グーグルやアップル、ヤフーなどが導入していることで注目を浴びたマインドフルネス。日本でも認知度が上がってきたが、そのマインドフルネスと“コインの裏表”と言われるのがコンパッションだという。
世界の成功者や有能なリーダーたちが実践するコンパッションとは何か。コンパッションに基づいた社会活動家であり、ハーバード大学名誉研究員、僧侶でもあるジョアン・ハリファックス博士と、MiLI(マインドフルリーダーシップインスティテュート)代表の荻野淳也さんに聞く。
ジョアン・ハリファックス博士(左)とMiLI代表の荻野淳也さん(右)。
撮影:今村拓馬
グーグルの調査結果「生産性向上には心理的な安全性」が重要
——日本でマインドフルネス (ジャッジメントをせずに、今に注意を向けている状態) は市民権を得つつありますが、コンパッションに関してはまだ認知されていません。そもそもコンパッションとはどのようなものでしょうか。
ジョアン・ハリファックス博士(以下、ハリファックス):コンパッションとは「人に注意を与えて、寄り添う」能力のことで、相手と共に「いる」、相手のために「いる」ことです。同時に、相手に対して心を寄せる、相手にとって自分がどう役立つかを感じる、という意味合いも含まれています。
荻野淳也さん(以下、荻野):コンパッションを日本語で「慈悲、思いやり」と訳されることがありますが、少しニュアンスが違うと感じています。コンパッションにあたるぴったりした日本語がなく、「相手に寄り添う」が近いと思います。
——なぜ今、リーダーに「相手に寄り添う能力」が求められるのでしょうか。
75歳。今でも毎年、標高3キロ以上の山道を225Km、医療キャラバンを連れて徒歩でネパール奥地へ。医療と支援物資を届けている。
撮影:今村拓馬
ハリファックス:リーダーが持っているべき資質として、次の3つがあると考えています。
1つ目はその場にしっかりいられる能力。目の前に起きていることを受け止めて、逃げないことです。
2つ目は相手を大切にし、相手に関心を持つこと。
3つ目は、相手にとって最善の結果になるよう貢献することです。これらを実践するには、真の勇気と強さ、繊細さが必要なのです。これらのベースになるのが、コンパッションです。
荻野:実は今、コンパッションは生産性の点からも注目されています。
2012年にアメリカのグーグル本社で、生産性の高いチームはどのような要素を持っているのかという調査が行われました。さまざまな要素があるなか、最も因果関係があったのがサイコロジカル・セーフティ(心理的な安全性)だったのです。ポイントは、これをリーダーがいかにつくるかということです。
これまでの日本のリーダーは、どちらかというと売り上げや利益を伸ばすため、管理型・コントロール型でした。人が本来持っている能力や創造性を削ぎながらやってきたのです。けれども、そこには心理的な安全性は生まれず、社員がいきいきと、本来持っているクリエーティビティーは発揮することは難しい。
リーダーがコンパッションを持つことで、組織は心理的な安全性のある場所になります。
ハリファックス博士は、世界的IT企業の創設者など世界的リーダーからも信頼されている。
撮影:今村拓馬
——マネジメントする側にとっては、自立できない社員が増える、利己的な部下が増えるのではないかという懸念もあります。リーダーはコンパッションをどう発揮すれば、組織にとって有効なのでしょうか。
ハリファックス:相手の言いなりになって自分が疲弊することを、私たちは“愚かな人のコンパッション”という言葉で呼んでいます。それは本来のコンパッションではない。
意外に思われるかもしれませんが、実は最もコンパッションに溢れた対応は、はっきり「No」と言うことです。リーダーが相手に寄り添うとき、「この人を助けよう、何か役に立とう」という明快な意図を持っていれば、厳しく強く対応することもあります。
責任を持って仕事をやり遂げることを相手に期待するのも、コンパッションの一つです。信頼さえあれば、厳しいことを言われたとしても「やっても無駄」「自分には力がない」という気持ちにはなりません。
——コンパッションを経営やリーダー育成に取り入れている企業の例があれば教えてください。
荻野さんは日本でマインドフルネスを広めた第一人者。企業向けの研修も多く実施している。
撮影:今村拓馬
荻野:マインドフルネスと合わせてコンパッションをリーダー育成に取り入れている企業の1つは、アメリカのリンクトインです。CEOのジェフ・ウェイナーは、創業時から自分の経営はコンパッションスタイルだと言い切っています。彼は調査会社Glassdoorのサーベイで、全米No.1の従業員支持率100%という結果(2015年)を出した。リンクトインがコンパッションマネジメントを実践して事業も成長させているのを見て、他のシリコンバレーの経営者たちも取り入れ始めました。
——トレーニングによって、その力を身につけることはできますか?
ハリファックス博士:もちろん可能です。実は、テクノロジーに溢れた現代社会では、「人と人がつながっていない」ことが当たり前に起きています。目の前にあるガジェットとはつながっているのに、目の前にいる相手に対して「共にいる」ことをしていない。
深く相手を理解し、相手を見抜くこと。相手に寄り添うには、自分自身が今ここにいる、つまりマインドフルネスの状態でいられるようにトレーニングをすること。自然にできる人もいますが、ダライ・ラマ法王でさえ毎朝3時に起きて、コンパッションのトレーニングをしているそうです。
荻野:企業でマインドフルネスやコンパッションのセミナーをしてきて感じているのが、日本のリーダーたちにこそ、トレーニングが必要だということ。彼らは日常的に意識的に、また無意識的にも「ジャッジメント」をしている状態です。当然ビジネスですから、意思決定をしなくてはならない。例えば一瞬で「この人は仕事ができるのか、できないのか」という判断を無意識にしています。
一方、マインドフルネスな状態やコンパッショネートリーダー(コンパッションを体現しているリーダー)のあり方は、正反対です。意思決定はしなければなりませんが、衝動的、無意識に反応するのか、意識的に複数の選択肢の中から反応するかは大きな違いを生み出します。まず「今」にしっかりといて、自分、相手、周囲の状況を観察し、自分が何をできるかを考え、その上で数ある選択肢の中からジャッジをする。
私たちはつい、自分の狭い了見、つまりバイアスのかかった固定観念の中でジャッジをしてしまいます。いったん自分と相手に心を向ける時間をとることで、自分の固定観念を外したジャッジメントができるようになります。
対談は博士が来日していた期間に、東京・白金にて実施。
撮影:今村拓馬
—— 成果を出すことに追われていて、まだマインドフルネスやコンパッションの効果に懐疑的な人も多いと感じます。
荻野:その気持ちもわかります。ただ、日本でも今、イノベーションや働き方改革が求められていますよね。狭い了見にこだわっていてはいけません。
それには、「今」にしっかりいて、コンパッションに基づく視点で人やものを見る。それがイノベーションやブレークスルーにつながると思うのです。博士も、マインドフルネスとコンパッションは“コインの裏表”と表現されています。マインドフルネスを実践すると、自己認識を高め、「自分らしくある」ことができるようになりますが、それだけでは足りない。チームで成果を出すには、メンバーに寄り添い、安心な場作りのベースとなるコンパッションもセットで必要なのです。
(文・富岡麻美、撮影・今村拓馬)
ジョアン・ハリファックス博士:僧侶・医療人類学者(PhD)。ティックナットハン禅師、バーニーグラスマン老師に師事。医療者・介護者のための瞑想を用いた支援プログラムに携わり、社会活動のセンターとしてウパヤ禅センターを設立。ダライ・ラマ14世らによって始められた科学者と仏教者の対話を推進する、マインド&ライフ・インスティチュートの理事も務める。2018年より、日本でもマインドフルネスとコンパッションの変革リーダープログラム「AWARE」を開始。
荻野淳也:一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート(MiLI)代表理事。外資系コンサルタントやベンチャー企業役員を経て現職。リーダーシップ開発、組織開発の分野でトレーニング、エグゼクティブコーチングに従事。グーグル本社で開発されたマインドフルネスベースの人材開発プログラムを日本で初めて開催。リーダーや組織の本質的な課題に対し、リーダーや組織の変容を支援している。