近年働き方改革が進み、在宅や海外でのリモートワークなど仕事相手と対面せずにやりとりをする機会が格段に増えています。特に文字だけで会話をする「チャットコミュニケーション」は、旧来の電話やメール機能を代替し、今後さらなる拡大が予想されます。
チャットは、文字だけでは表情や声のトーンが伝わらないゆえに、議論が深まらないどころか誤解や行き違いからトラブルに発展することも。しかし、正しい使い方を覚えて活用すれば、距離や時差を超えて、お互いの考えを効率的に伝え合ううえで心強い味方となります。
今回は、そんな「チャットコミュニケーションの鉄則」について、ビジネスチャットツールの草分け的存在であるChatwork社の代表取締役CEO兼CTO、山本正喜さんにお話を伺いました。
ビジネスチャット流行のきっかけは「LINE疲れ」
——山本さんはご自身の会社でビジネスチャットツール『Chatwork』を開発されています。まずは、ビジネスチャットに目をつけた背景を伺えますか。
もともと、学生だった2000年に兄弟で起業し、中小企業のITコンサルや便利なツールの代理販売などを請け負っていました。しかし、兄は当時ロサンゼルスに留学していたので、創業時からリモートワークが中心。情報共有は『Windows Messages』や『ICQ』などチャットで行っていたんです。
当時はまだプライベートでチャットを使う人はいても、ビジネスで使っている人はほとんどいませんでした。いつかは自社プロダクトで勝負をかけたいという思いもあったので、「それなら」と、企業のIT化を推進するような、おそらく世界初のビジネスチャットツールを開発することにしたんです。
そんな『Chatwork』の導入数が伸びたきっかけは、実は『LINE』が爆発的に流行り始めたことでした。
『LINE』をビジネスでも使う人が増えるにつれ、「既読機能がしんどい」「ビジネスとプライベートを混ぜたくない」「グループラインにいる退職した人はどうするんだ」といった問題が浮上したんです。『Chatwork』がちょうどその受け皿として受け入れられた、ということですね。
働き方を一変させるチャットが持つ「3つの利点」
——では、あらためてチャットの利点とはどのようなものでしょうか。
まずは「ログが残ること」。チャットをメールの代替と捉える方は多いと思いますが、実は内線電話の代替でもあるんです。昔、先輩や同僚に相談したいことがあれば、内線電話でやりとりしていましたよね。しかし、電話で話した内容はログが残らない。それによって、解釈の違いや、「言った・言わない」問題がしばしば起こっていました。チャットであればログが残るので、トラブルを回避しやすいんです。
次に「複数の人に伝えられること」。昔はそうしていましたが、一人ひとりに電話をかけるのはあまりに大変。それに会議を設定するにも、各人に都合を聞いて調整しなければいけませんでした。それにトップダウンで情報を伝達しようにも、伝言ゲームで違った伝わり方になってしまうリスクも。その点チャットなら、グループに所属している人全員に、同じ内容を、同時に伝えられるので便利ですよね。
複数の人に伝えるのはたしかにメールでもできるのですが、面倒くさいんですよ。メールでは毎回、「○○様、お世話になっております。○○です。今回は○○の件で……」と長い前置きが必要になりますよね。これはメールの構造——社内、顧客、営業、家族など多様な関係者から、受信ボックスに一括でメールが送られてくる――によるものです。
つまり、まずこのメールが誤送されたものではないことを明示し、さらにそれまでに話していた内容を相手と確認して、あらためて文脈をすり合わせる必要がある。そのためにはどうしても、冒頭で自己紹介と要件の確認が必須になるんです。だって、メールで一言、「了解です」と送られてきても、宛名が間違っているかもしれないし、なにに対する「了解」なのか、分かりづらいですから。
チャットであれば、プロジェクトや要件ごとに分けられたグループの中で、お互いの名前が表示されますし、過去の投稿をさかのぼって、議論のコンテクストを簡単に理解することができますよね。そうしたメールと比較した際の「手軽さ」はチャットの3つ目の利点でしょう。
このように、チャットを活用することで生産性が上がることは多くの方にイメージしてもらえるんじゃないかと思いますが、特にビジネスや仕事上のステークホルダーが多い業種に与えるインパクトは大きいです。
例えば、とある士業の方の中には、訪問など対面や電話対応だけでは対応可能な顧客の数に限界がありましたが、チャットを活用したことで顧問件数がなんと10倍になったケースもあると聞きます。他にも、海外を旅行しながらでも仕事ができる働き方になったという喜びの声もいただきますね。
チャットコミュニケーション「12の鉄則」
——たしかにチャットを活用すると働き方が変わり、生産性も上がります。一方で「チャットならではの難しさ」もあるかと思いますが……いかがでしょうか。
そうですね。プライベートでのチャット利用は盛んであるものの、それをビジネスで活用する際のコツはまだ世の中に浸透しておらず、それゆえ問題や弊害が生まれているケースはあります。どうすればチャットの利便性をビジネスでも活かしていけるか、チャットコミュニケーションの鉄則を整理していきましょう。
鉄則1:「非同期コミュニケーション」として使う
最も重要なのは、チャットは「非同期コミュニケーション」の手段として使うものだと認識することです。
非同期コミュニケーションとは、即時に対応する必要のないコミュニケーションのこと。対面や電話はその場で対応することが求められる同期コミュニケーションですが、チャットは違います。しかし、そのことを認識していないがゆえにしばしば問題が生じます。いちばん大きな問題は「自分と相手の時間と集中を奪うこと」ですね。
例えば、「現在オンライン」と表示されるチャットツールを使っている場合、「即時に対応してもらえるものだ」と、相手に期待してしまうことはありませんか? 逆に自分が「即時に対応しなければ」とプレッシャーを感じて、今やっている仕事を中断して返信をしてしまうこともあるかもしれません。
これではせっかく持続していた集中は途切れてしまいますし、その後、また集中モードに入るにはそれなりに時間がかかるので、結果、非効率になってしまいます。これは、仕事中に肩を叩かれたり、電話がかかってきたりすることで集中が途切れてしまう、同期コミュニケーションの手段と同じ使い方をしてしまっている例ですね。
他にも、「○○さんが入力中です」と表示されるチャットツールを使っている場合、つい相手からのメッセージが届くまでボーッと画面を眺めて待ってしまい、時間をロスすることも……(苦笑)。また、チャットでの会話が続いている最中に「今から落ちます」「ちょっと抜けます」とは言いづらくて、ダラダラと連絡を取り続けてしまうこともありますよね。
生産性を上げるには、各人が集中して仕事に取り組むことが肝心です。チャットは「非同期コミュニケーション」だと認識して、メリハリをつけて使うのがまず第一のポイントですね。ちなみに、Chatworkではそうした問題が生じないよう、最初から「現在オンライン」は非表示にし、「入力中」などの表示も出ない仕様にしています。
鉄則2:感情を伝える。そのために「絵文字」を使う
チャットコミュニケーションでよくある問題の1つは、「チャットだと冷たく見える問題」です(苦笑)。文字だけでは、送り主の表情が見えないですし、メールとは違って口語に近い使い方をするので、伝える内容によっては相手が「冷たい」と感じてしまうんですよね。
例えば、文章量が少ないときや、「了解です」の一言だけで返信が来た時には、「もしかして怒ってる? 気分を害したのかな」とか(苦笑)。送っている本人は、そんなことまったく思っていないとしても、文字情報だけでは相手の感情を察するのが難しいため、冷たく見えてしまうことがある。
ですので、「絵文字」の活用をオススメします。ただ、ビジネスシーンでフランクなコミュニケーションを取るのは簡単じゃありませんよね。だから、チャットコミュニケーションを導入する時には、会社の社風も一緒に変える必要があるんです。
過去に「仕事なんだからちゃんとした言葉づかいをしなさい」だとか、「上司に気軽に『いいね』しては失礼」と言われたことがある人もいるかもしれません。あるいは、「絵文字を使うと真剣じゃないように見える」とか、「絵文字を使うなんて恥ずかしい」と感じる人もいると思います。
ですが、チャットで絵文字禁止というのは、オフィスで「笑顔禁止」と同じこと。チャットを使うのであれば、文字情報だけでは、相手に感情が伝わらず、間違って冷たく感じさせてしまうのだから、むしろ絵文字を使わないほうが失礼です。
今の時代、若い人のほうが絵文字コミュニケーションに長けていますよね。しかし、会社において、若い人が自ら率先して絵文字を使うのはハードルが高いので、経営者や上司の立場にある人のほうから「絵文字は使わないといけないもの」と発信していくことが重要です。
鉄則3:ログをさかのぼりやすくするため「スタンプ」は控えよう
絵文字と近しいツールとして「スタンプ」がありますね。たしかにスタンプを使うと、チームの空気は軽くなりますが、実は弊害も生じるんです。それは、可読性が低くなってしまうこと。
なぜなら、「スタンプ」は送り合っているうちに、気づけば「面白いスタンプを出したもん勝ち」みたいな空気が流れ始め、大量に連打されたりするじゃないですか(苦笑)。プライベートではそれでもいいのですが、ビジネスでは過去の議論を見返すことを考え、控えるのが得策だと思います。
鉄則4:「様」ではなくあえて「さん」と呼ぶ
『LINE』や『メッセンジャー』などで送信先を指定すると、呼び捨ての表示になることがしばしば。ですから、社長など自分より上の役職者に連絡する際、「○○社長へ」と役職をわざわざ記載する人は多いかもしれません。
しかし、役職をつけると途端に絵文字をつけにくくなるんですよ(苦笑)。アメリカと違って、日本の儒教的な目上の人を敬う文化は尊重したほうがいいですが、時代は変わってきているので、過剰にはやらなくていいと思っています。
それで、『Chatwork』では実は、これは僕の隠れたこだわりでもあるんですが、送信先を指定すると自動的に「さん」と表示される設定にしているんです。これが「くん」や「ちゃん」だと相手に下に見られているように感じますが、「さん」であれば対等で、相手が目下の人に対しても敬意を持って接している感じがするじゃないですか。
そうやって、日本の「呼び捨て・様・肩書きで呼ぶ」文化を少しずつ壊し、フラットにしていきたいと思っているんです。
鉄則5:「ー」「〜」「!」「疑問形」を多用する
感情を伝えるために「文字の表現」を工夫することも大切です。
例えば、「了解です。」ではなく「了解ですー。」と“ー”をつけて伝えたほうがフランクな印象になりますよね。同僚や後輩からの頼まれごとを断る際にも「難しいです」ではなく「難しいかな〜」と“〜”を使って語尾を伸ばして伝える。チャットだからこそ、砕けた話し口調は自然ですし、柔らかい印象を持って伝えることができます。他にも「ありがとうございます!」や「了解です!」など、語尾に“!”をつけるだけでも、明るく前向きな印象になります。
それと、これは余談ですが、僕はメンバーから提案をもらったら、「良いんじゃないかな?」とあえて“疑問形”で伝えたりもしています。社長や上司など意思決定をする立場にいる人が「いいね」「やろう」と伝えると、「許可が出た」と勘違いされ、想定外に物事が進んでしまうことも。自分も確信を持っていないニュアンスと伝える場合には、あえて言い切らないことも重要だと思っています。
鉄則6:ドライなモノの言い方は相手との関係性による
とはいえ、「チャットなんだから別に冷たくてもいいじゃん」「これが自分のキャラだから」と言う人もいると思います。
たしかに、これが家族や恋人同士など関係性が近しい場合、ドライなメッセージが来ても「冷たい人だ」とはなりません。冷たく感じるのは、パーソナリティの共有がディープにされていないからです。
もし、気軽に雑談をしたりして、お互いのパーソナリティを理解し合える職場環境なのであれば、一見冷たく見える文章だったとしても問題は生じないでしょう。そもそもお互いのことを理解していると、仕事でのコミュニケーション量自体、減りますしね。
ただし、上司や部下、顧客や取引先など、相手との関係性によって、影響の度合いは変わります。例えば、社員数が30名以上と多い中で、「冷たい」と感じ、傷ついている人がいるのであれば、マネジャーはその事実を本人に伝え、チャットの使い方を改めるよう働きかけたほうが全体のためになるでしょう。
仮に、顧客や取引先など、社外の人から冷たい返答が来た際には、「この人はこういう人なんだな」と、こちら側が相手のパーソナリティを良いように解釈してあげる気づかいやそのための余裕も大切です。実際に会ってみると、「チャットではあんなに怖いのに、実は超いい人!」というケースも少なくないですから(笑)。
鉄則7:チャットでは「怒らない」で「褒めよう」
たまに、その時の感情にまかせて長文を送りつけたり、チャットで怒る人っていますよね。これは控えたほうが良いです。
表情が見えないので、対面以上に相手に恐怖を感じさせてしまいますし、チャットだとログが残るゆえに何度も読み返してしまい、不要に相手を傷つけてしまう。なにかバシッと伝えないといけない際には、直接口頭で伝えるのがベストです。
しかし逆に、何度も読み返せるからこそチャットで「褒める」のは効果的だったりもします。
鉄則8:チャットハラスメントを防ぐ
ビジネスチャットでつながるということは、相手の個人の連絡先を聞けるようなものなので、経営者や上司の知らないところで、勝手に異性を口説くといったハラスメントが生まれるリスクもはらんでいます。
これはチャットでなくても一定起きてしまっていることですが、チャットだとその気軽さゆえに、ついやりたくなってしまうようなんです。また、上司や同僚の悪口を言うためだけのグループが作られたりすることも。
こうした問題は企業の社風にもよる部分なので、チャット活用導入の際には、自社の社風を踏まえて使い方を考えていかなければなりません。
鉄則9:「スルー力」を鍛えよう
チャットに慣れてくると、読み飛ばして良いものと悪いものとを見分けられるようになるのですが、使い始めてすぐ、慣れないうちは真面目な人ほど「全部読まないと!」と思ってしまいがち。
そこで「スルー力」が大切です。基本的には名指しで送られてきたものをしっかり読み、それ以外は興味があるものだけを読む、くらいでいい。スルー力を鍛えましょう。
鉄則10:休みの日にはチャットは見ない
これは、スルー力にも通じることですが、チャットはいつでも開けてしまうがゆえに、休みの日でも対応してしまうことがあります。
巷では「休みの日でもなんで返事しないんだ!」と怒る上司もいるそうですが、休みの日はあなたの会社の社員、あなたの部下ではありません。休みの日に返事がこないことを許す社風とセットでチャットを導入すべきです。
鉄則11:使いこなすには「トレーニング」が必要
たまに、チャットと対面で人格が変わる人がいます。チャットだと前のめりに話すのに、対面だとまったく話さないみたいな。その逆もあるんですよね。対面でよく話すからといって、チャットが得意とはかぎりません。
チャットが苦手だと感じる人は、慣れるまではかぎられた人にしか見れないような安全な空間でトレーニングをすることが大切です。例えば、日報グループを作り、日報をチャットで送り合う。そうする中で、チャットコミュニケーションを実践し、他の人のやり方を知ることができます。
繰り返しになりますが、今時の若い人はチャットが上手な人が多いですよ。なぜなら、彼ら彼女らはチャットでいろんな失敗をしてきているから。ドライすぎて相手を傷つけてしまった、絵文字をつけすぎてキモがられた、だとか。そうした経験を経て、上手にコミュニケーションをしている人を真似ていくんです。
仮に、社内にチャットでメールのようなお固い返信をする人がいたら、あえてカジュアルに返信してあげましょう。チャットは新しいツールなので、「こういう感じで使っていいんだ……!」という空気をチームで育んでいくことが大切です。
鉄則12:やっぱり「対面のコミュニケーション」は大事
最後に、私たちはなにもアナログのコミュニケーションを否定しているわけではありません。表情や身振り手振り、ニュアンスなど、対面で伝わる情報量は多く、対面でないとできない類の会話もあると思っています。
例えば、評価面談やプロジェクトのキックオフミーティングもそうです。節目ごとに関係性を築き、心理的安全性を高めることが、チームの後のパフォーマンスに大きな影響をおよぼします。ですから、対面で話す機会は非常に大切なんです。
うちで働く完全在宅のメンバーにも「初めの1カ月〜2カ月はなるべく出社するように」と伝えています。そのほうがお互いのパーソナリティへの理解が進み、その後のチャットでのやり取りがよりスムーズに進んでいくからです。
ただ、どうしても対面は時間がかかるもの。ですから、デジタルでも対応できることは徹底的にデジタルに移行し、効率化を図る。すると時間に余裕ができて、結果的にゆったり対面で話せるようにもなるんですよ。
要は、チャットを使うということは、時間の使い方を変えるということなんです。それはつまり、働き方を変えるということでもある。チャットを使いこなし、「働く」がもっと楽しく、創造的になっていけばいいですね。
まとめ:チャットコミュニケーション 12の鉄則
- 「非同期コミュニケーション」として使う
- 感情を伝える。そのために「絵文字」を使う
- ログをさかのぼりやすくするため「スタンプ」は控えよう
- 「様」ではなくあえて「さん」と呼ぶ
- 「ー」「〜」「!」「疑問形」を多用する
- ドライなモノの言い方は相手との関係性による
- チャットでは「怒らない」で「褒めよう」
- チャットハラスメントを防ぐ
- 「スルー力」を鍛えよう
- 休みの日にはチャットは見ない
- 使いこなすには「トレーニング」が必要
- やっぱり「対面のコミュニケーション」は大事
電気通信大学情報工学科卒業。大学在学中に兄と共に、EC studio(現Chatwork株式会社)を2000年に創業。以来、CTOとして多数のサービス開発に携わり、Chatworkを開発。2011年3月にクラウド型ビジネスチャット『Chatwork』の提供開始。2018年6月、当社の代表取締役CEO兼CTOに就任。2019年9月、東証マザーズへの上場を果たす。
[取材・文] 水玉綾 [企画・編集] 岡徳之 [撮影] 伊藤圭
iXキャリアコンパスより転載(2020年4月6日公開の記事)