エルサレム聖地めぐり相次ぎ衝突、新たな紛争勃発への懸念高まる
ヨランド・ネル、BBCニュース(エルサレム)
エルサレム旧市街地にあるムスリム(イスラム教徒)地区のメインゲートへと行進する集団の行く手をイスラエル警察が阻んだ。イスラエル国旗を振り、国旗を身にまとった数百人の右派国家主義者は怒り、叫び声をあげていた。
一体何が起きているのかと私たちは待機したし、それはイスラエルの首相も同じだった。ナフタリ・ベネット首相自身も右派国家主義者で、その集団の中にはかつて彼を支持していた人もいた。しかし、今は違う。20日の集団は、ベネット氏に「帰れ」と怒号を浴びせた。
「私たちは(ユダヤ民族のエジプト脱出を祝う)『過越の祭り』の祝日だからここに来た。この街が自分たちのもので、イスラエル国家のものだと示すために」と、マタンさんは一番下の子どもの手を握りながら言った。「ここは私たちの街で、首都で、国だ」。
ベネット首相は、アラブ系イスラム政党を含む、イデオロギー的に多様な連立政権を率いる。しかし、エルサレムにおける最近の緊張状態にうまく対処できず、国民を裏切ったというのが、抗議する集団の大方の見方だった。
ベネット氏の政敵で野党党首のベンヤミン・ネタニヤフ氏を「王様」と呼ぶ大きな横断幕が掲げられ、極右政治家イタマル・ベン・グヴィル氏に対しても大きな歓声があがった。
ベン・グヴィル氏は私に対し、なぜベネット氏が正しく行動できないかというと、それは政権がひ弱だからだと語った。ベネット政権では最近、与党議員1人がこれ以上は関われないと辞任し、過半数を割る事態となった。
「これは首相命令ではない。連立政権の力によるものだ」と、ベン・グヴィル氏は言った。
そして、「ナフタリ・ベネットはユダヤ人を『神殿の丘』に入れないよう指示を受けた」と、付け加えた。
「アルアクサ・モスク」が建つ丘はイスラム教徒にとっては「ハラム・シャリーフ」、ユダヤ教徒にとっては「神殿の丘」と呼ばれる聖地だ。
ベン・グヴィル氏は、「ベネット氏は石を投げたテロリスト400人を解放しろと、指示を受けたのだ」と主張した。
何が起きているのか
右派国家主義者による行進は、当初予定されたルートでの実施が正式に禁止された。ベン・グヴィル氏も安全上の懸念から、議員特権を行使して現場に向かうことを止められた。
ベネット首相はベン・グヴィル氏を「政治的な挑発」をする人物だと非難。ベン・グヴィル氏がやろうとしていた行動は、テロと「断固として」戦う警察や兵士を危険にさらすものだと付け加えた。
イスラエルで異例の連立政権は、昨年のパレスチナ自治区ガザ地区での11日間にわたるパレスチナ武装勢力との紛争を受けて発足した。
そして今、同様の展開で政権が崩壊に追い込まれかねない事態となっている。相次ぐ宗教的な祝日によって高まる緊張に、まとまって対処しようという取り組みも、新たに激化する暴力を止められずにいる。
15日には、夜明けの祈りの直後に「アルアクサ・モスク」の敷地内で、数時間におよぶイスラエル警察とパレスチナ人の衝突が起きた。ソーシャルメディアに投稿された動画はアラブ諸国で拡散され、大勢の怒りを買った。
イスラエル警察は催涙ガスを噴射し、閃光弾を投げ、人を警棒で殴打した。警察側は、覆面の暴徒を止めるためだったと説明した。暴徒の中には、ユダヤ人が祈りをささげる最も神聖な場所である、嘆きの壁に向かって花火や石を投げつけた者もいた。
その後、モスクの敷地内では複数の警官がパレスチナ人を床に押さえ込んで逮捕する姿が目撃された。数百人が拘束されたが、ほとんどの人は後に釈放された。この衝突で150人以上が負傷した。
「イスラエル人は平和を求める代わりに戦争を始めようとしていると思う」と、ヨルダン川西岸バティール出身のモハメド・カスカス氏は話した。彼は、イスラム教の宗教行事ラマダン(断食月)最後の金曜日の祈りのために、エルサレムに向かっていた。
「本当にみんな頭がおかしくなりそうだ。安心して祈ることもできにないなど、こんな最悪の状況はない」
聖地の「現状変更」への懸念
聖地をめぐっては、長年にわたり「現状維持」の取り決めが維持されてきた。しかし、現状変更への懸念が浮上したことで、「アルアクサ・モスク」での緊張が高まった。イスラエルは現状変更はないと否定し、礼拝の自由を守るために行動しているとしている。
イスラム教徒のパレスチナ人は、ユダヤ人の礼拝スペースを確保するためにモスクが分割されることを恐れている。ユダヤ人が「過越の祭り」の期間中に、神への供物としてヤギを供えるというかつての慣習を復活させるのではないかとのうわさが何度も流れた。
ユダヤ人の過激派グループは、こうした燔祭(はんさい、いけにえの動物を祭壇上で焼いてささげる儀式)を行った者に1万シェケル(約40万円)を与えるとフェイスブックに投稿した。イスラエル警察は、民家からヤギが見つかったことから、燔祭を計画した疑いで数人を逮捕した。
今週に入ってからは毎朝、「アルアクサ・モスク」敷地内で衝突が起きた。重武装した警官が、数百人のユダヤ人訪問者に道を開けるためムスリムの礼拝者を中庭から排除したためだった。ユダヤ人の多くは、モスクへの冒涜(ぼうとく)行為にあたるとしてはだしで歩いていた。
「これはもう何年も続いていることだ。今に始まったことではない」と、エルサレムのフルール・ハッサン・ナフム副市長は記者団に述べた。
記者から、ユダヤ人がモスクで公然と祈ることは禁じられていると指摘されると、「ユダヤ教の祝日には、ごくごく限られた数のユダヤ人グループが礼拝に出かける風習がある」と主張した。
一般市民は戦闘望まず
パレスチナ人の過激派グループは、「アルアクサ・モスク」は依然として「レッドライン(越えてはならない一線)」だとしているが、ガザ地区の多くの一般市民は、ラマダン明けの祝祭「イード・アルフィトル」を控える中、戦争は望まないと主張している。
「私たちは毎年この時期を待っている。普段の15倍は忙しくなるので」と、以前イスラエルによる空爆で店が被害を受けた美容師のモハメド・アル・ムグラビさんは話した。
「戦いにならないよう毎日神に祈っている。戦いになれば、店を閉めて、5人の従業員を一時帰休させなくてはならない。私たちは戦いを望んでいない。すべての当事者に対してエスカレーションを止めるよう圧力をかけるよう、エジプトと国連に求める」
今週、ガザ地区の過激派は数カ月ぶりにイスラエル南部にむけてロケット弾2発を発射した。ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスを攻撃するイスラエル軍機には、対空砲を使った。
双方に重傷者は出ていない。しかし、眠れない夜が続き、過去の紛争の辛い記憶が戻った。新たな紛争につながるのではないかと、不安も戻ってきた。
国際社会の反応は
米国務省はイスラエルとパレスチナ双方の指導者に対し、「暴力の連鎖を終わらせる」よう呼びかけた。また、ヨルダン川西岸とイスラエル、ヨルダン、エジプトへ政府高官を派遣した。かつて東エルサレムを統治していたヨルダンは、エルサレムのイスラム教とキリスト教の聖地を管理している。エジプトは昨年のイスラエルとハマスの停戦交渉で仲介役を担った。
しかしパレスチナ側は、国際社会の関与拡大を求めている。パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長率いるファタハの高官は、世界は気もそぞろに見えると指摘。アメリカなどの「だらけた外交」を非難した。
「国際社会はパレスチナ問題と、ロシアとウクライナの戦争に対してダブルスタンダード(二重基準)を取っているようで、我々は希望を失いつつある」
「こうしている間も、ここの状況は非常に不安定で、今にも発火してしまいそうだ」