猫専門の動物病院を経営する女性獣医師 「刑事のように質問し、病気を突き止める」

2024/11/22

■理系女子の未来

動物が好き、動物と関わる仕事がしたいと考える人にとって、獣医師という職業は憧れです。けれども、飼い主にとって家族である動物の生死を取り扱うことは厳しい仕事で、大きな責任が伴います。可愛い動物と触れ合える喜びだけでは務まりません。猫の専門院を開業した女性獣医師に、学生時代の学びと仕事のリアルについて聞きました。獣医師になるには、どんなことが大切なのでしょうか。(写真=「むさし小金井キャットクリニック ねこの病院」木村奈美院長、本人提供)

女子学生が多い獣医学部

理系のなかでも獣医学部は、難易度や倍率が高いことで知られています。2024年入試の倍率を見ても、北海道大学獣医学部(共同獣医学課程)は前期4.7倍、後期7.7倍、麻布大学獣医学部獣医学科は26.0倍、日本大学生物資源科学部獣医学科は27.9倍となっています。

東京都小金井市にある猫専門病院「むさし小金井キャットクリニック ねこの病院」の木村奈美さんは、日本大学農獣医学部(現・生物資源科学部)獣医学科に指定校推薦で入学しました。

「私が高校生だった1990年前後は、獣医学科は今ほどの人気はありませんでした。生物の勉強が好きだったので生物の教師になれたらいいなと思い、指定校推薦で行ける大学を探していたときに目に留まったのが日大の獣医学科でした。ここなら生物について学べる、関わっていけると思って志望しました」

大学時代に苦楽をともにした仲間とは、今でも交流が続いている(前列左が木村さん)

獣医師になるには、獣医関連学部のある大学で6年間学び獣医師国家試験に合格する必要があります。木村さんが卒業した日大獣医学科のカリキュラムでは、全学科共通の教養教育科目と基礎専門科目を学びながら、獣医学の基礎、病態、応用、臨床の4領域にわたる専門科目を1年生から履修していき、6年生で学びの成果を卒業論文としてまとめます。日大生物資源科学部ホームページによれば最近の日大獣医学科の女子比率は約6割で、女子が多い学科です。木村さんが大学生だった30年ほど前は半数ぐらいが女子でした。

現在の木村さん。クリニックで

「研究室の当時の仲間は今でも仲良く、家族ぐるみの付き合いが続いています。この絆はたぶん、卒論と国家試験の2本立てで大変だった時期を一緒に乗り越えたからでしょう。大学時代を振り返っていちばん思い出すのが、みんなでいっぱい勉強したことです。国家試験の過去問で、わからないところを教え合いました。楽しかったのは実習の時間です。ホタテの黒い部分にどれだけの毒素が入っているか抽出したり、サバからアニサキスを取ったり。実習で使ったホタテは絶対食べるなと言われているのに、焼いている学生がいたりして(笑)、そういった、たわいもない実習中の出来事が楽しかったですね」

猫専門の動物病院を設立

獣医学部・学科を卒業すると、どのような仕事に進むのでしょうか。国家試験に合格し、獣医師免許を取得した後は、公務員として空港の検疫や動物愛護センター、食肉衛生検査所などに就職するほか、製薬会社や大学院で研究職に就く人もいます。とはいえ、やはり多いのが、動物病院の勤務です。たとえば、麻布大学獣医学部の過去5年の卒業後の主な進路は、動物病院が64%を占め、多くが臨床獣医師の道を選んでいます。

木村さんも卒業後は動物病院で獣医師として働き、30歳で大学の同級生の夫とともに独立開業。10年前、分院として猫専門の動物病院を開きました。

ほかの動物がいないことで、怖がりの猫もリラックスできる

猫ちゃんは怖がりで、ワンちゃんが苦手な子が多いんです。毎年春の動物病院は狂犬病ワクチン接種をするワンちゃんで混雑しますが、ワンちゃんだらけの病院で1時間待っている間に、恐怖で熱が出る猫ちゃんもいるほどです。そんな猫ちゃんたちを見るたびに、猫は猫だけで診てあげられたらいいなと思い、猫専門の分院をつくることにしました。

ほかの動物病院では診てもらえないような怖がりの猫ちゃんも、ここでは診てもらえると飼い主さんによく言われます。初めて採血できたと喜ぶ飼い主さんを見ていると、猫専門の病院をつくってよかったと思います」

獣医師に必要なのは、コミュニケーション力

「ワクチン接種で生後8週齢、12週齢といった子猫たちに会えるのは獣医師ならではの役得」と笑顔で話します。猫の飼い主との向き合い方は今でも日々学んでいることのつです。

自宅では5匹の猫と1匹の犬に囲まれて暮らす。猫たちには、クリニックの「看板猫」としての顔も。猫のごまたまちゃん(左)と昨年亡くなったあわたまちゃん(右)

「動物病院の獣医師は、動物とだけ向き合っていればいいわけではありません。つらい気持ちを抱えてやって来る飼い主さんがどうしたいのかをくみ取って寄り添い、治療をする必要があります。

猫ちゃんは話すことができないので、どのような症状なのかを飼い主さんから聞き出すことが大事ですが、飼い主さんのほうも気が動転してしまって、うまくいかないときがあります。そんなときは、刑事のように質問を重ね推理して病気を突き止めます

 飼い主に寄り添いながら、状況を想像して、病気を突き止めることが必要です。

自宅にはワンコのひめちゃんもいる

別れのときに生き方が表れる

獣医師は木村さん1人で切り盛りしているため、入院中の重症の猫がいるときは、夜中もクリニックに行って様子を見なければならないなど、大変なこともあります。

こちらも愛猫まがたまちゃん

「本当につらいのは、かわいがっていた猫ちゃんやワンちゃんとの別れです。以前、猫ちゃんが亡くなったときに飼い主さんが、今まで一緒にいてくれてありがとう声をかけるのを見て、悲しみの中にいるのに、すごいなと思いました

猫も「十猫十色」。それぞれの気持ちが理解できるように努力が必要。おんたまちゃん(左)ともちたまちゃん(右)

「また、別の飼い主さんで、猫ちゃんが治らない病気だとわかったときに、『苦しみ続けるなら延命治療はせず、楽にしてあげたい』と言った方がいました。飼い主さんとしては、できるだけ長く一緒にいたいはずなのに、自分の気持ちをこらえて楽にしてあげたいと思えるのは強い人だな、こんな飼い主なら猫ちゃんは幸せだろうなと思いました。

また別の飼い主さんは、亡くなった猫ちゃんに『また会えるよね、毛皮を変えて会いに来てねと言って別れた』という話をしてくれたことがありました。お別れのときに、飼い主さんの考え方や生き方が表れるんです。日々の仕事のなかで、人生勉強をさせてもらっています

獣医学部で学ぼうと考える学生に大切な資質として、動物と接するだけではなく、飼い主の気持ちに寄り添うことが求められます。「獣医師を目指す人は、日頃からいろんな本を読んで想像力を膨らませることや、コミュニケーション能力を高めることをお勧めしたいですね

>>【連載】理系女子の未来

(文=中原美絵子、写真=本人提供)

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【写真】猫専門の動物病院を経営する女性獣医師 「刑事のように質問し、病気を突き止める」

自宅では5匹の猫と1匹の犬に囲まれて暮らす。猫たちには、クリニックの「看板猫」としての顔も。猫のごまたまちゃん(左)と昨年亡くなったあわたまちゃん(右)
自宅では5匹の猫と1匹の犬に囲まれて暮らす。猫たちには、クリニックの「看板猫」としての顔も。猫のごまたまちゃん(左)と昨年亡くなったあわたまちゃん(右)

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