東京・池袋から電車で約25分。東京にもっとも近い「町」、埼玉県三芳町。
人口約3万8500人の小さな町に、多くの若者に読まれている自治体広報誌がある。町役場が毎月発行する「広報みよし」だ。
2011年にリニューアルするまでは他の自治体と変わらない平凡な自治体広報誌だったが、リニューアルからわずか4年後の2015年には全国広報コンクールで内閣総理大臣賞を受賞。この年に行われた住民への調査では、20代の8割が町の情報を「広報みよし」で得ていると回答するなど、若者からの反響も大きい。
通常、自治体が発行する広報誌は固い内容が多く、その内容は若者に伝わり難いが、なぜ「広報みよし」は若い世代で読まれているのか?ほぼ一人で「広報みよし」を作り上げてきた三芳町秘書広報室の佐久間智之さん(41)に話を聞いた。
捨てられている広報誌「税金の無駄だな」
定期的に自宅に届く自治体の広報誌。中身を読まずに、ゴミ箱に捨てている人も多いだろう。
健康増進課に所属していた佐久間さんが広報誌作りに関わるようになったのも、広報誌がゴミ箱に捨てられているのを見たのがきっかけだった。
「マンションのポスト脇のゴミ箱に広報誌が捨てられているのを見て、『税金の無駄だな』と思ったんです。読まれていないということは町の情報も伝えられていない。これをどうにかしたいと考えました」(佐久間さん)
その後、庁内で広報担当の公募があり、手を挙げた。
広報誌作りは未経験だったが、制作費が税金から出ていることを考えて、それまで外部に委託していたデザインやレイアウトをやめ、自分で全て制作することにした。写真撮影からデザインまで独学で学んだ。
リニューアルにあたり意識したのは、より幅広い層に読んでもらえるように、直感的に「面白そう」と感じる写真やレイアウトに変えること。
「若い人にも読んでもらえるように、タイトルをひらがなの『みよし』からローマ字に変え、写真を大きく掲載したところ、町民からは『外国かぶれ』、庁内からは『もっと文字をたくさん入れろ』という批判もありました。わかりやすく伝える工夫をし続けていった結果、少しずつ理解していただけるようになりました」(佐久間さん)
結果的には役所内部で制作することでコストが半減した一方で、読みやすさが評判となり、広告収入は1.5倍に、財政面でも貢献した。
三芳町は県内でも数少ない地方交付税をもらっていない自治体の一つだが、財政に余裕はなく、「1円でも収入源を自分たちでつくっていく」と佐久間さんは意気込む。
表紙は住民、「アイドル」として子どもも
大きく変えたのはデザインやレイアウトだけではない。
「住民が主役の広報誌」を意識し、単なる「町のお知らせ」ではなく、住民が読みたいと思うような特集を毎月組んでいる。その企画や取材もほぼ佐久間さん一人が担当している。
今まで認知症や障害者差別解消法、食育などさまざまなテーマを特集として扱ってきたが、その反響は大きく、町内で蛍が見られるスポットを特集したら、例年700人ほどだったイベントに約1300人も訪れるようになったという。
表紙の写真も「主役」である住民を積極的に載せ、「読者と目が合うように」正面からの写真にこだわっている。
「毎月最後のページに『MIYOSHIのアイドル』として小学校入学前の子どもの写真を載せていて、最初は足りないから職員の子どもの写真を載せていたんですが、今では載せきれないほどたくさん応募が来ます」(佐久間さん)
住民も自分が載ったら親戚に配ったり、知り合いが載るのを楽しみにしている人も多いという。
AR、動画も活用「広報はラブレター」
より多くの若者に読んでもらうために、紙だけではなく、ウェブはもちろん、多言語アプリ、町のFacebookやTwitterのアカウント、AR(拡張現実)、動画も活用し、さまざまな形で読めるようにしている。メディア・ユニバーサルデザインの資格を取得し、お年寄りから子ども、外国人にも配慮したデザインを心がけている。
三芳町の広報大使には、埼玉県出身で「ハロー!プロジェクト」のグループ「Juice=Juice」の金澤朋子さんが任命されている。町役場には、金澤さんが表紙になっている号の「広報みよし」をもらうために、町外からもファンの若者たちが訪れる。
2015年に「日本一」の自治体広報誌になって以降、他の自治体から多くの講演依頼が来るようになった。2018年5月には『パッと伝わる!公務員のデザイン術』を出版。 「結論を早く伝え、自分事と気付いてもらう」「文章ではなく箇条書きにする」など、具体的なノウハウがまとめられている。
しかし、もっとも重要なのは、職員自身が町のことを好きになることだと佐久間さんは語る。
「自分の勤める自治体のことにあまり関心がない職員は意外と多いですが、町のことが好きになれば、多くの人にその良さを伝えたくなる。どんな地域にもダイヤの原石のような魅力があります。広報誌はすべての人に情報(想い)を伝えるラブレターだと思っています」
(文、写真・室橋祐貴)