「コロナの3年間もあり、人に対しての施策を全集中的にやってきました。
2025年は中期経営計画の最終年度であることを考えれば、『ようやく普通の会社になった』と言われれば十分です」
こう語るのは、グローバルで従業員数12万4000人。年間売上高は3兆7000億円を超える、国内ITサービス大手・富士通の時田隆仁(ときた・たかひと)社長だ。
時田社長は、生成AIバブル前夜の2019年6月に社長に就任すると、いわゆるJTC的だった年功序列の給与形態の改革やジョブ型雇用の推進。さらに、中期経営計画の要の一つとして業界横断的に社会課題を解決するITプラットフォーム「Fujitsu Uvance(ユーバンス)」を掲げ、事業ポートフォリオ改革などを進めてきた。
2024年10月には時価総額も一時6兆円を超えるなど、2000年初頭のネットバブル崩壊以来の高値を付けている(1月6日段階の時価総額は約5兆7000億円)。時田社長に、富士通の変化と中期経営計画の現状、そして2025年の展望を聞いた。
中心的な役割を果たすのは大企業
——2024年は能登半島地震をはじめとした災害や、世界での選挙など、変化が大きい1年でした。こういった「変化」をどう捉えていますか。
時田隆仁社長(以下、時田):2024年は2025年以降の変化の予兆の年だったかもしれませんね。
日本での災害をはじめ、世界中で何かが起きれば、 富士通として何ができるのかは常に考えています。
能登半島地震の際には、製造業の乱れたサプライチェーンを立て直す際に「Fujitsu Uvance」のソリューションをお使いいただいて、迅速に復旧できました。存在意義を感じる1年だったかもしれません。
テクノロジーって、近いようで遠いじゃないですか。
スマートフォンを使っていて「これは生成AIだ」と考える人はほとんどいません。(テクノロジーの)何がすごいのかを実感する機会があるということは大きいです。
——Fujitsu Uvanceは、2022〜25年の中期経営計画でも将来の成長ドライバーとして力を入れてきた領域です。改めて位置づけを教えて下さい。
時田:Fujitsu Uvanceは、単なるソリューション群のブランドではありません。富士通が新しいビジネスモデルに挑戦して社会課題を解決する、キーテクノロジーやキーソリューションになればいいと思っています。
ビジネスとサステナビリティの両立は非常に重要な課題であり、当社も変わりません。サステナビリティを経営の軸に置く上で、1番問題になるのは、環境やデジタル社会、ウェルビーイングの課題など、いち企業では解決が困難だということです。
(課題を解決するには)同業の集まりではなくクロスインダストリー……。つまり、異業種間をつなぐスキームを作らなければいけない。
それをテクノロジーで支えるプラットフォームとして、Fujitsu Uvanceを発表しました。
導入コストも相応にかかりますし、人のリソースも、企業としての能力や体力も求められます。中小企業にあまねく導入するソリューションではないかもしれません。
中心的な役割を果たすのは当然大企業です。
大企業がリードして同じアプリケーションやデータインターフェースをステークホルダーに使ってもらうことで可視化し、施策を進める。Fujitsu Uvanceには、そのアクセラレーターとしての役割が求められます。
それを支えるのが、ブロックチェーン技術やAIの技術、コンピューティング技術やレイテンシーの低いネットワークといった、富士通が持つテクノロジー要素なんです。富士通では、「5 Key Technologies」と5つに分類して共に発信をしています。
「FAXでのやりとり」で露見した、富士通の現実
—— 異なる産業領域にテクノロジーを導入していく取り組みは、以前には行われていなかったのでしょうか。
時田:少し言いすぎかもしれませんが、富士通はクロスインダストリーをやってきていなかったんです。
当社は、長年システムインテグレーションサービスで成長してきました。製造業や流通業、金融業といった個別の業種やお客様のオーダー通りに作り上げるバーティカルに特化したビジネスモデルで成長してきました。
それ自体はまったく否定しません。ただ、Fujitsu Uvanceを発表する際に、ショックだったことがあるんです。
新型コロナウイルスの流行下で、病院と保健所、自治体の間でFAXでやり取りがされていた。これはものすごいショックでした。
——「システム連携できていれば」と、当時から指摘されていました。
時田:すべて富士通のお客様でした。富士通は病院のヘルスケア事業・電子カルテで大きなシェアを持っています。保健所のシステムや社会保障のシステム、自治体のシステムだって作っていた。
——でも、間をつなぐ(業種をまたぐ)提案ができていなかったと。
時田:要請があれば取り組んでいたとは思います。ただ、業種をまたぐような要請はそもそもその業種のお客様からは出てきにくい。
問題解決には業種間のコラボレーションが重要だということは、世界中でコンセンサスが広がっていますが、そのファクトをまざまざと認識しました。
——それが「クロスインダストリー」を強調する背景だったんですね。
時田:ほかにも、世界経済フォーラムのダボス会議に出席するようになり、ある種の気づきもありました。
(ダボス会議では)名前を言えばわかるような企業のリーダーと会話するのですが、特にIT系のグローバルリーダーと話をする時に、テクノロジーの議論にはならないんです。
「5Gネットワーク」がテーマだとしても、5Gどころか3Gも通っていない国に我々はどう貢献すべきか、ということを議論するわけです。自分の視野の狭さや視座の低さを感じたのも事実です。
「上司の命令を聞いていればよかった」の終焉
—— 2025年は、中期経営計画の最終年です。進捗は。
時田:良くも悪くもオントラックです。社内には「油断するな」と言っています。本当は前倒しで終わるに越したことはありません。
—— 時田社長の就任後、富士通では年功序列の廃止やジョブ型の推進など、社内体制も大きく変わりました。社会的にもさまざまな変化がありましたが、重要だった変化はどういったことでしたか。
時田:Fujitsu Uvanceの事業モデルを遂げるためには、まずは富士通の大事な構成要素である従業員約12万人がサイロに陥らない(孤立しない)ことが最も重要です。ただ、約12万人の富士通社員のうち、7〜8万人を占める日本が最も業種サイロに陥っているマーケットです。
それは富士通の収益のほとんどが日本から生まれてるからでもあります。ただ、日本の制度や商慣習などは、グローバルな目線・視座でみると特異性を持って語られる事が多い。
そこでオープンなディスカッションをしたり、積極的に自分の意見を述べてときにはコンフリクトが起きるかもしれないけれどもコラボレーティブかつイノベーティブなディスカッションで問題を解決したりする。そういう行動ができる人は少ない。
富士通の従業員も大半がそうでした。私ももしかすると大昔はそうだったのかもしれない。だって、上司の命令を聞いていればよかった。年齢に応じて報酬は上がっていきましたから。
そういうことを、全て変えたわけです。
特に日本の従業員にとっては大きなチャレンジです。不満や不安を覚える従業員は今なおいます。
それでも、そういった行動変容を起こさなければFujitsu Uvanceの事業モデルはなし得ない。
クロスインダストリーと言っても、向き合うお客様には確実に業種があります。いろいろな業種をリンクしながら事業を作っていかなければ、社会的な責任も果たせないし事業と収益の両立もできない。それを(富士通社員が)語らないといけない。
そこに大きなチャレンジがあるわけです。
この3年間はFujitsu Uvanceの商品開発に苦労した以上に、従業員の行動変容をどう起こすかの方が、非常に重要でした。それが揃ってきたからこそ、Fujitsu Uvanceによる事業が伸びてきたのだと思います。
——生成AIなどのテクノロジー面の進歩は、そこまで大きな影響ではなかったのでしょうか?
時田:そんなことはありません。
もともとFujitsu UvanceはAIを実装することを前提に設計しています。ただ、やはり昔の癖というか、(昔からやってきた)業務アプリケーション開発を軸にしても「十分使えるのでは?」みたいな話が出てきてしまうんです。
でも、それだと今までの業務アプリケーションを超えるバリューは出ません。
AIの実装は当然なのですが、AIを実装しなければいけない「切迫感」が生まれたのは、ここ1〜2年です。紛れもなく、生成AIのものすごいスピードでの進化と爆発的ブームの影響はありました。
—— テクノロジー導入の切迫感が生まれるタイミングが従業員に行動変容を求めるタイミングと重なって、変化が加速した側面もありそうですね。
時田:2020年に「Fujitsu Way」というパーパスを定めたのですが、少なくとも約4万人の海外の従業員はそれがよりどころになったとポジティブに受け止めていました。
ヘッドクオーター(日本)との物理的な距離があるからなおさらですが、やはり海外の従業員の方がパーパスドリブンという考え方や、サスティナビリティや社会課題解決に対して非常に親和性・感度が高い。
日本は1億総中流時代で、ものすごく同質性がある。
日本には、サンフランシスコの貧困街ような場所はないわけです。でも、海外に1歩出ると、そういう世界が広がっています。
だから社会課題解決への切迫感は、正直海外の方が高い。でも残念ながら当社の海外事業は、サーバーやパソコン販売一辺倒だったこともあって、サービスソリューションのケーパビリティが低く、なかなか苦戦する。
逆に日本ではサービスソリューションのケーパビリティや業種などへのノウハウがあるにも関わらず、社会に向き合うことに対する意識の低さがある。やっぱり変えていかないといけない。
そこで、人材の流動性を高めるためのポスティング制度や、ジョブ型人事制度によって思考回路や見方を変える。行動変容を起こすことは、特に日本では重要な課題だと思います。
—— 中経では、2025年までを「成長の準備」のための期間としています。最終年の2025年に目指すところは?
時田:ようやく普通の会社、要するに「成長を目指す会社」になったと言われれば十分かなと思っています。
中期計画計画を発表したときには「準備の3年間」と僕は言い切りました。今はまさに準備の途中なのですが、その中で伸びている事業があることはポジティブに受け止めています。
ただ、株主の期待からはまだ遠い。株主には、「2026年以降の成長に注力したい」と応援していただいています。ですので、最近の(株主との)コミュニケーションでは、2026年以降に何を目指すかがテーマになります。これは非常にありがたい。
今まで5年間を通じて目指している方向にみなさん賛同してくれていて、それが企業価値、株価に反映されていると思っています。
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