた。そこからは徒歩で、厳重に警備された人影のない通りを抜けて「レッド・ゾーン」へ。午前5時半になってようやく、ホワイトハウスの一段と厳重な警備を通過した。途中で目にしたのは迷彩服を着て武装した人々、黒ずくめで武装した人々、平服で武装した人々。実際、その時間にそこにいた私と少数の報道陣を除けば、全員が武装しているようだった。

 そして今は、エアフォースワンの広くて快適な座席に深々と座っていた。お次はコーヒーとおいしい朝食(南部スタイルのステーキ、卵とグリッツ〈粗びきトウモロコシのおかゆ〉)だ。大統領が話をしに来れば予定は変更だが。いや、トランプ氏だって朝食を取りたいはずだ。私はリラックスした。窓の外で、高みにのぼっていく青い空を見つめていると、自分が地上1万メートル以上の場所にいるのがおかしく思えた。ほんの数日前には地下に閉じこもり、ドアの前に置かれた食事の盆を、まるで囚人のように受け取っていたのだ(私の場合、看守は愛情深い家族)。とは言え、このコントラストはそれほどとっぴなものではないのかもしれない。

■地下

 2020年の出来事と、後日談となる2021年1月の出来事は、そのほとんどを地下室という観点から書くことができる。例えば、トランプ氏についてだ。2020年5月29日、警察の残虐行為に対する全国的な抗議デモと暴動がついにトランプ氏の目と鼻の先、ラファイエット公園(Lafayette Square)で起きた時、大統領護衛官らは用心のために同氏をホワイトハウス地下のシェルターへと急き立てた。

米首都ワシントンのホワイトハウス近くのラファイエット公園前で、暴風雨に打たれながら「黒人の命は大切(Black Lives Matter)」と叫ぶデモ参加者(2020年6月5日撮影)。(c) AFP / Roberto Schmidt

 トランプ氏は実際には危険な目に遭ってはいなかったが、これは、いかに事態が収拾不能に陥っていたか、そして大統領がいかに現実と乖離(かいり)していたかを象徴する出来事だった。1月6日の出来事に関しては、連邦議会議員や側近、そして取材中の報道関係者らは、実際に危険にさらされていた。暴力行為を振るうトランプ派の支持者らが上の階で傍若無人に振る舞っている間、議事堂のトンネル奥深くの安全な場所に駆け込んでいたのだ。

 中でも最も有名になった地下室は、コロナのロックダウン(都市封鎖)中にバイデン氏が臨時の選挙本部とした自宅地下室だ。共和党支持者らは、デラウェア州の自宅にこもることにしたバイデン氏の決断を、これで落選は間違いなしと判断。「Hidin' Biden(隠れたバイデン氏)」はトランプ氏にびびり、表立って会うこともできないのだ、バイデン氏が失態を犯さないよう側近が守っている、バイデン氏には気力がないとやゆした。トランプ氏は、「私が全国を飛び回っている間、ジョーは地下室で寝ている」とあざけった。

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 ところが、バイデン氏の地下室は、そうした見方とはまったく異なるものだった。動画から見えるバイデン家の地下室には、くつろいだ雰囲気が漂っていた。ピリピリした時期に、これは大事なことだ。背後に映る書籍や写真、きちんと折り畳まれた星条旗は、普通のまっとうな男性であることを示しているようだった。対立する勢力から嘲笑されたバイデン氏の技術的なトラブルも、「ズーム(Zoom)」やWiFiルーターのオーバーロードを体験しながらこの異様な時期を過ごした多くの人々にはおなじみのものだった。

 そして結局、どうなったか。地下室にいた人物が、超高層ビルの大物に現実を思い知らせたのだ。

■つかみどころのなさ

 トランプ氏が私たちのところに話をしにやって来ることはなかった。残っている数少ないスタッフの一人が、トランプ氏は閉じこもってずっと家族と過ごしていると告げた。そういうわけで、トランプ氏が意気消沈しているのか、達観しているのか、あるいは違う境地にいるのかは、もう探らないことにした。自分でも、もうその気になれなかったのかもしれない。

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 この特異な人物について、真実に至るのは常に困難だ。米紙ワシントン・ポスト(Washington Post)のファクトチェック(事実検証)担当チームは、おそらく相当ぐったりしながら作業をしたはずだが、彼らによれば、トランプ氏による任期中の発言のうち、虚偽や誤解を与える主張は3万以上に上っている。だが私がここで言いたいのは、そういう問題に限らない。非常にオープンに見えながら、胸の内は決して明かしてくれそうにないと思える人物の中身を知るのは難しいという意味だ。

 ホワイトハウスで仕事をしていて当初驚いたのは、画面を通して見ていたこの人物──とりとめもなくしゃべり続け、わめきちらし、自慢し、威張りくさる(正直に言うと、視聴者として楽しませてもらったことも少なくない)番組ホスト──が、身近で接したときも、まったく同じ調子であることを知った時だった。金切り声を上げる大勢のファンを前にステージに立ったトランプ氏と、大統領執務室(Oval Office)で十数人の報道陣と話すトランプ氏は、寸分変わらなかった。

 だが同じように印象的だったのは、この上なく表現力豊かなこの人物が、疑いや後悔、反省の念をいかなる形でもほとんど認めなかったことだ。本当のトランプ氏は、どういう人間なのか。見た目そのままの人物だったのか、それとも自分が演じる役にあまりに深くはまり込み、もう抜け出すことができなくなった俳優に近かったのだろうか。それが分かることは、この先もないだろう。

■お宝グッズ

 私たちを乗せた大統領専用機はウエストパームビーチ(West Palm Beach)に20日午前10時45分(日本時間21日午前12時45分)に着陸し、トランプ氏と家族は大統領専用車に乗り込んだ。ホワイトハウスが30台を超える車列となって進んで行く。武装した警護隊の他、医療設備や通信設備、あらゆる職員がそろっている。核兵器コードを持つ軍の高官もどこかにいる。

(c)AFP / Alex Edelman

 いつものように、圧倒的な規模でありながら整然と進んで行く車列は、私たち報道陣が乗る後方のミニバンから見ても、ほれぼれするほどだった。だが、トランプ氏の任期は刻一刻と終わりを迎えようとしていた。飛行機を降りる際に私は記念品として置かれていたトランプ氏のサイン入りのチョコレート「M&M's」を2〜3箱つかんだ。箱の片面には星条旗を持ったM&M'sのキャラクターが描かれている。別の面には大統領紋章と、トランプ氏のサインが金色で印刷されている。

 取材でエアフォースワンに乗るときは、たいていこれを1箱手に入れる。「トランプ印のM&M's」は愉快なプレゼントになる。今やお宝だ。だが果たして、欲しがる人はいるのだろうかとも思った。トランプ氏はこれからも、米国の政治情勢で大声を上げ続けるだろう。復活を果たし、あり得ないようではあるが、2024年に大統領選に再出馬することだってあるかもしれない。

 だが場合によっては、正反対の事態が起きる可能性もある。トランプ氏は既に訴訟と事業のトラブルに相次いで見舞われているが、そうした問題で身動きが取れなくなるおそれもある。これほど肥大したエゴを持つトランプ氏のような人物にとって最悪なのは、「過去の人」として見なされるようになることだ。マーアーラゴに到着すると、かなりの数の群衆が道路沿いに並んでいるのが見えた。

 ここに集まっているのは、トランプ氏の真の信奉者だ。彼らは実際、バイデン氏が大統領選を盗み、その陰謀は非常に大掛かりであるため、国民の半分が巻き込まれたにもかかわらず、一切の証拠が隠蔽(いんぺい)されてしまっているというトランプ氏のうそをうのみにしている。人々から、「We love you!」と一斉に声が上がった。車列は、停止するかと思うくらい減速し、トランプ氏は熱烈な応援の声を味わっていた。だが、長くとどまることはできなかった。

 首都ワシントンでは、バイデン氏が午前11時48分(日本時間21日午前1時48分)に大統領就任式で宣誓を行った。トランプ氏は、残り時間17分というところで自身のクラブに到着した。

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 この瞬間、エアフォースワンと核兵器コード、その他一切の利用がバイデン氏に許され、トランプ氏はただの一市民になった。そして大統領の随行記者団の私たちは、本拠地から遠く離れたフロリダに取り残された。

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 私がトランプ氏の取材を担当したのは2年と少しだ。パームビーチの穏やかな冬の日差しを浴びながら立っている同僚のうち何人かは、丸4年間担当した。そのすべてが終わったという現実にぼうぜんとした。

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「ドナルド」が君臨する時代が絶対に終わらないように思えた時もあった。良いとか悪いとかいう意味ではなく、単なる事実としてだ。メディアと米国、そしておそらく世界中がトランプ氏が繰り広げる心理劇に組み込まれ、よりどころとする現実がどこにもなくなったように思えた時だ。だが、そのすべてが終わった。トランプ氏は退場した。さあ、タクシーを拾って空港に行き、民間の飛行機でワシントンに戻らなければ。帰りの旅はエアフォースワンとは勝手が違うだろう。

 飛行機は滑走路に向かうまで誘導路をかなり走行しながら離陸の順番を待たされ、客室乗務員からはシートベルト着用を指示されるだろう。キャビンのドアをじっと見つめて、大統領が現れるのを待ち望むこともない。だが、とても大きな、わくわくすることが待ち受けている。新たな旅だ。私にとって、そして米国にとっても新たな旅が始まる。私は地下室を脱した。次に何が起きるのかを確かめる準備はできていた。

筆者のセバスチャン・スミス(2021年1月20日撮影)。(c)AFP/ Alex Edelman

このコラムは米首都ワシントンを拠点とするAFP記者セバスチャン・スミス(Sebastian Smith)が執筆したものを、仏パリのミカエラ・キャンセラ・キーファー(Michaela Cancela-Kieffer)とジェニー・マシュー(Jennie Matthew)が編集し、2021年1月20日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。