「アート」というと、まず「著作権」が頭に浮かぶでしょう。もちろん、それは正しいのですが、テクノロジーを使った現代アートでは、「著作権」だけにとどまらない作品もあります。
ランダム・インターナショナル
たとえば、ランダム・インターナショナル(→Artsy: Random International)の「レイン・ルーム」。物や人を感知すると雨が止むシステムになっていて人は雨に濡れずに、雨の音、匂いを感じることができる、というインスタレーション作品です。
ランダム・インターナショナル「レイン・ルーム」(2012)
出典:MoMAウェブサイト
画像だけでは分かりにくいので、ぜひ動画もご覧ください。
ランダム・インターナショナル「レイン・ルーム」(2012)
出典:ランダム・インターナショナル・ウェブサイト
このように技術的な工夫が要素になっている作品では、特許を取得することもできます。実際に、ランダム・インターナショナルの出願している米国特許(20150127177)を少しだけみてみましょう(まだ特許は付与されていません。)。発明の名称は、「Simulated rain with dynamically controlled dry regions」(参考訳:ダイナミックに制御された乾燥領域と人工雨)です。
どのような範囲の特許かは、特許公開公報の「CLAIMS」(請求項)という部分をみると分かります。この請求項の文言にすべてあてはまるものが、この特許の権利の範囲、つまり、特許権の侵害になります。逆にいうと、この文言から外れるものはこの特許の権利の範囲外ということを意味しています。請求項1は次のように書かれています。日本語は参考訳です。
A simulated rain enclosure (SRE) comprising
次の構成を有する人工雨囲い、すなわち、
a room having a ceiling and a floor;
天井と床を有する部屋から成り、
said ceiling Supporting a tightly packed two dimensional array of water ejecting ceiling tiles;
前記天井は、密に詰められた水を排出する天井タイルの二次元の配列を支持し、
a direct presence detector associated with each said ceiling tile,
前記各天井タイルに関連した直接存在検出器を有し、
wherein the detection of one or more visitor persons under one or more of said ceiling tiles by said respective direct presence detectors turns off water flow from each said associated ceiling tile and to a defined region of said ceiling tiles adjacent to each said associated respective ceiling tiles,
1つ以上の前記天井タイル下の前記各直接存在検出器による1名以上の訪問者の検出が前記各関連する天井タイルからの水流を遮断し、前記各関連する天井タイルに隣接する前記天井タイルの所定の領域への水流を遮断し、
further wherein water flow is returned from any said ceiling tile previously turned off but not currently in a respective defined region of said respective defined regions.
さらに、前記各所定の領域のうち、過去に遮断され現在は遮断されていないある所定の領域における前記天井タイルから水流が戻される、
構成を有する人工雨囲い。
これらの文言、ひとつひとつをみたせば、この特許の範囲に入るということになります。
もっとも、作品を創作すれば権利になる著作権とは違って、特許を取得するためには特許庁に権利化のための出願手続をしなければなりません。そのため、特許を取得するためには、弁理士に依頼する費用もかかります。なかなか大変です。
特許に意識を向けているアーティストがいるのでしょうか?実はいます。チームラボです。
チームラボ
チームラボ(→Artsy: teamLab)は、露出も多く、日本での展示もたくさんやっていますのでご存知の方も多いと思います。
チームラボは色々と特許出願をしているのですが、ここでは「チームラボボール」を取り上げます。「チームラボボール」は、ボールにタッチすると色が変わったり、音色が鳴ったりするボールで、複数のボール同士が通信しているため、ひとつのボールの色が変わると、他のボールもこれに反応して色を変えることができます。
チームラボ「チームラボボール」
出典:チームラボ・ウェブサイト
「チームラボボール」について、チームラボは発明名称「バルーン照明システム」として特許を取得しています(特許第4693930号)。どういう権利なのでしょうか?請求項1の記載をみてみましょう。【図1】とあわせてみると分かりやすいと思います。
A バルーン(1)と,
B 前記バルーン(1)の内部に収容された送受信器(3)付きLED(5)と,
C 前記LED(5)の送受信器(3)へ色指令に関する無線信号を出力する色指令装置(7)
と,
D を有するバルーン照明システム(10)であって,
E 前記送受信器(3)付きLED(5)は,加速度センサ(13)を有し,
F 前記LED(5)の送受信器(3)は,前記加速度センサ(13)が観測した加速度に
関する情報を,前記色指令装置(7)へ送信し,
G 前記色指令装置(7)は,前記加速度に関する情報を受信し,前記加速度に基づいてLED
(5)の色を決定し,決定したLED(5)の色に関する情報を前記LED(5)に送信し,
H 前記LED(5)の送受信装置は,前記色指令装置(7)から送信されたLED(5)の色
に関する情報を受信して,前記LED(5)は,当該受信したLED(5)の色に関する情報に
基づいて色を変化させる,
I バルーン照明システム(10)であって,
J 前記バルーン(1)は複数存在し,
K 前記色指令装置(7)は,あるバルーン(1)から受信した加速度に関する情報がLED
(5)の色を変化させる値である場合には,すべてのバルーン(1)にLED(5)の色に関す
る情報を送信し,
L 前記複数のバルーン(1)に含まれるそれぞれの送受信器(3)は,前記色に関する情報を受
信して,前記複数のLED(5)は,それぞれのLED(5)の色を変化させる
M バルーン照明システム(10)。
そんなに複雑ではありませんね。「特許」というと、すごく高度な技術とイメージされる方もいると思いますが、実際は似たような先行技術があるかどうかの問題となります。先行技術との違いを出せれば、技術的にはそんなに高度なことをしていなくても十分に特許を取得することができます。
中国で「レイン・ルーム」のレプリカ登場
ところで、ランダム・インターナショナルの「レイン・ルーム」は、2015年に中国上海の余徳耀美術館(Yuz Museum)で展示され、好評を博しました。すると、その後中国で「レイン・ルーム」のレプリカが続出したのです。The Art Newspaperで報道されたものとしては、Jiajiale Dream Parkの「Rain Zone」があります。
Jiajiale Dream Parkの「Rain Zone」
出典:Lisa Movius, Fake Rain Room gets permanent home in Shanghai, The Art Newspaper,
12 May, 2017
著作権法で保護されるのは、「表現」であって「アイデア」ではないというのは大原則です。そうすると、どうしても「空間のなかで人工的に雨を降らせ、人を検知して濡れない領域をつくる」という点で共通性があっても、空間のサイズ、形状、デザインの違いによって侵害にならない、ということがありえます。
他方で、特許であれば、請求項の記載にあてはまれば侵害になります。デザインの違いは関係しません。
また、特許をとる過程で、似たような技術文献があれば審査官から指摘があって拒絶通知が出されますので、他人の権利を侵害していないかをある程度チェックすることもできます。なお、特許出願をすると、1年6か月後に出願内容が公開されますので、他の人が同じような発明を特許出願したときに拒絶される根拠になります。
「アート」=「著作権」という頭で終わらずに、「アート」=「著作権+」という視点を持っておくことも必要な時代になっているのです。