スポーツの舞台裏に迫る『挑戦のそばに』
2度の冬季五輪金メダル、2018年国民栄誉賞受賞、史上初の4回転アクセル認定。そして、その偉大な功績以上に、東日本大震災に纏わる人々への寄り添い方、選手・周囲へのリスペクト、ファンを大切にする姿勢と、選手の枠を超えた存在として愛されるフィギュアスケーター羽生結弦さん。2022年7月のプロ転向宣言以降も、自身の動画チャンネル開設、SNSでの情報発信など、新たなプロジェクトに挑戦し続ける彼。その表情には、未来を見据える強い意志がうかがえます。今回は、3回にわたってプロフィギュアスケーター羽生さんの挑戦、未来について迫ります。
ファンが自分の気持ちを汲んでくれて嬉しかった
2014ソチ、2018平昌と66年ぶりのフィギュアスケート五輪2連覇。2020年の主要国際大会6冠、数々の世界記録更新、前人未到の4回転アクセル認定と、偉業を挙げれば枚挙にいとまがないフィギュアスケーターの羽生結弦さん。
その芸術的な演技は国内外から愛され、なおかつ、豊かな人間性は周囲の人々から圧倒的な尊敬を集めています。
羽生さんは2022年7月、競技者としてのキャリアに一線を引き、プロ転向を発表しました。世界的注目を集めた、あの決意表明から数カ月。自分自身の中で、喜びを感じた出来事があったと話します。
「会見後に『ファンからの決意表明』みたいなハッシュタグができたんです。通例だったら『引退会見』とかですけど、そうではなくて、自分が『決意表明』という言葉にした意味を皆さんが汲み取ってくださった。現役引退ではなく、アマチュアからプロに転向するだけだと強く打ち出していたので、ファンの方々も現役選手を応援する形ではなく、“現役のプロをこれからも応援します”と言ってくださったのが、すごく嬉しかったですね」
これまでも常にファンのことを考え、他者への気配りを欠かさなかった羽生さん。それだけに、自分の気持ちをみんなが受け取ってくれたのが、彼にとってひとつの喜びになりました。
「自分も色々な言葉を考えて、選んで、何が自分の本当の気持ちなんだろうって探りながら、あの会見に臨みました。その気持ちがちょっとでも伝わったのが嬉しかったです」
変わらないスケートへの情熱
あれから数カ月。
ハードな練習を続ける本人は、今も変わらず「ずっと試合に向けてやっている感じ」だと言います。でも、やはり変わったものもあります。
「生活のルーティンとかは、もちろん変わってきてますね。いろんなことを考えたり、『プロデュース』を自分でしたり。自分がどう見ていただきたいのか、どういう風に見せていくかは考えていますし、少しずつ変わってきています」
その中で、人間として、スケーターとしてどう進化していくかは、常に考え続けなければならないこと。
「だからアマチュア時代よりもプロの方が大変だなと、普通に思っています。アマチュア時代にやってきたことプラスα、プロになった自分をどう見せていくか考えつつ、以前より密度の濃い練習をしなければならない。そこは、すごく難しいですね。だから練習が減ったとかは、全然感じないです」
アマチュアからプロになり、競技会には出なくなりますが、「やっぱり僕はスケーターでしかないので、スケートの質は絶対に落としたくない。むしろ、どうやってここから上げていくか、常に考えながらやっています」と、変わらないスケートへの情熱を口にしました。
自分の中心にある楽曲へのリスペクト
孤高の存在として、長らくトップスケーターであり続け、唯一無二の選手となった羽生さん。
その軸になっていた考え方は、何だったのか。改めて、お聞きしました。
「哲学というか、こだわりですが、『音との協調性』はすごく大切にしていました。フィギュアスケートって技に集中すると、どうしても音がBGMになっていく。僕はそれがすごく嫌で。昔のフィギュアスケートのルールでは、曲はボーカルなしというルールがありましたが、クラシックやミュージカルの音楽に対して、僕たちの演技は、ある意味『ボーカル』だと思うんです。そのボーカルが曲に対して、完全に外れた適当なものだったら、気持ち悪いじゃないですか。そういう風には絶対なりたくないというのが、自分の演技のいちばん真ん中にあるものだと思います」
その信念は、プロになってからも、変わりません。
「もちろんストーリー性が強い楽曲は、あまり固め切らず、その時の感情のままでプログラムを演じることもあります。ただ、ストーリーが強くても弱くても、想いだけのプログラムだったとしても、やはり音との親和性は、自分のフィギュアスケートのいちばん中核にある。そこは譲れないポイントなので、これからも大事にしていきたいと思います」
変わるものも、変わらないものも含めて、彼はフィギュアスケーター羽生結弦の人生を、これからも生きて行きます。