任命問題で注目されている日本学術会議が「日本の防衛研究は認めないが、中国の軍事研究には参加する」という情報が広がっている。
これは、軍事転用への懸念などがアメリカで示されている中国政府による「千人計画」に対して、学術会議が協力している、という根拠のはっきりしない話が拡大解釈されたものだ。
自民党の甘利明・元経済再生担当相も同様の趣旨の指摘をしているが、学術会議は「軍事研究」への参加も、「千人計画」への協力を否定している。BuzzFeed Newsは、ファクトチェックを実施した。
ネット上で広がっているのは、以下のようなツイートだ。
日本学術会議。「防衛研究は認めないが、中国の軍事研究には参加する」という結構な反日組織になっており、今回の官邸側の動きは十分理解できる。「中国との戦争はもう始まっている」と痛感させられた。「戦争の結果は戦争する前に決まっている」ので、こういう地道な改善は重要。
ツイートは1万以上「いいね」されており、リツイートも5000を超えるなど拡散している。このツイートに特段の根拠は示されていない。
関連する言説でやはり多く広がっているのが、「日本学術会議は中国の千人計画に関わっている」というものだ。
「千人計画」とは、中国政府が各国の優秀な研究者を招致するために進めている事業だ。国家的プロジェクトとして2008年から始まり、外国人と国外の中国人を対象にした事業がある。
高額の研究資金や給料など、その待遇は破格で、技術流出、盗用、さらには軍事転用への懸念も少なくない。アメリカではこれに参加する研究者をスパイ視し、FBIが捜査に乗り出し、摘発される事態にまで発展していた。
ネットで拡散、そして…
学術会議が「中国の軍事研究」や「千人計画」に携わっているという言説は、ニュース系のYouTubeチャンネルや「アノニマスポスト」「ツイッター速報」などの複数のまとめサイトを通じて拡散していたが、一般的なメディアでも取り上げられつつある。
たとえば、TBS系列の情報番組「グッとラック」(10月5日)ではMCの立川志らく氏がこの点に言及。また、夕刊フジのサイト「zakzak」(10月7日)では、作家・門田隆将氏の以下のようなコメントが取り上げられている。
「日本学術会議は15年に、中国科学技術協会と協力覚書を署名している。つまり中国の軍事発展のために海外の専門家を呼び寄せる『千人計画』には協力している。日本国内では軍事研究を禁じておきながら、中国の軍事研究には協力するという、非常に倒錯した組織だ」
これらは「千人計画に協力しているということは、結果として中国の軍事研究に協力している」というロジックだ。こうした結論が、冒頭に紹介したようなツイートの言説に発展しているとみられる。
学術会議では、かつて戦争に科学者が関与してきたことへの反省から、「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」とする声明を1950年と67年に出してきたことでも知られる。
さらに2017年には防衛装備庁が創設した研究助成制度に対し、「軍事的安全保障研究協力に関する声明」を出して協力を拒否。話題を呼んだ。今回の言説は日本学術会議が過去にこうした声明を出していたことから、その対比として広がっているとの側面もある。
なお、先出の「グッとらっく」では、任命拒否をされた教授として出演していたの立命館大学法科大学院の松宮孝明氏が「私は聞いたことありませんが、それデマなんじゃないですか?」と、その場で反論している。
学術会議は関与を否定
日本学術会議の担当者はBuzzFeed Newsの取材に対し、中国の軍事研究への協力について「そのような事業、計画などはありません」と明確に否定した。
また、「千人計画」ついても「学術会議として、計画に協力したり、交流したりするようなことはしておりません」と同様に否定した。
日本学術会議と中国の関係についていえば、中国科学技術協会との間に2015年に「協力覚書」を結んでいる。
この協会はあくまで「非政府」の民間組織であるが、政府に答申などをする役割も担うなど関係は深い。そもそも中国は一党独裁体制であることからも、この協定そのものが「軍事研究への協力だ」とする言説もある。
実態はどうか。学術会議との協定では、会議やセミナーなどを通じた「情報交換」や、研究者間の交流、共同ワーク ショップやセミナーの開催などの取り組みを進めていくことなどの取り決めを交わしている。
しかし、事務局によると「実際の事業は覚書が結ばれて以降、行われていないのが実態です」と語った。そもそも学術会議の予算面の問題から、国際的な研究プロジェクトなどを実施することは、中国以外の国ともできていないという。
つまり、軍事研究や千人計画以前に、学術会議として他国との間で「研究(計画)に協力」しているという事実がない、ということだ。
なお、研究者の交流という面においていえば、実際に受け入れと派遣を実施しているのはカナダとの二国間のみ(女性研究者交流)だという。また、中国科学技術協会と同様の協定は韓国との間で結ばれているほか、過去にはイスラエルやブルガリア 、カンボジアやバングラディシュなどと結んでいたことがあるという。
自民・甘利氏のブログが発端に?
学術会議自体が否定している「千人計画」に協力しているという情報は、どこから広がっているのだろうか。
その発端は、自民党の甘利明・元経済再生担当相の発言にある可能性がある。甘利氏は自らのブログ(8月6日)で以下のように記している。
日本学術会議は防衛省予算を使った研究開発には参加を禁じていますが、中国の「外国人研究者ヘッドハンティングプラン」である「千人計画」には積極的に協力しています。(中略)中国はかつての、研究の「軍民共同」から現在の「軍民融合」へと関係を深化させています。つまり民間学者の研究は人民解放軍の軍事研究と一体であると云う宣言です。軍事研究には与しないという学術会議の方針は一国二制度なんでしょうか。
また、「千人計画」に関する読売新聞の連載記事(5月4日)でも、以下のように取材に回答している。
学術会議は軍事研究につながるものは一切させないとしながら、民間技術を軍事技術に転用していく政策を明確に打ち出している中国と一緒に研究するのは学問の自由だと主張し、政府は干渉するなと言っている。日本の技術が中国の軍事技術に使われようとしても防ぐ手立てがないのが現状だ
なお、この読売新聞の記事の論点は「日本では、千人計画への参加に関する規制はない」ということに対して警鐘を鳴らし、学術会議側に問題意識を持つように促す点にある。
学術会議そのものが千人計画に「参加している」と明言されているわけでも、何かしらの関係性を記しているわけでもないことに、留意が必要だ。
このブログの書き込みは多くのネット上の記事の「ソース」となっている。しかし、学術会議は先述の通りBuzzFeed Newsの取材に対し千人計画への関与は否定しているほか、「中国と一緒に研究するのは学問の自由」とする声明などを出した事実は公式的には存在しない、としている。
実際、甘利氏のブログについても明確なソースは示されていない。ネット上では「機密情報だから」などという憶測も飛び交う。
BuzzFeed Newsは甘利議員の事務所に、学術会議側が否定しているとして情報の根拠についての取材を10月5日にFAXで申し込んだが、内容ではなく、日程上の問題として9日午前までに回答は得ていない。回答があり次第、記事を追記します。
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