実在の競走馬の名前を受け継ぐ「ウマ娘」と呼ばれる女の子達を描く『ウマ娘 プリティーダービー』が4月1日からTOKYO MXほかで放送開始され、話題を集めている。その奇抜な設定はさることながら、実際のレース結果や馬の個性に則したこだわりの作品内容で、アニメファンのみならず、競馬ファンの間でも支持が広がっている。
プロデューサーの1人、TOHO animationの伊藤隼之介氏(東宝 映像事業部 映像企画室 企画制作グループ アニメ制作チームプロデューサー)は幼少の頃から競馬を愛する筋金入りのファンとして、本作のストーリーテリングに深く関わっている。伊藤氏に、作品に懸ける想いと情熱を聞いた。
馬名も許諾済み、真摯な姿勢で取り組む――本作の原案はCygamesのゲームですが(2018年リリース予定)、TVアニメーションの製作の経緯を伺えますか。伊藤 2016年3月の「AnimeJapan」に出展されていたCygamesさんが、その場で『ウマ娘』の企画を発表し、P.A.WORKSさん制作のプロモーションビデオを公開したのです。すると、すぐに50万回ほど再生されて話題となりました。
競馬好きとして僕も関心はありましたが、実は、当初は少し躊躇する気持ちもあったんです。自分が制作に関わっているアニメに『刀剣乱舞‐花丸‐』があり、これは日本刀を擬人化したアニメですが、登場する歴史上の日本刀に携わった方はまず存命ではありません。一方で、『ウマ娘』に登場する名馬はまだほとんどの関係者の皆様がご健在ですから、もしその方々やファンの皆様を不快にさせてしまったら、僕自身、今までのように競馬を好きでいられなくなるかもしれません。でも、業界の下馬評はすごく高かったですし、社内でも応援されました。TVアニメ製作に向けて手を挙げさせてもらいました。自分の競馬への情熱を買ってもらったこともあり、Cygamesさんに快く許諾してもらって今の形になっています。
――実在の競走馬の名前が使用されていますが、これは許諾を得ているのですか。
伊藤 作中に登場する競走馬の名前は、1頭1頭許諾をとられています。企画としては浮ついた印象を持たれるかもしれませんが、すごく真摯な姿勢で関係者に向き合っており、その点が、当初躊躇する気持ちもあった僕の背中を後押ししてくれました。この作品が当たることで、競馬が盛り上がり、ひいては馬産の更なる活性につながるなら、すごく良い仕事になると思っています。
伊藤プロデューサー
――ウマ娘の公式ポータルサイトには、60人分のキャラクター紹介があって圧巻です。ところで、あまたいる名馬の中から、約20年前に活躍していた「スペシャルウィーク」を主人公にした理由は何ですか。
《スペシャルウィークは、初めて武豊騎手が日本ダービーを制した馬として知られ、競馬のレースの最高位であるG1は計4勝。ライバルであるセイウンスカイ、キングヘイロー、エルコンドルパサー、グラスワンダーらとの激闘は、20年経った今でも競馬ファンの語り草になっている》
伊藤 Cygamesさんがスペシャルウィーク、サイレンススズカ、トウカイテイオーをメインキャラとされていたのですが、ゲームに登場するキャラクターのリストを見た時に、セイウンスカイ、エルコンドルパサー、グラスワンダーもいる。これならやれると思いました。キングヘイローがいなかったのでどうしようとも思ったのですが、幸い馬主様の許諾がいただけていたのでCygamesさんに頼んで同馬も加えていただきました。
素晴らしいドラマを知ってもらいたい――このアニメが目指すファンはどのような層でしょうか。20年前の名馬というのは、ネックにならないですか。伊藤 若い競馬ファンの中には、リアルタイムでスペシャルウィークを知っている人は多くないと思います。でも、あの(世代の馬たちの)ドラマ以上のものはそうそう見られるものではありません。当時を知っている競馬ファンには追体験を、知らないファンには新しく知ってもらいたいです。一方で、競馬を知らないアニメファンにとっても、一つの素晴らしいドラマを初めて見る機会になると思うので、競馬、アニメ双方のファンにアピールしたいです。
《TVアニメでは、スペシャルウィークらがレースで着用するゼッケンの番号が、実際の枠順と一致。レースの展開や着順まで史実を踏襲し、オグリキャップは大食い、ゴールドシップは気まぐれといった、馬の個性やイメージまでウマ娘たちの性格に反映されている》
――ストーリーや細かなこだわりは、どなたが考えているのですか。伊藤 TVアニメに関しては、『ウマ娘』プロジェクト全体のコンテンツプロデューサーであるCygamesの石原章弘さん、監督の及川啓さんとP.A.WORKSスタッフ、脚本の杉浦理史さんをはじめとする脚本チーム、僕です。
――物語を組み立てる上で、こだわっている点は何ですか。伊藤 まず、史実を裏切らない作りをしないといけないと思っています。例えば、現実ではスペシャルウィークが勝った弥生賞を、TVアニメでは負けたことにするのは一競馬ファンとしては納得できないので、本当にあった出来事には真摯に向き合って表現することを心掛けています。でも、結果はすでに出ていて調べれば後の展開がわかってしまうので、史実に基づくだけでは面白くありません。そこで、「if(もしも)」の展開も取り入れています。第4話では、エルコンドルパサーがNHKマイルカップを勝ったあと、日本ダービーに参戦するという展開を創作しました。
《エルコンドルパサーはアメリカで生産された外国産馬として国内外で大活躍し、スペシャルウィークの前に立ちはだかった名馬。日本ダービーは1998年当時、日本国内生産馬のみ出走が可能なルールで、米産馬のエルコンドルパサーは不出走。両馬の対決はもう少し後となった。現在は、外国産馬にもダービーは開放されている》伊藤 僕も含め競馬ファンは「if」が好きです。例えば、兄のビワハヤヒデが故障で引退していなければ、弟のナリタブライアンとの直接対決はどうなっていたのか?とかです。気になってしまいますよね。今回のエルコンドルパサーのエピソードも「if」です。『ウマ娘』のレースカレンダーは、現在のものにのっとっています。それは、第3話までのエピソードの中で明らかになっています。今のルールであれば、エルコンドルパサーにとって当然日本ダービー出走という選択肢があるはずです。真実と異なる展開にするなら、しっかりと理由を作らないと名馬と歴史に対して失礼になってしまいますからね。そこに配慮があるなら、競馬ファンも見てみたいエピソードになるんじゃないでしょうか。
――SNSを見ると、競馬にあまり興味のなかった人が、実際のレース結果を調べて楽しんでいる様子も窺えますね。伊藤 あれがすごく嬉しいんです。ある競馬情報サイトの検索馬ランキングの上位に、最新の馬たちに交じってスペシャルウィークが入ってきていたりすると、調べてくれた人が多いのかなと。嬉しいですよね。20年前の馬たちのドラマがもう一度脚光を浴びるわけですから。そうやって名馬の歴史を調べて新しいファンが物語を知ってくれることが、次の馬事文化につながるでしょう。それがこの仕事で何より嬉しいです。
競馬関係者にも取材、徹底したこだわり
――キャラクターのビジュアルに関してはいかがですか。伊藤 Cygamesさんのキャラ原案があって、そこからアニメに起こさせてもらっています。(騎手が着る)勝負服の色や馬の毛色、流星(顔の模様)などからルックをとっているんです。例えば、スペシャルウィークは右後肢が白色なので、靴が白くなっています。
――一方で、今回初めて競馬に接する人に向けてはどのような工夫がありますか。
伊藤 そこは僕よりも、脚本家の杉浦さん、及川監督、石原さんにバランスをとってもらっていたように思います。どなたでも楽しめるような作品になったと確信しています。
――伊藤さんは、競馬関係者に取材されたりしたのですか。
伊藤 させてもらいました。例えば、(スペシャルウィークを生産した)日高大洋牧場の方にお会いしてお話を聞きました。
《スペシャルウィークは、生まれてすぐに母馬と死別。仔馬時代を別の馬に育てられたことは、同馬のファンの間ではよく知られている》
――TVアニメでも、実の母親が死に、継母に育てられたという設定になっていますね。
伊藤 実は、第1話放送時に皆さんに気付いてもらいたかったエピソードなのですが、スペシャルウィークは別の馬に育てられたものの、あまり懐かなかったんだそうです。その時、日高大洋牧場でスペシャルウィークの馴致を担当していたのが、ニュージーランドから来たプライス・ティナさんという方だということを取材の中で知って。ですから、継母として描いたキャラクターが外国の方ふうの見た目なのは、ティナさんをイメージしたんです。
――ものすごいこだわりですね。こうなると、ますます今後の展開、そして最終回が気になりますが、どうなるのですか?
伊藤 それはまだ言えませんが(笑)、熱い展開を用意しているので期待してください。
――この作品を観て、アイドルと競走馬は、共通点があるのかなと思いました。アイドルの「推しメン」があるように、競馬ファンにもそれぞれ思い入れの馬がいます。
伊藤 錚々たるGⅠ馬が揃っている中で、(高知競馬所属で連敗記録が話題になった)ハルウララがいますよね。こういうのも良いと思います。人の記憶に残るのが名馬の定義とするなら、彼女もまた名馬だと思います。ハルウララのような名馬も等しく並べられているのは素敵です。今でこそ売り上げレコードを記録して調子のいい高知競馬ですが、彼女がいなければ今はないでしょうね。馬の血筋や物語は人の心をひきつけるものがあります。僕もこの中に特別に好きな馬がいますから。
――どの馬ですか。
伊藤 贔屓したと思われると良くないので、それは秘密にさせてください(笑)
了
(C) 2018 アニメ「ウマ娘 プリティーダービー」製作委員会
取材・文:構成 平池 由典