“男性”の「自殺率」は女性の2倍 原因は「生物学的な傾向」か、「社会的な要因」か?
9月10日は「世界自殺予防デー」。世界保健機関 (WHO)が「自殺に対する注意・関心を喚起し、自殺防止のための行動を促進すること」を目的として制定した。
自殺率には性別によって差があり、男性の自殺リスクは女性に比べて大幅に高い。この性差の原因は、どこにあるのだろうか。
男性の自殺者数・自殺死亡率は女性の2倍前後
厚労省・警察庁の統計によると、2023年における国内の自殺者数2万1837人のうち、男性は1万4862人、女性は6975人だ。また、自殺死亡率(人口10万人あたりの自殺死亡者数)も、男性が24.6で女性は10.9(※1)。年次推移を見ると、1978年から2023年まで、ほとんどの年で男性の自殺者数や自殺死亡率は女性の2倍前後で推移し続けてきた。
この2倍前後という男女差は、先進国ではむしろ小さいほうだ。2023年にWHOが発表した統計に基づき厚労省が作成した資料によると、G7の各国では、男女間で3倍弱から4倍強の差がある(※2)。自殺死亡率が最も低いイタリアでは、男性は10.0であるのに対し女性は2.7(2019年の数値)。日本に次いで自殺死亡率が高いアメリカでは、男性は22.9であるのに対し女性は5.7である(2020年の数値)。
5月、「男性の自殺」をテーマにした、トーマス・ジョイナー(フロリダ州立大学心理学教授)の著作『男はなぜ孤独死するのか:男たちの成功の代償』(宮家あゆみ訳、晶文社)の邦訳版が出版された。
本書の内容や疑問点について、「自殺学」を専門に研究し『「死にたい」と言われたら:自殺の心理学』(2023年、筑摩書房)などの著書もある、末木新教授(和光大学現代人間学部)に聞く。
自殺リスクを高める3つの要因
ジョイナーは、自殺の危険性は以下の3つの要因が合わさったときに最も高くなるとする「自殺の対人関係理論」を提唱した。
(1)身についた自殺潜在能力:自殺を企図したとき、未遂で終わらずに自らの身体に致死的なダメージを与えることを可能にする力(末木教授は「死にきる力」と表現)。自殺を何度も企図したり、虐待経験や軍事経験などによって苦痛に慣れてしまうと、この力が強まる。
(2)所属感の減弱:他の人たちと一緒に居たり、コミュニティに所属している感覚が弱まること。孤独感の高まり。
(3)負担感の知覚:「自分は社会のお荷物になっている」「自分はだれかに迷惑をかけている」などと考え、「そんな自分が嫌だ」と感じること。低い自尊心。
『男はなぜ孤独死するのか』では「所属感の減弱」に焦点を当てて、「男性は女性に比べて孤独になりやすいことが原因で、自殺もしやすくなる」と論じられている。
以上に加え、男性の自殺率の高さを考えるためには他の2つの要因にも目を向ける必要がある、と末木教授は語る。
「たとえば、自殺白書などのデータを見ると、若い女性は何度も自殺を企図してから複数回目で死亡することが多いのに対して、男性は自己の身体に対してダメージを与える力が高く、一度目で自殺死亡に至ってしまうことが多い傾向にあります(※3)。
日本の場合には運動部での体罰や『しごき』など、男性は育った環境が原因で暴力に慣れ親しんでいることが女性よりも多いといえます。
その他さまざまな要因から、男性は女性よりも『身についた自殺潜在能力』が強いことは、死亡率の高さの一因となっているでしょう」(末木教授)
なお、自殺予防政策においては「身についた自殺潜在能力」「所属感の減弱」に比べて「負担感の知覚」の対策が後回しになりがちだという。
「駅にホームドアを設置する」「飛び降りができる高い場所を施錠する」「毒薬や練炭を気軽に購入できないようにする」など、自殺の手段を物理的に制限する予防効果は大きい(※4)。また、「いのちの電話」やカウンセリングなどの対策は、相談者と被相談者の間に関係を作り出して、孤独感を低減させる効果を持つ。
一方で、「自分はだれかに迷惑をかけている」などの思考や認知を変えるためには当人の内心にふみ込む必要があり、対処するための政策パッケージを考案することが『身についた自殺潜在能力』や『所属感の減弱』への対策に比して難しいという問題がある。
男を孤独にさせる「生物学的」な傾向
『男はなぜ孤独死するのか』では、男性が女性よりも孤独になりやすい根本的な原因として「男性は女性に比べて物質主義的であり、人間や対人関係に対する興味が薄い」という、心理学的な傾向を挙げている。
また、ジョイナーは、上記の傾向は環境や教育によって後天的に身につくだけではなく、乳幼児の時点から生まれつき存在する生物学的なものでもあると論じている。そして、この心理学・生物学的な傾向が、孤独を引き起こす以下の3つの特徴を男性に備えさせるという。
(1)対人スキルの欠如:若いころから人に対して関心を持たず、家庭内では甘やかされ、学校でも女性に比べて複雑な人間関係を経験しなかったりすることから、関係を維持するためのスキルを身につけられないまま大人になる男性が多い。
(2)プライドの高さ:男性は女性と比べて「自立」に価値を置いており、「依存」を嫌がる。また、人の手を借りたり、他人に譲歩することを嫌がるため、コミュニティから孤立しやすい。
(3)収入や地位へのこだわり:男性は他人のことよりも自分が収入や地位を得ることを優先して、仕事やキャリアのために家族や友人との関係を犠牲にしやすい。
日本にも当てはまるか?
ジョイナーはアメリカ人であり、『男はなぜ孤独死するのか』で分析の対象になっているのもアメリカ人男性が主だ。そのため、邦訳出版後、「本書の議論は日本の男性には当てはまらない」とする声も上がっている。
しかし、「自殺の対人関係理論」は自殺研究においては世界的なスタンダードになっている理論だ。そのため、同理論をベースにした『男はなぜ孤独死するのか』の分析は日本にも概ね当てはまる、と末木教授は語る。
「『どんな方法で自殺するか』などは国によってかなり大きく異なりますが、自殺が起こるメカニズムの方はより普遍的な傾向を持ちます。また、本書の内容は、研究やエビデンスに基づいています。自殺の対人関係理論そのものは、様々な国で理論の検証が行われ、一定の妥当性を有していることが示されています。
性別は『男性』と『女性』の二元論に分けられないことには注意が必要です。しかし、実際問題として、ほとんどの国で女性よりも男性のほうが2~3倍自殺で亡くなりやすいことも事実です。本書で論じられているような、生物学的な要因を無視することもできないでしょう」(末木教授)
前述した通り、ジョイナーは男性が対人スキルを身につけないまま成長する原因を「甘やかされる」ことと論じている。だが、自殺の原因について「本人が甘やかされていたからだ」とするのは、実際に自殺した男性に対して冷淡・過酷であるとして、この表現を批判する声もある。
8月には、『男はなぜ孤独死するのか』の感想をXに投稿した女性が、「甘やかされた」という表現が原因で炎上する騒動も起こった。
原文では「甘やかされる」は「spoiled」と表記されている。「spoil」という英単語には「甘やかす」の他にも「駄目にする」「能力を失わせる」等の意味が含まれており、日本語での「甘やかす」とは意味が同一ではない。
「とはいえ、他により良い訳語があるかと言われると難しいかもしれません。異なる言語で書かれたものですから、日本語だけで理解するのではなく、spoiledという表現をなぜジョイナーが使用しているのかということについて、著者の経験などのコンテクストを知り、理解をしようとすることが重要だと思います」(末木教授)
「社会的な要因」は存在する?
男性が自殺しやすい原因を男性たち本人の「傾向」や「特徴」に見いだすことは、「男が自殺するのは男たち自身のせいだから、社会的な配慮や対策は必要ない」とする、自己責任論を招く危険があるかもしれない。
また、自殺の原因として、長時間労働などの社会的な要因が注目されることも多い。過労死・過労自殺に関する厚労省の統計は、長時間労働の割合は男性が高いことを示している。
末木教授は「研究者のほぼ全員が、生物学的な要因や心理学的な要因、そして社会的な要因のいずれもが自殺と関係している、という見解に同意するでしょう(※5)」と語る。
「これは個人的な推測ですが、ジョイナーの場合、経済的に成功した父親(アメリカにおける白人男性)が自殺によって死亡したことも、研究に少なからず影響を与えていると思います。
つまり、社会的には恵まれていた男性でも自殺することがあるのだから、自殺の要因は他にも存在するはずだ、という着眼点が『自殺の対人関係理論』の内容や『男はなぜ孤独死するのか』の内容に影響を与えたと考えられます。
逆に、社会的な要因を強調する研究者もいます。しかし、そのような研究者でも、個人的な要因や遺伝的な要因などを完全に無視することはできないはずです」(末木教授)
統計だけではわからない「自殺の原因」
社会的な要因のみに注目しても、自殺原因の特定は難しい、と末木教授は指摘する。
「そもそも、自殺予防が国家的なレベルで検討されるようになったのは1980年代からです。また、自殺に関する計量的な研究が本格化したのも主としてこの頃からであり、まだまだ歴史の浅い学問です。
最近の統計だけを見れば『(年収といった現代の我々がイメージする)経済的な豊さと自殺リスクの低さには関連がある』といえます(※6)。しかし、1890年代の日本を詳しく調べると、貧しい農村部よりも豊かな都市部のほうが自殺率が高かったようです(※7)。
また、国際比較をしようとしても、自殺統計の取り方や死因の分類のプロセスは各国によって異なります。『自殺が少ない』とされている国も、他の国では『自殺』とされる死に方を他の死因に分類している可能性があります。
それどころか、日本国内でも、都道府県によって死因の分類プロセスが異なっている可能性もあります(※8)。
現在流通している理論や仮説はそれなりに頼りになるものではありますが、一方で、主としてこの数十年の限られた統計に基づくものに依拠していることに留意する必要もあります」(末木教授)
予防を実践するために
『男はなぜ孤独死するのか』では「用事がなくても友人に電話をかける」「スポーツクラブに加入する」「自然と関わる趣味を始める」など、孤独を避け、自殺の可能性を減らす実践的な方法も紹介されている。
ただし、「自殺対策に『魔法の解決策』はない」と末木教授は指摘する。
「また、たとえば『同窓会を定期的に開催すれば自殺リスクが減る』と本に書かれていても、それを読んですぐに実践する人はほとんどいないでしょう。
それでも、自殺リスクを低減するためには、できることからやり始める必要があります。また、ある人が孤独を減らす習慣を実践しているのを見て、別の人もその習慣を実践していくことが続けば、文化も変わっていくかもしれません。
WHOが自殺報道のガイドラインを作ったのは2000年です。当初、メディアはガイドラインを十分に守っていませんでしたが、コロナ禍を経て、現在ではかなり守られるようになっています。時間はかかりますが文化や習慣を変えることは可能です。
また、自殺の背景には、労働環境の問題などが存在することも確かです。自殺予防に取り組むためには、現状の社会や生活のあり方を前提とせず、別のあり方を想像してみることも大切です」
※自殺について悩みを抱かれている方は、下記の窓口に相談してください。
「いのち支える自殺対策推進センター|いのち支える相談窓口一覧」
※1 厚生労働省自殺対策推進室、警察庁生活安全局生活安全企画課「令和5年中における自殺の状況」、第1章「令和5年中における自殺の概況図表」、図表1-2「自殺者数の年次推移」および図表1-3「自殺死亡率の年次推移」
※2 令和5年版自殺対策白書、第1章「自殺の現状」、7節「海外の自殺の状況」第1-32図
※3 令和5年版自殺対策白書、第1章「自殺の現状」、4節「令和4年の詳細な自殺の状況」第1-21図
※4 World Health Organization. Regional Office for the Western Pacific. (2010). Towards evidence-based suicide prevention programmes.WHO Regional Office for the Western Pacific.
※5 自殺に関する専門家のコンセンサスとして作成されたWHOの報告書には、自殺の背景要因と考えられる危険因子の一覧が記されており、生物・心理・社会的な要因が取り上げられている。詳細については、以下の文献を参照のこと:World Health Organization (2014). Preventing Suicide: A global imperative.
※6 Sueki, H. (2019). Relationship between annual household income and suicidal ideation: A cross-sectional study. Psychology, Health & Medicine, 24, 76-82.
※7 安中 進 (2020). 松方財政期における土地関連税不納と自殺. 社会経済史学, 86(1), 29-48.
※8 末木 新 (2023). 第10章 政府公表「自殺者数減少」は真実か. 山田昌弘 (編著) 「今どきの若者」のリアル. (pp. 109-121) PHP新書.
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