今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
高年収の総合商社にいながら、自身の思い描くキャリアを築く方法はあるでしょうか。入山先生は「いまの総合商社は、4つの理由で個人のキャリアアップが描きづらい。若い人たちの感覚に合わなくなってきている」と解説します。
※この記事は2024年9月5日初出です
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年収2000万円の商社を若手が去る理由
こんにちは、入山章栄です。
みなさんは「総合商社」というと、どんなイメージを思い浮かべるでしょうか。僕が若い頃は、世界中を飛び回り、卓越した語学力と人間力で難しい商談を成立させる華やかな職業というイメージでした。ところが近年はそのイメージが崩れてきているようです。
総合商社5社で2024年3月期の平均年収が過去最高になったそうです。三菱商事はなんと前年比8%増の2090万円。三井物産は1899万円、伊藤忠は1753万円、住友商事は1758万円、丸紅は1654万円でした。
投資家のウォーレン・バフェットもコロナ前の2020年12月に5大商社の株を買い進めるなど、商社の成長性が注目されています。
一方で、自分の周りの商社マンも30代くらいになるとキャリアで行き詰まり、辞めるに辞められず悩む人や辞める人が不思議と多い印象です。
なるほどね。しかし三菱商事は年収2000万円超とは、すごい高額ですね。荒幡さんが切ない顔をしてますが。
自分の年収を思い出して、悲しくなってきました。
小倉さんの言う通り、実は今、総合商社を辞める若手はめちゃめちゃ多いですよ。私の周りも、バンバン辞めています。
やっぱりそうなんですか。でも、こんな高給をもらえる仕事は滅多にありませんよね。だから年収2000万円の商社で働きつつ、キャリアアップする方法があれば1つのモデルケースになると思いますが、何か方法はあるものでしょうか。
これは、すごく良いところを突いた問題提起ですね。僕の理解では、商社はいま本当に難しい状況にあります。
先ほどお伝えしたように、ある大手総合商社では、新卒で入ってきた社員が、20代のうちに半分になるというほど若手が辞めています。これは一企業の例ですが、5大商社の多くはそうかもしれませんね。
そんなに離職率が高いとは知りませんでした。
現在の高給は20~30年前の先輩たちのおかげ
しかも厄介なことに、商社の役員たちの中には、それにあまり危機感を抱いていない人もいるようです。「うちはこんなに給料が高いのに、ステータスもいいのに、何が不満で辞めるの?」と首を傾げている。要するに給料が高いから、まだイケてると思ってるんですよ。
僕から見ると、現代の大手総合商社は、ミレニアル世代やZ世代のような若い世代に好まれない理由が、少なくとも4つあります。解説していきましょう。
第一は、「業態変化により、若手社員がしらけている」というものです。
総合商社がこんなに高給を出せるほど稼げているのは会社としてはすごいことです。でも、なぜ多くの総合商社が稼げているかという理由は超絶シンプルで、資源高ですよね。伊藤忠商事などを除けば、多くの商社は単純に資源高で稼いでいる。
そもそも商社というのは、輸出というビジネスから始まって、輸出入の仲介や調整を行うようになった。世界中を飛び回って、いろんなものを売ったり買ったりしてきたわけですね。
そして日本企業は、1985年のプラザ合意をきっかけに円高になり、輸出競争力が落ちました。日本企業はそれを契機として、むしろ直接海外に拠点を設けて進出しようとします。
でも普通の企業にはそのノウハウがない。その点、商社には海外ビジネスのノウハウやネットワークがあったので、海外に進出したい日本企業のサポートを始めました。
さらにその一環として、たとえばガス油田の穴を掘ったりする権益に関するビジネスを手がけるようになった。このとき、資源やエネルギーの権利を押さえておいたんですね。当時の商社の人たちが偉いのはここですよ。
常に「これからの未来でどういうことでメシを食っていけばいいだろうか」と一歩先を考えて、どんどん業態を変化させていった。つまり、当時の経営陣や商社の人材が優秀だったのだと思います。
そして世界的な資源・エネルギー不足が起きていて、かつ国際情勢も不安定ないま、資源の価格がアホみたいに高騰している。結果、商社の収入が勝手に増えている。
つまり、今の商社の平均年収が2000万円を超えたのは、20~30年くらい前の商社の先人たちががんばって取ってきた権益が、現在大きく花開いているからなわけです。失礼な言い方をあえてすると、今の社員が偉いわけじゃない。当時の人たちが偉いんです。
なるほど。過去の諸先輩方に感謝ですね。
はい。一方で、そのような経緯もあり、今多くの商社はほぼ投資企業になっています。世界中のそういう権益や投資案件に対する投資効果を常に分析・評価するのが仕事になっている。そうなると実際の業務は毎日机の前に座って、エクセルでピボットテーブルをつくることになります。
これは、かつての典型的な商社のイメージーーたとえばスーツをぱりっと着こなして世界中を飛び回り、「Hello!」とか言いながら世界中の取引先と固い握手を交わすーーみたいな姿とはかけ離れているわけです。
僕が20代の頃にいた三菱総研という会社は、三菱グループの会社です。なので僕が海外出張に行くときは、よく現地の三菱商事の方にサポートしてもらいました。
コロンビアとかブラジルとかに行くと、現地の支社の方がいろいろなアレンジをしてくれて、仕事が終わると現地で飲みに連れて行ってくれる。旅行者が知らないようなディープなところにも案内してくれて、コロンビアのボゴタの夜は更けていったものでした。
当時の僕は、ただの若造の平社員です。でもそんな若造の僕にもせっせと世話を焼いてくれたのも、とにかく当時の商社の人たちには「幅広い人脈をつくるんだ」という強い信念があったからです。多くの商社マンが、積極的に人脈を築いていろいろな権益を取ってきた。
ところが聞くところによると、今三菱商事でも取引先の飲み会は二次会禁止。コンプライアンスがうるさくなってきて、そもそもあまり飲みに行かないと人づてに聞きました。
むしろ、若手は人脈をつくる代わりに、本社でパソコンを叩いて、エクセルのピボットテーブルをいじっている。
そうなると、以前の典型的な商社のイメージを胸に抱いて商社に入ってきた人たちは、先輩たちを見て、「確かに給料はいいけれど、なんだか自分が思っていたイメージと違う」と思ってしまうのではないでしょうか。
「自分は世界中を駆け巡って、切った張ったをやるつもりだったのに、なぜ1日中エクセルでピボットテーブルを作っているんだろう」と考えるようになる。しらけてしまっている、ということです。
理想と現実のギャップが生じる…これは辛いかもしれません。
商社が若者に求められなくなっている第二の理由は、「本当の意思決定の場が少ない」ことです。
先ほどのような理由で違和感を持ち始めた総合商社の若手が、かつての同級生たちを見ると、みんなマッキンゼーやBCGに行ったり、スタートアップを始めたり、面白いIT系の会社に行ったりして、自分の力で切った張ったの充実した日々を送っている。
ここで重要なのは、起業などの経験は「意思決定の場」になることです。コンサルティングファームでも、若いうちから大手企業の経営者と切った貼ったをやらないといけない。
結局、これからの不確実性の高い時代に重要なのは、「ギリギリでの意思決定の場」を何回経験できるかです。
他方、現在の大手総合商社は資源やプラントなど、商材が大きくなっており、最終権限を持っているのは40代、50代などかなり上の世代になってしまいます。若手が権限を持って意思決定できないのです。
一つのプロジェクトが数百億円とか平気でしますからね。エクセルでピボットテーブルを作っているだけで、自分で切った貼ったをやる機会が減っているわけです。
他方で、起業をしたり、コンサルに行けば、プロジェクトの単位はもっと小さいですから、自分で意思決定をする場がふんだんにある。そちらの方が成長できるように見えるのです。
そうなると、総合商社に入れるくらいの力がある人は、もうすぐに辞めて起業したり、転職してしまうのでしょう。
一方、総合商社で40代以上になると、もう会社から出にくくなります。転職しても商社と同レベルの給料をくれるところはあまりないし、それに、この男女平等の時代に適切な言い方ではないかもしれませんが、男性社員の場合は妻が辞めさせてくれないこともある。
本人が「おれ、50歳だけど起業したい」などと言うと、「はあ?どうせあと10年で定年なんだから、給料も高いんだし、ずっといなさいよ。子供の学費もあるんだから」と反対する。
これが今の商社の現状だということです。もちろんこんな商社がすべてではなく、けっこう元気な商社もあります。だけど典型的にはこういう商社が少なくない印象です。
商社は背番号制、そしてパーパスがない
じゃあ、小倉さんの質問の、「商社に勤めながら、やりたい仕事にたどりつく方法」は残念ながら、ないということでしょうか。
結論から言うと、今の商社では無理でしょうね。これが商社が若者に好かれない第三の理由です。
今はだいぶ変わってきたようですが、少なくとも少し前までの総合商社は基本的に、「背番号制」だったんですよ。
つまり商社では扱う商材が多すぎるので、担当の社員はその分野の専門家になることが求められる。だから最初の配属先から一生動けないこともあったんです。
例えば仮に荒幡さんが商社でITビジネスやりたかったとしても、入社した時に「豚肉」の分野に回される可能性があるわけです。一旦、そこに配属になったら、あとは基本的に一生豚肉関係なんですよ。
最近はそれなりにローテーション人事をするみたいですけど、簡単には希望の部署に行けないはずです。基本的には、ITよりは、豚肉に関係するところになるでしょう。
ですから商社の課題の一つは人事ですね。人事がもっと個人のキャリアアップに配慮すればいいんだけれど、特に一部の大手総合商社はものすごく縦割りになっているので、横の連携がほとんどない。隣の事業部で何をしているかもよく分からない。
そうなると自分が将来何をしたいかもよく分からないし、そもそも異動の希望を出そうとしても、「なんであっちの事業部に行くんだ」みたいな話になっちゃうんですよね。
そして最後の四つめの理由は、商社には「パーパス経営」のパーパスが定まりにくいことです。商社はいろんなことに手を出しすぎているので、結局この会社は何を存在意義しにしている会社なのか、そのパーパスが定まらないんですよ。
身も蓋もない言い方をすれば、モノを右から左に移すことで利ザヤを稼ぐのがそもそもの商社だから、「自社の独自製品やサービスで世の中を良くしたい」というようなパーパスを持ちにくいわけです。
結果として、はっきり言うと「お金を儲けること」がパーパスになりがちなんです。でも、それは今の時代のミレニアルやZ世代にあってないですよね。
ただし例外の会社もあって、たとえば伊藤忠商事です。伊藤忠は歴史的な経緯もあり、いまだに近江商人の「三方よし」(売り手、買い手、世間の三者にとって、良い商いをする)というパーパスを持っている印象です。
資源にあまり依存せず、商材が小さいので若手もかなり決裁権を持てます。だからこそ、同社は総合商社の中でも比較的いい感じなのかもしれません。
ほかにも、僕は総合商社の中では双日と仲がいいんですけど、双日はいまの藤本昌義会長が、なんとか会社を変えようとされています。
5大商社ほどには規模も大きくないから、経営陣も社員のことを良く知っていますしね。丸紅なども最近は人事が頑張っている印象です。
こんなふうに期待できる商社もありますけど、もし僕がいまの商社に行くかと聞かれたら、行かないでしょうね。
入社してから何らかの方法でスキルアップできれば転職市場での価値やキャリアにもつながっていきそうですが、それは難しいということですね。ということは、入社したら2~3年で辞めたほうがいいのかな。
やっぱりこれからの時代って、給料も大事ですが、でも給料がすべてではないですよね。それに優秀な方なら外資系に行くなり、ものすごく頑張って起業して成功するなりすれば、商社以上の年収を稼ぐことも不可能ではない。それなら「どうせ一回の人生なら、面白いほうを選ぼう」という人が多いんだと思います。
本当にそう思います。商社勤めの友人には、この記事を読んでもらおうと思います。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。