在留資格のない家族たち 摘発ではなく、生活の基盤作りの支援を
日本で生まれ育った在留資格のない外国人の子どもに「在留特別許可」が与えられることになりました。在日外国人医療に取り組む医師、高山義浩さんが背景や課題を語ります。
日本で生まれ育った在留資格のない外国人の子どもに「在留特別許可」が与えられることになりました。在日外国人医療に取り組む医師、高山義浩さんが背景や課題を語ります。
沖縄県の公立病院で主に感染症診療に従事する内科医で、海外では認定NPO法人ロシナンテスの理事として、貧困や紛争などの課題を持つ世界の国・地域で保健医療協力に取り組んでいる高山義浩さん。高山さんが、現場で見て、感じたリアルを伝えます。
無国籍の40代男性の外来主治医をしていたことがありました。
外国籍住民向けの健康相談会に、慢性頭痛を訴えて訪れたのがきっかけでした。収縮期血圧(最高血圧)180を上回る高血圧症……。私の外来に通うように伝えました。ただし、彼には医療保険がなかったため、受診は数か月に1回程度とし、最安値のジェネリック薬をまとめて処方していました。
この男性には、日本で出会ったタイ人の妻と娘がいました。3人の共通点は、日本の在留資格がないことでした。無国籍の夫、タイ国籍の妻と娘……。日本の片隅で、不安定な身分ながら、肌を寄せ合って暮らしていました。
彼が無国籍なのには理由があります。両親はベトナムの農村に暮らしていましたが、インドシナ内戦中にタイ国境にある難民キャンプへと逃れ、そこで男性が生まれたのです。しかし、何らかの理由で両親がいなくなり、孤児となった少年は難民キャンプから抜け出し、バンコクのストリートチルドレンとして生き抜いたのでした。
やがて青年となり、偽造パスポートを入手してタイ人に成りすまし、男性は日本への入国を果たします。そして、不法就労を重ねるうちに、同じく不法就労のタイ人女性と出会い、恋に落ち、そして娘を授かったのでした。
しかし、3人の暮らしも長くは続きません。
ある日、男性が泣きながら私のところへやってきました。コンビニから戻ると、妻と娘がいなくなっていたというのです。確認してみると、無資格滞在で2人が摘発されていることが分かりました。すでに身柄は東京へ移されており、タイへの強制送還に向けた取り調べが始まっていました。
男性が「家族と一緒にいたい」と訴えていたので、私は、法務省に「男性を出頭させるので、一緒に送還してやってほしい」と頼んでみました。しかし、「夫は無国籍者なので、タイへは送還できない」との回答でした。なぜ、妻と娘だけを狙って摘発したのか……。ようやく私は理解しました。
経験豊富な沢田貴志先生(シェア=国際保健協力市民の会)に相談すると、いろいろと打つ手が見えてきました。
まず、ベトナム大使館。男性が、両親の名前と出身地を覚えていたのが幸いしました。本国に照会されて、両親がベトナム人であることが確認されたので、日本にいながらベトナム国籍を認めたのです。男性は、人生で初めて正規の身分証明書を手に入れました。
とはいえ、彼はベトナム語を話せません。このままベトナムに強制送還されてしまったら、えらいことです。私は、「重症の高血圧であり、収容や送還に耐えられない可能性がある。身柄を拘束した場合には、必ず主治医に連絡すること」という診断書を男性に渡し、肌身離さず持っておくように言いました。
この急がなければならない状況で、今度はタイ大使館が頑張ってくれました。正規の結婚をしていなかった夫婦を、まずは夫婦として認め、さらに男性の帰化申請を迅速に認めたのです。ついに、彼は正当なパスポートを取得し、妻と娘の待つタイへと帰って行きました。
こうして、二つの大使館の「情」のある行政により、小さな家族が救われ、再スタートを切ることができたのです。
さて、今月4日……。斎藤健法相が、日本生まれで在留資格のない外国籍の子どもについて、法相の裁量により「在留特別許可」を付与する方針を示しました。このことにより、摘発を恐れることなく家族が暮らせて、学校に通えるようになるならば、とりあえずは良いことだと思います。
ただ、残念ながら、問題が先送りされるだけでもあります。外国人家族の滞在が長期化すれば、それだけ異文化適応が進むものと誤解されがちです。しかし、実際には、彼らの問題は複雑化し、深刻化し、固定化することが少なくないのです。
両親ともに教育が十分でない移住労働者の子どもでは、日本語も母国語もおぼつかない「ダブルリミテッド」になることがあります。あるセックスワーカーの外国人女性が、診察室で涙ぐんで言いました。「思春期に入った娘が悩んでいるが、誰にも相談できずにいるようだ。母親である自分も、その訴えが分からない」と……。
移住労働者の子どもでも、日本語が流ちょうなことは珍しくありません。ただ、暮らしや遊びに必要な言語能力と、学習や相談に必要な言語能力とは異なります。どちらの言語もその領域に到達できず、勉強にもついていけず、いじめられていても悩みを言語化できないで苦しんでいることが少なくないのです。
在留許可されても外国籍のままですから、子どもたちへのサポートに積極的ではない自治体が多いです。日本国憲法第26条では、「国民」、つまり日本国籍を有する者に教育を受けさせる義務があるとされており、外国人の保護者には子どもを就学させる義務がありません。このため、本来なら中学生の子どもが不登校になっても、たとえ工場で働いていても、教育委員会は動こうとしてくれません。
私は、日本で生まれ育った子どもに国籍を与えるのなら「(条件を付すことなく)与える」、帰国させるのなら「(家族単位で支援して)帰国させる」のが、子どもたちには良いと思っています。「在留許可の延長」とは、中途半端な課題の先送りとなり、子どもたちの未来に無責任ではないかと感じます。なぜ、在留資格がなかったか……の視点が必要なんです。
出入国管理行政に隙間があることは仕方がありません。世界で難民が1億人を超える時代にあって、無保険、無資格、無国籍……。そこに陥る人たちが身近にいてもおかしくありません。
その人たちを、摘発ではなく、支援の観点から生活基盤を取り戻させること。とくに子どもが絡むときは、決して家族を引き離さないこと。アジアを代表する民主国家と誇るなら、「情」もしくは「ノブレス・オブリージュ」を示すことだと思います。