「環境に優しい農薬」とは? AIやロボットを使って、何百倍もスピード開発

2025/01/25

■名物教授訪問@公立諏訪東京理科大学

農作物を害虫、病気、雑草などから守ってくれる農薬は、現代の農業に欠かせないものです。公立諏訪東京理科大学工学部機械電気工学科の来須孝光教授は、植物が持つ免疫力を高める研究を続けながら、環境に優しい農薬の開発に取り組んでいます。情報処理や工学の専門家と連携して、AIやロボットを駆使しながら、研究をスピードアップしています。(写真=来須孝光教授、公立諏訪東京理科大学提供)

環境に優しい農薬とは?

現代の農業には、農薬が欠かせなくなっています。特に果樹や野菜類などは、農薬を使わなければ病虫害などで50%以上収穫量が減ってしまうと言われています。

一方で、農薬を使用すればするほど、環境にかかる負荷は大きくなります。持続可能な農業を考えるうえで、できるだけ農薬の使用を減らしていくことは大事ですが、現在主流となっている殺菌剤や殺虫剤は減らせる量が限られています。来須教授はこの課題を解決するため、「環境への負荷が少ない農薬」の開発に取り組んでいます。

「私たちが着目しているのは、もともと植物自身に備わっている免疫力や防御力を増強する『免疫活性化剤』と呼ばれるタイプの農薬です。病気になってから薬を使うのではなく、病原菌や害虫が侵入してきても感染を起こさないように、丈夫な体をあらかじめ作っておくサプリメントのような役割です。このタイプであれば、環境への悪影響は少なく、殺菌剤の使用を繰り返すことによる耐性菌の出現リスクも回避できます」

研究室では実際に植物を育て、免疫活性化剤の効果を検証する

「活性酸素」を上手に利用

来須教授が新たな免疫活性化剤を開発するうえで注目しているのは、植物が光合成などをする際に副産物としても生じる「活性酸素」です。活性酸素は強力な酸化作用を持つ物質で、大量に発生すると植物を枯らしてしまいますが、植物が病原菌や害虫から身を守る際に重要な役割を果たしていると言います。

「植物は病原菌や害虫が侵入したことを感知すると、侵入した場所ですばやく活性酸素を発生させます。活性酸素は『戦うぞ、抵抗するぞ』というシグナルを出し、植物はそのシグナルに反応して病原菌の主な侵入経路である気孔を閉鎖したり、感染部位の細胞壁を強化し、抗菌物質を蓄積する等の防御態勢を取ったりして、感染の拡大を阻止します」

つまり、適切な場所とタイミングで適量の活性酸素を発生させることができれば、植物は病原菌や害虫から身を守ることができるというわけです。来須教授は、こうした活性酸素の適切なコントロールを行うことができる薬を開発しようとしています。

「植物自身が持つ免疫力をあらかじめ上げておくとか、植物に病原菌や害虫が近づいたときに強い防御反応を起こすようにしておくことが可能になります。また、どうコントロールするかによって、複数のホルモン分泌や代謝活動を変化させ、多様な作用機序で免疫力を上げる薬ができると考えています」

開発過程をAIで効率化

一般的に新しい農薬を作るには、たくさんの薬についてさまざまな手法を使って農薬適性を評価し、効果のある薬を絞り込んでいく「探索」を行います。探索では、一つひとつの薬について、植物の細胞にどういう刺激が加わったときにどのくらいの活性酸素を発生させるかを、生体分子イメージング技術により定量的に測定。その薬が実際に植物のどの部分に作用してどのような変化を起こすのかを調べ、有力なものを選抜します。さらにそれらの薬が本当に農薬として利用できるのかを検証していきます。

100種類近くの薬剤を植物の細胞が入ったプレートに入れて一気に反応させる

しかし、この手法は膨大な手間と時間、さらにコストもかかります。そこで来須教授は、探索を効率化するため、AIの機械学習を用いた農薬探索プログラムの開発にも取り組んでいます。

「私たちの研究室では、農薬として効果が期待できそうな薬剤を含め、化学式や構造、そしてそこから得られる化学的特徴量、その薬剤を植物にかけたときの刺激に応じた活性酸素の発生量といった数万点分のデータを保有しています。こうしたデータをAIに学習させることで、新たな薬剤を植物にかけたときの活性酸素発生量を、手作業で計測しなくてもAIが蓄積されたデータを使って予測してくれます。これにより、探索にかかるスピードは手作業のときより何百倍も速くなり、薬剤の特徴データだけで大量の薬剤の農薬適性を解析できるようになりました」。来須教授はこう続けます。

専用の活性酸素の自動測定装置を使って大量の薬剤を効率よく解析

農薬探索プログラムは、AIを専門に扱う情報応用工学科の研究室と共同で開発を進めています。プログラムの基盤自体はできているので、今後は蓄積データ量を増やし、さらに探索の精度を高めていきます。同時にロボット工学の研究室と連携して、ロボットを使って探索工程を完全自動化することも目指しています。本学にはさまざまな工学分野の専門家がそろっているので、幅広い知見や技術が融合することで新しいものを創り出すことができます。分野の異なる専門家と協力して研究を進められる環境が、大きな強みになっています」

農業の現場で役立つことが目標

プログラムによる探索の結果、一定の農薬活性を有した候補薬剤がすでにいくつか見つかっています。現在はそれらの薬剤について、農作物でどのくらいの効果があるのか、どのような作用で効果を発揮するのかといったことを一つひとつ検証している段階です。来須教授は「最終目標は、農薬を完成させて実際に農業の現場で役立ててもらうことです」と強調します。

「環境に左右されることなく安定的な生産ができるようになれば、昨今深刻化している農業の担い手不足の解消にもつながっていくでしょう。さまざまな面で持続可能な農業に貢献していける研究だと考えています」

ネットワークを広げることが大切

環境に優しい農薬の開発に取り組むようになるまでには、どのような経緯があったのでしょうか。

「高校時代は将来、環境問題に貢献したいという漠然とした思いはあったものの、具体的に何をしたいということもなく、生物の基礎から応用まで学ぶことができる大学の応用生物科学科に進みました。入学後、植物生理学の授業を受ける中で、『地球上で繁栄している植物は神経も脳もないのに、どんな環境下にあっても今いる場所にとどまって種子をつけ、ライフサイクルをきちんと回している。どうしてそんなことができるのだろう』と植物の生存戦略に興味を持つようになり、研究を始めました」

研究室では基礎研究にのめり込み、植物の環境適応の謎を一つずつ解き明かし、学術論文を書くことで満足していましたが、学会などで異分野の研究者たちと交流を重ねるうちに、自分の研究を社会に役立てたいと思うようにもなりました。それが現在の農薬の開発につながっています

「私自身もそうでしたが、人生の中でどんな出会いがあって、どこで何がつながるのかはわかりません。少しでも興味を持てるものが見つかったら、一度挑戦してみてほしい。やってみるとどんどん面白くなることもあるし、逆に『 違うな』と感じたら、また新しいものを見つけて、チャレンジすればいいのです。理系・文系関係なくネットワークを広げていろいろ挑戦しているうちに、自分が将来やりたいことが決まってくると思います。ぜひ親御さんはお子さんの挑戦を前向きにサポートしてあげてほしいと思います」

<プロフィル>
来須孝光(くるす・たかみつ)/公立諏訪東京理科大学工学部機械電気工学科教授。東京理科大学理工学部応用生物科学科卒、同大学院理工学研究科応用生物科学専攻博士課程修了。博士(理学)。東京工科大学応用生物学部助教などを経て、2018 年公立諏訪東京理科大学工学部機械電気工学科准教授、23 年から現職。専門は植物保護科学、植物細胞工学、植物免疫学、生体分子イメージング、ケミカルバイオロジー。

>>【連載】名物教授訪問

(文=熊谷わこ、写真=公立諏訪東京理科大学提供)

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【写真】「環境に優しい農薬」とは? AIやロボットを使って、何百倍もスピード開発

100種類近くの薬剤を植物の細胞が入ったプレートに入れて一気に反応させる
100種類近くの薬剤を植物の細胞が入ったプレートに入れて一気に反応させる

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