11月2日から5日にかけて、稲垣吾郎さん・草彅剛さん・香取慎吾さんが初めてネット番組に出演して話題をさらった「稲垣・草彅・香取3人でインターネットはじめます『72時間ホンネテレビ』」。実現させたのはサイバーエージェントとテレビ朝日が2016年から共同で運営するネットテレビ局「AbemaTV(アベマティーヴィー)」だが、そこには藤田晋サイバーエージェント社長の大きな「覚悟」と「決断」があった。
「ホンネテレビ」を振り返り、アベマの「これまで」と「これから」をどう考えているのか。藤田氏に「ホンネ」で語ってもらった。
藤田晋氏。1973年生まれ、特技は麻雀。1998年にサイバーエージェントを設立して以来、ブログサービス「アメーバブログ(現Ameba)」を始め、さまざまな事業を仕掛けてきた。
写真:今村拓馬
「正直、こんなに反響があるとは思っていなかった」
Business Insider Japan(BI):「72時間ホンネテレビ」、振り返っていただきたいのですが。ここまでの反響は予想通りでしたか?予想以上でしたか?
藤田晋氏(藤田):「振り返って」と言われたのは、(番組後)初めてなんですけれども。
BI:まだ余韻の中みたいな感じですか?
藤田:いや、もうそれはさすがに。そもそも企画を発表してから1カ月の間に大変話題になったので、その時点で十分成功しているなとは思っていたんですよ。放送自体は、こんなに反響があるとは僕自身は正直、思っていなかった。
でも不思議なほど、僕もずっと見ていました。それだけ長時間の番組が面白くなるかどうかというのは、僕自身も分からなかったのですが。
BI:仕事として見ていたというよりも、面白くてついつい見てしまったと。
藤田:そうです、ずっと目が離せなくて。
BI:でも裏で同じAbemaTVの麻雀番組も出てらっしゃって。
藤田:はい、その時間は解説みたいな感じで。あ、さすがに打ってはいないですよ(笑)。
BI:総視聴数7400万回と発表されています。実際に見た人はどれくらいなんですか。
注:総視聴数とは、視聴者がその番組をつけた総回数。アプリを閉じて再度開いたり、AbemaTV内の別チャンネルを見て、その番組に戻った場合も別カウントとして集計される。概念としてはウェブの「PV(ページビュー)数」に近い。
藤田:直接の数字はまだ出ていないんですけれども、1000万まではいっていないけれども結構いいとこまではいってるんじゃないかと。
「森くんが出てこなかったらトレンド1位はいけなかった」
BI:今回、初めてAbemaTVを見た人もかなりいるんでしょうか?
藤田:はい、「亀田興毅に勝ったら1000万円」の時もそうでしたが、あれは格闘技なので男性が新しく見てくれるようになりました。AbemaTVは女性が弱かったので、「72時間ホンネテレビ」はそこにリーチできたというのは良かったと思います。
注:「亀田興毅に勝ったら1000万円」……2017年5月に放映された、AbemaTV1周年記念企画番組。総視聴数は1420万回に達し、「72時間ホンネテレビ」に抜かれるまでAbemaTV史上最高の視聴数だった。
視聴者からの公募で選ばれた4人が、引退したプロボクサー・亀田興毅さんにボクシングで挑むという番組コンセプト。結果は亀田興毅さんの全勝。
(C)AbemaTV
BI:番組中だけでなく、番組が終わっても「ホンネロス」というハッシュタグでツイッターやインスタグラムが盛り上がっています。稲垣吾郎さん、香取慎吾さん、草彅剛さんがSNSを始め、それにファンが応えるという熱も続いています。
藤田:要は“バズらせる”ということに成功したのだと思います。我々としては、これだけの話題を生み出せたということで自信がついたというか。
BI:最初に、ツイッターの世界のトレンド1位を目指そうという目標が掲げられ、視聴者みんなでそれを目指したのが新しいと思いました。あの企画はどこから出てきたのですか?
藤田:制作のチームが考えました。72時間を通じて、何かみんなで共通目標を持とうと。もともと稲垣さん、香取さん、草彅さんの3人がSNSを始めます、というコンセプトだったので、フォロー数何人を目指す、というのは単純に思いつくとは思います。でも、番組の発表をした時に「ユーチューバー草彅」がすでに世界トレンド3位になったので、これはいけるんじゃないかと(笑)。ただ、「森くん」が出てこなかったらいけなかった。
11月4日、元SMAPメンバーの森且行さんがゲストとして出演した際、「森くん」というキーワードがツイッターのトレンド世界1位を獲得した。
(C)AbemaTV
「当日まで誰が出てくれるかが分かっていなかった」
BI:今回の企画は3人がジャニーズ事務所を辞められてすぐ藤田さん自らが3人の事務所に交渉に行かれたと話されていますね。それもAbemaTVを共同で運営するテレビ朝日にも伝えず。具体的な番組内の構成もかなり関わられたのですか?
藤田:それは現場に任せていました。まあ面白くなるから安心してください、と言われて(笑)。でも現場は本当に大変だったようです。制作会社の社長とは、番組が始まるとき中継場所になった僕の別荘で初めて挨拶したのですが、一言目が「藤田社長、これから72時間テレビはやめましょう」と(笑)。
もう準備が壮絶に大変だったそうで。当日まで決まっていないこともあって。キャスティングも誰が本当に出てくれるかどうかが分からなかったので、その場で決まっていったことも結構あったと。番組を見た人が「やっぱり出たい」と。
BI:番組の最後に、3人がメドレーで歌を歌いましたよね。その中でSMAP時代の曲を歌わなかった。あれはやはり難しかったのでしょうか。少し不自然に感じたのですが。
藤田:うーん……。
BI:「SMAP」という単語も番組中にはほとんど出てこなかった。
藤田:それはどちらかというと、3人に対する心情です。いろいろと過去のことをとやかく言われたくないだろうと。忖度というよりも、単純に人として。
番組の最後には、メンバー3人がライブで72曲を歌ったが、SMAPの歌は歌われなかった。
(C)AbemaTV
テレビ業界からの反応は「サイレンス」
BI:視聴者には大きな反響がありましたが、テレビ業界や芸能界からの反響はいかがだったんですか?
藤田:分からないんですよね。
BI:えっ、藤田さんに何か言ってくる人はいないんですか?
藤田:まあ、どちらかというとサイレンスですね。本当に反響については、まだよく分からないです。
BI:そのサイレンスさは怖いですか?
藤田:まったくそんなことはないです。いろんな意味で(業界の人も)大きく考え方を変えるようなきっかけになる番組だったんじゃないかなと、僕は思っています。
BI:テレビ朝日側からの反応は?
藤田:現時点では、特にはないですね。
BI:今回この番組の内容だけでなく、放送前から、藤田さんがいわゆるテレビ業界や芸能界のしがらみに挑戦する、というように受け止められていました。
藤田:どうなんでしょうか。やろうと思えば誰でもできることを、やろうとしたのが我々だったのかなとは思っています。我々は、インターネットの業界でこれまでなんのしがらみもなくやってきましたので。
BI:むしろニコニコ動画やアマゾンなど、ライバルに先にやられたら悔しいという想いで出演交渉されたんですか?
藤田:どこのサービスもライバルとは思っていないです。我々は独自でやっているので。
ホンネテレビの前は「焦ってた」
BI:それは番組の制作能力的な意味ですか?
藤田:制作能力もそうですし、やっぱり今、力の入れ方も含めて我々が一番だという想いがあります。
BI:藤田さんの仕事って、今ほぼAbemaTVなんですよね。
藤田:そうです。(サイバーエージェントの)広告事業もゲームも担当役員に任せています。
サイバーエージェントが発表している、主要動画サービスのMAU(月あたりのアクティブユーザー数)比較。Amazonプライム・ビデオやNetflixなどの競合をかわし、AbemaTVはトップに立っている。
出典: サイバーエージェント2017年9月期通期決算説明会資料
BI:なぜそこまで藤田さんはこのAbemaTVに賭けていらっしゃるんですか。
藤田:一番大きいのは責任感だと思います。テレビ朝日と一緒にやっているし、サイバーエージェントとしても大きな投資をしていて、株主に対してつじつまを合わせなければいけない。それに、昔からネットで人を感動させるようなコンテンツをやりたいという想いが強かったんです。ネットといえばマイナーな世界のように見られていたのをメジャーにしたい。今はそれができる時だと思っています。
BI:マスメディアを作りたいとずっと言われていますが、一方でしがらみを打ち破りたいとも言われています。でも、マスを狙うほどしがらみは大きくなるのでは。
藤田:我々自身はずっとしがらみのない業界でやってきました。会社もそうだし、インターネットという世界もゼロから作られたもの。若い人たちばかりで既得権益がないところでのびのびとやってきていた。
けれどそれでは限界を感じ始めて。音楽にしてもAbemaTVにしても、既存の領域に足を踏み入れなければ、機がなかなか望めない。
注:サイバーエージェントは2015年からエイベックス・デジタルと共同出資で、AWA(アワ)という音楽ストリーミングサービスを提供している。
BI:かつて堀江貴文さんや三木谷浩史さんはテレビを買収しようとしましたが、あの時は既存の業界と敵対的な関係になってしまった。でも、藤田さんは既存の業界ともうまく関係をつくっているというイメージでした。テレビ朝日など既存勢力の人を味方につけ、巻き込みながら、しっかりネット企業の事業の幅を広げているという。
藤田氏と同年代で、2000年代にフジテレビ買収に動いた堀江貴文さんも、番組にゲストとして出演した。
(C)AbemaTV
藤田:初期段階で「やったもん勝ち」みたいなことをやったら、やっぱり警戒されると思うんですよね。それは当然なことだと思うんです。麻雀と一緒ですけれど(笑)、ある程度実績もついてきた中で自分の持っている手牌(てはい)に対して負えるリスクを計算して、今ならやれるということで、今回やりました。手材料がない中、無謀に打って出るものではなくて、実力や実績を見極めながら、勝負できるというところで勝負するという。
BI:今回は勝負に出たんですね。
藤田:実際には少し焦ってたっていうのもあるんですよね。「亀田興毅に勝ったら1000万円」のインパクトが結構大きくて、半年経っても取材でも聞かれる。だからその次を出さなきゃというプレッシャーがあって。それを考えているときに、(事務所の)退所の話を聞いて、これだと。
サイバーエージェントが発表しているAbemaTVのWAU(週あたりのアクティブユーザー数)と、ヒットコンテンツの関連性。
サイバーエージェント2017年9月期通期決算説明会資料を参考に、Business Insider Japanが作成
ホンネテレビが実現したのは“しがらみ”のおかげ
BI:AbemaTVでテレビ朝日と組んだ理由を「圧倒的なコンテンツ制作力がテレビ局にはある」と話されていました。今回テレビ朝日に黙って進められたということですが、もうコンテンツはサイバーエージェントだけで作れる、ということなのでしょうか。
藤田:今回は状況が違いましたが、いつもは企画のアイデアを出しているのも、プロデューサーもほとんどテレビ朝日から来ている人たちです。特にニュースなんて全部。AbemaNews以外でも、バラエティにもかなり人を送り込んでくれています。
BI:エース級の社員が来ているらしいですね。
藤田:(彼らを)送り込んできてくれるとなったときから、変わりました。こちらからもかなり要請して、エース級をどんと。サービスが始まって半年ぐらいですかね。30代を中心に30人ぐらいがAbemaTVに来ています。もともとAbemaTVを始めた理由として、我々主体でいい映像を作るということではなく、テレビってやっぱり見ると面白いんだけれども、(習慣として)テレビの前に座らなくなった。だったら、スマートフォン側に(番組を)送り込めば、見てもらえると思ったんです。
やっぱりニュースやスポーツはテレビ局と一緒じゃないとできない。バラエティーは制作会社もできるんですけれども、でもこの世界で長年やってきたコネクションや付き合いがあるからこそ演者さんも出てくれるし、制作会社も協力してくれる。
番組には「#芸能界のドン」堺正章さんをはじめ、多数の大物著名人が出演した。
(C)AbemaTV
BI:そこが“しがらみ”なのではないですか。
藤田:そうですね。72時間テレビを見て本当に思ったんですけれど、この人たちが出てくれたり協力してくれるのは長いお付き合い・信頼関係があってのものだとも感じました。言い換えると“しがらみ”になるかもしれませんが。
BI:テレビ局が持っているものはいいものもいっぱいあるけれど、それを手に入れようとしたら欲しくないものもついてきちゃう、というところが一番難しいと思いますが。
過度の忖度は誇大妄想
藤田:そういう意味では無邪気にやってますね。普通に当たり前のことを当たり前に言ったら、忖度とかしがらみってものはいらないんじゃないかって。例えば、堀江(貴文)さんが言ってることは本当は正しいことも多くて、でもなんでも言えばいいってものでもない。
そういう意味で、各方面には当然配慮しているつもりです。でも過度の忖度は誇大妄想の可能性が高い。ただ、「アメーバブログ」で芸能界との付き合いは長いので、それらを知った上でこれは破れるだろうと。無謀に突っ込んでいった訳ではない。
BI:今後より多くの人が見るようになれば、今ほど自由な表現ができなくなるのでは?
藤田:もちろんメディアとして社会的に影響力を持てば、それは倫理観を持ってやります。 今もちゃんとした基準でやっているとは思ってますけれど。誰も言っていないのに勝手に自分たちで萎縮するのはおかしいと。
上:おぎやはぎの「ブス」テレビ 下:DTテレビ
(C)AbemaTV
BI:「おぎやはぎの『ブス』テレビ」という番組がありますよね。「ブス」は多分、テレビ朝日ではできないと思いますけど(笑)。
藤田:考えてるのもやってるのもテレビ朝日(から来たメンバー)なんですけどね(笑)。
BI:え!(笑)「DTテレビ」の「童貞」も多分、マスメディアでは難しいでしょうね。
藤田:でも、テレビ朝日で今期放送されている「オトナ高校」というドラマもあります(注:性体験がない30歳以上の男女が入学させられる高校「オトナ高校」を舞台にした学園ドラマ)。我々がそんなに激しいことをやっているのかというと、そうではないと思うんですけどね。
例えば、ドラマの中で使われてるビールの缶が見たことのない缶に変えられていますよね? 映画とかでは、ちゃんとしたビールになっている。視聴者は誰もがおかしいと思っている。別にあれもスポンサーに配慮しろとは言われていないのに、忖度しているんですよ。
「尖った企画」を打ち出すため、AbemaTVでは「トンガリスト会議」と呼ばれる会議が隔週で開催されている。テレビ朝日とサイバーエージェントの制作リーダー陣が集まり「その番組を見るために、わざわざAbemaTVを付けたくなる企画か」を基準に、メンバーそれぞれが藤田氏に直接企画を提案。企画はその場で議論、ポイントがつけられ、メンバーは一定期間でそのポイントを競い合う仕組み。
広告収益にこだわるつもりはない
BI:しがらみでいうと、広告についてお聞きしたいです。今回ナショナルクライアントの広告も結構入っていました。これからAbemaTVが大きくなって人気番組がいくつも出てきたら、もっと大きなスポンサーもついてきますよね。テレビの大きなしがらみといえば、スポンサーでは? 無料モデルであれば、当然広告収入は大きい収入源だと思いますが。
藤田:今、(番組や出演者に)クレームをつける人はスポンサーにいきますよね。それは正直かなり厳しいものがある。みんなリスクを気にするから、それをやられると本当に一気に萎縮していく。その問題は今後出てくるかもしれません。
ただ僕は広告の収益にこだわらなくてもいいかな、と思っているんですね。人がたくさん集まるコンテンツを作れば、何らかの形で収益を獲得できると思っています。有料化でもなく、広告でもない第3の収益を狙う。十分にその可能性は開ける。アマゾンはeコマースの収益をコンテンツの投資に回しています。そういうふうに、必ずしもメディア事業だけで成立させる必要はないと思います。
BI:その青写真はかなりクリアに描かれているんですか。
藤田:今ちょうど試しているところですね。ライブドアがなぜニッポン放送買収に動いたかというと、テレビで「ライブドア」「ライブドア」 と言って、ポータルサイトのライブドアを成功させれば、大きな収益があげられる。それを狙ったという部分がある。
それと同じで、多くの利用者を抱えるサービスとしてはやらせることができれば、そこで収益が確実にあげられる。今複数の事業を走らせようとしています。何でもいいとは言わないけれど。僕はテレビ局が放送外収入・不動産などで稼いでいると批判されるのも、おかしな話だと思っています。
2017年5月には「新R25」、10月には「サイバーエージェントビットコイン」を設立するなど、新規事業にも次々と挑戦している。
写真:今村拓馬
「大きな赤字を出して競合が入ってくるのを防いでいる」
BI:AbemaTVは今、約200億円の赤字(2017年9月期通期決算説明会資料より)です。藤田さんはいつ黒字にするとは言わない、今は先行投資の時期と言われていますが、いつまで先行投資なんですか。
藤田:先行投資というか、今、調子がいいときに次を仕込んでいる状態です。それをやらないとジリ貧になってしまう。今はゲーム事業が好調ですが、もしゲームのヒットがなくなったらどんどん厳しくなるかもしれない。広告事業も同様、その次の成長の種がない状況に直面する前に、いま新たな事業を仕込んでおくという考え方を、基本的にはしています。
(先行投資の時期が)いつまで続くかわからないけれども、AbemaTVは腰を据えてやる事業だとは思っている。とにかく十分な資金を投入できるように、臨機応変な対応をしています。
BI:「いつ黒字化するということは言わない、それを言った瞬間に事業がおかしくなるから」ということもおっしゃっていますね。
藤田:そう思っておかないと、無理をして本質的ではなくなってしまう。市場ではなくて決算ありきになって、ここに照準を合わせるために予算を減らすとか、この期で使い切ってしまえとか。競合がどう出てくるかも分からないような誰も読めない市場で戦っているので、それに合わせて柔軟に対応する必要があるのです。あとは、大きな赤字を出して、競合が入ってくるのを防いでいる、とも考えています。だって、200億も赤字を出して誰もやりたくないでしょう(笑)。
2017年9月期の連結決算では、営業利益が307億円(うち広告事業・ゲーム事業等の既存事業が516億円の黒字、「AbemaTV」等が209億円の赤字)。「調子がいいときに次の事業の先行投資をしておく、それを18年間やってきた」(藤田氏)。
出典:サイバーエージェント2017年9月期通期決算説明会資料
BI:それを見せつけたっていう感じですか?
藤田:わざわざ言ってたんですよ(笑)。200億円赤字ですよって。こんなに大変なんです、お金かかるんですよって。普通の会社ができない、かなり強引な攻め方をしたとは思っています。ただ、そのおかげでマイペースにやれるようにはなった。競合がバンバンお金を使って、こっちも使わないと負けちゃうという状況だとペースを握れなくなってしまう。次のコンテンツをいつやるのか自分たちでコントロールできなくなってしまうので、それは大きいですね。
BI:アマゾンやNetflixも意識していますか?
藤田:もちろん全部意識しています。ただ、今のところ利用者の使い方は全然違っていて。今まではTSUTAYAでビデオを借りていたのが、今AmazonビデオやNetflixになっている。我々はテレビです。ただ、従来のテレビの視聴率を食っているという感覚はなくて、10代20代のテレビを見なくなっている人が見ている。
やっぱり、まず世界を広げていくのが大事です。ネットで映画が見られるようになるとは誰も思っていなかったけれど、Netflixやhuluが出てきてそれが当たり前になった。(同じように)まずみんな盛り上がっていくのが僕としては理想です。スマホだけではなくPCでもいいし、テレビデバイスを通じてでもいいし。よく考えると、インターネットでテレビを見るのが便利だな、という認識が浸透する方が大事ですね。
米Business Insiderによると、2017年の米Netflixの番組製作予算は約6600億円。AbemaTVの約33倍の数字だ。
写真:今村拓馬
BI:200億の赤字に対して株主からは何も言われませんか?
藤田:上場して18年ずっと社長をやってきて、サイバーエージェントはこのパターンで成長を続けてきたので。まあそういうキャラを確立しているんです(笑)。実際、何とかしてきたっていう実績というか、トラックレコードが一応あるから、株主の方にも理解していただいているのかなと思います。
BI:これだけの投資を、やったことがない事業で、しかもテレビ朝日を巻き込んでやるプレッシャー……。一番大変な時はいつだったのですか?
藤田:今も全然まだまだですから。でも、何とかなるんじゃないかとは思っています。過去やってきた経験から、ある程度の規模まで人を集めれば、何かでマネタイズできると。広告は、最後誰も売ってくれなかったら自社の営業部隊で売ることもできます。
BI:ある程度の規模とはこれまで話されている、1週間で1000万人が見るという規模ですか。
藤田:そこまでくれば、我々は広告だけでなくゲームもあるし、ビットコインみたいな新しい事業もできてきています。我々には新しい事業を作る力がありますから。何かの事業を育てることができれば、そこに人を集客することもできますし。
そういうと、すごく雑に見えるかもしれませんが、走りながら考えることが、インターネットの世界では必要なのかなと思います。そういう意味では五分五分より勝率のいいゲームだと思ってます。僕自身、勝負強いとは思っていますよ。麻雀も得意ですしね(笑)。
BI:ネットをマイナーなものからメジャーなものにするという使命感のようなものもあるんですか?
藤田:使命感というよりは責任感という方がしっくりきます。始めてしまったし言ってしまったし巨額な投資もしている。使命感みたいなものは、ありません。どちらかと言うと、やると言ったから。テレビ朝日の早河洋会長も全面的に協力してくれて、期待してくれるので、期待に応えなきゃっていうのが大きいですね。
テレビの現場は「反骨心に満ちてる」
BI:今回の「72時間ホンネテレビ」に関して、早河会長から何か言われましたか。
藤田:最初はやっぱりなんで言ってくれないんだと言われましたね。けれどよく話して、納得してくれました。
BI:(藤田さんは)「迷惑をかけたくなかったから黙って進めた」と話されていますね。
藤田:それはそうだけれども言ってくれてもいいんじゃないかと言われました。それはもちろんそうですよね。その点では驚かせて申し訳なかったなと思います。そもそもなぜこの事業が生まれたかと言うと、僕がテレビ朝日の番組審議委員をやっていて、その席でこのままだとテレビの視聴者はシニア層ばっかりになるし、ネットは外資ばっかりになるから何とかしなきゃ、と議論されていて。それで始めたんです。
Netflixが登場してこれからテレビがどうしていくのか。自分なりの結論は、ネットに(テレビが)制作部門を分解して進出していかなくてはいけないんじゃないか、というものでした。サービスの開発が必要なのであれば、サイバーエージェントがそれを担うと。
「現場は反骨心に満ちている。(復活するかは)経営者のやる気次第」。
写真:今村拓馬
BI:テレビも新聞も危機感は非常に強いです。でもなぜ動けないのだと思いますか?
藤田:経営者のやる気次第なのではと思います。早河会長はこれからの会社に対して責任を感じていたんだと思います。そこに対して全面的に僕のことを信頼してくれているということに対する責任感は、すごく感じますね、やっぱり。結果を出さなきゃ、と。
BI:実際、テレビ局の人たちと仕事をしてみて、藤田さんはどう感じていますか? 現場の力が落ちているのか。それとも現場は力もアイデアもあるのに、それが活かされていないのか。
藤田:(テレビ朝日系)ドラマの「ドクターX ~外科医・大門未知子~」に「ソンタくん」っていうキャラが出てくるんですけれど(笑)。現場はみんな反骨心に満ちている。
(AbemaTVをやるようになって)1週間のテレビの番組表を見たときに、これだけでやってるのか、と思ったんですよね。月曜日の朝から晩まで、それが7日間。これがすべて。なんて狭い世界なんだ、とネットから来ると思うんですよね。枠も時間も限られている。そこに対して、超エリートたちが全力で取り組んでいる。到底追いつけない高いレベルで番組制作、編成をしているわけです。(こちらは)枠の概念はないので、何でもかんでも手を出したいんですよ。
海外への進出、大みそかは「何かはやる」
BI:AbemaTVはその枠から自由になるということですか。
藤田:チャンネルは言ってみれば、何チャンネルでも増やせる。何十時間でも放送することもできる。ネットテレビは自由度が全然違う。ビットコインだゲームだと事業も何を絡めてもいい。テレビ局の人は急に解き放たれると、その自由度にピンとこないかもしれません。
昨日決めて今日作るというのは我々の中ではよくある話。新しい事業をスタートする際に、ビジネスプランすら書いていないことも。大体見切り発車なので(テレビ朝日側から)驚かれることもあります。
BI:AbemaTVは、海外への進出は考えているのですか。
藤田:著作権を処理しているものだけでもやりたいなとは思っています。基本的には全世界出せます。まず最初に海外滞在している日本人へ日本のニュースを届けることを考えています。現地のコンテンツをそろえるというのは本当にヘビーなので、 それはちゃんと日本で成功してから。今は著作権処理ができていなくて、海外では見られないんですが、著作権さえクリアすれば、日本からアプリのストアに登録する、それだけなんですよ。
BI:年内にもう次の仕掛けをすると話されていましたが、それってまだ言えないんでしょうか。
藤田:まだ言えないし、本当にちゃんと実現するのかわからない。
BI:それは正月?
藤田:大みそかです。
BI:紅白の裏ですね。
藤田:それは、みんなやるもんだと思ってますよね。「何か」はやるって(笑)。
(聞き手・浜田敬子、西山里緒、構成・西山里緒)