2023年10月4日より、アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』が放送開始された。マイクロソフトのOS“Windows95”が発売される以前、おもにNECのパソコンPC-9801シリーズをプラットフォームに花開いた美少女ゲーム文化をフィーチャーしたこの作品には、1990年代に発売されていたパソコンやゲームソフトがあれこれ登場する。
この記事は、家庭用ゲーム機に比べればややマニア度が高いこうした文化やガジェットを取り上げる連動企画。書き手はパソコンゲームの歴史に詳しく、美少女ゲーム雑誌『メガストア』の元ライターでもあり、『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』にも設定考証として参画しているライター・翻訳家の森瀬繚(もりせ・りょう)氏。
アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』(Amazon Prime Video)激動の1991年と沙織事件
アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』では、主人公の秋里コノハが2023年から1992年にタイムスリップし、“美少女ゲームの黄金時代”のゲーム制作に加わることになる。
さて、コノハがタイムスリップした1992年当時の美少女ゲームをとりまく状況を知るために、まずはその前年、1991年の状況から振り返ってみることにしよう。
というのも、第1回で紹介した『同級生』(1992年発売)の前年にあたるこの年、美少女ゲーム業界にとって大きな事件が発生したからである。これによって業界団体が設立され、その後の百花繚乱たる美少女ゲームの文化が生まれる土台が整ったのがこの1991~1992年だったのだ。
1991年は、8bitホビーパソコン時代の勝利者となったNEC PC-8801シリーズの事実上最後の年(次期ハードへの移行が進んでいたため)。翌1992年以降、この機種向けに発売された商業ゲームソフトは、両手で数えられる程度の数となる。
熱心なユーザー・コミュニティに支えられ、その後も数年ほど命脈を保つMSXを別とすると(徳間書店のサポート雑誌『MSX・FAN』がついに休刊したのは1995年)、各社の8bitパソコンシリーズは筆者が愛してやまぬ富士通FM-7シリーズを含めてひと足早く概ね死に体となってしまっており、SHARPはX68000シリーズ(1987年)、富士通はFM TOWNSシリーズ(1989年)という具合に、16bit・32bitパソコン市場へと軸足を移していた。
そうした中にあって、NEC PC-9801シリーズは間違いなく16bit時代のメインストリームだった。ビジネスユースのパソコンという印象は既にして過去のもので、ゲームソフトの年間販売タイトル数であれば、すでにPC-8801シリーズを追い越していた。
第2話に登場するPC-9801DAは、1991年1月に発売された比較的新しいモデル。FM音源を標準搭載しているなど、あきらかにホビーユースを意識した製品だった。
こうした動向の背景には、“国民機”と銘打って登場したEPSONの廉価な互換機に後押しされた部分も大きいのだが、そのあたりについては次回の話題とさせていただきたい。
急増するPC向け美少女ゲーム
ここで興味深いグラフをお目にかけよう。
1982年から1997年にかけて発売された、PC-9801用ゲームソフトのタイトル数の変遷を大雑把にまとめたもの。美少女ゲームの急成長(加えて、PC-9801シリーズそのものの興亡)を俯瞰できる。98向けのゲームソフトの発売数が、1988年に急増し、その後も1995年頃までは基本的に増加傾向にあるのがおわかりいただけるはずだ。
美少女ゲームのタイトル数も、このあたりからぐいぐいと増加している。1991年に発売されたPC-9801シリーズ用のゲームソフトのタイトル数は300本を超えるのだが、その内、美少女ゲームの占める割合はじつに1/3以上。フェアリーテールやカクテル・ソフト、エルフ、アリスソフトといった同時代の美少女ゲームシーンを牽引するブランドの多くがこの時期、すでに出揃っていた。
筆者は、この1991年をもってPCゲームの1ジャンルだった“美少女ゲーム”が、独立した“美少女ゲーム業界”を形成するまでに成長したと考えている。その根拠は、この年の8月に最初の美少女ゲーム専門誌『パソコンパラダイス』がメディアックスから創刊されたことだ。
前述の通りこの時点で美少女ゲームの年間発売タイトル数は100本近くに達していたわけだが、このジャンルのソフトの情報は『コンプティーク』(角川書店/当時)、『テクノポリス』(徳間書店)などの月刊パソコン雑誌や、『アソコン』(辰己出版)およびその特別編集版である『美少女パソコンゲーム最前線』(同)などのムックで提供されてはいたものの、80年代末期から加速度的に増えていくタイトルを全て抑えられているとは到底言い難かった。
『パソコンパラダイス』の創刊は、このジャンルを専門的に扱う定期刊行物が切実に要求されていたことの裏付けであり、以後数年の間に、同様の専門誌がつぎつぎと創刊されていく。
- 1991年
『パソコンパラダイス』(メディアックス) - 1992年
『PC Angel』(オデッセウス出版)
『BugBug』(サン出版) - 1993年
『メガストア』(白夜書房)
『電脳Beppin』(英知出版)
『ファンタジェンヌ』(大洋図書)
『PCドルフィン』(司書房)
※カッコ内は創刊当時の版元。
業界を揺るがした“沙織事件”
急激な膨張はしかし、リスクの増大と表裏一体だった。
1991年の京都で起きた小さな事件が、美少女ゲーム業界全体を揺るがす大事件に発展したのである。
発端は、京都在住の男子中学生が1本のゲームソフトを万引きし、京都府警に補導されたことだった。少年法に基づきその中学生の実名は報道されていないのだが、そのこと自体は問題ではない。
問題だったのは、彼が万引きしたPC-9801用のアドベンチャーゲーム――『沙織』(フェアリーテールX指定、1991年10月発売)だと目されている――が、成年向けに販売されていた美少女ゲームだったことだ。
フェアリーテールX指定というのは、フェアリーテールやカクテル・ソフト(ジャストとの共同)などのブランドを擁する有限会社アイデスが前年に立ち上げたフェアリーテールのサブブランド(立ち上げ時点では有限会社キララ)。“X指定”、つまりアメリカ映画協会が制定した“18歳未満は鑑賞不可能”を意味する自主規制のレーティングコードを冠する挑発的なネーミングだった。
東京にあるジャストとアイデスの事務所に、家宅捜査令状を携えた京都府警少年課の捜査員らが突然現れたのは、同1991年の11月25日、午前中のことだった。捜査員は300本近くのソフトを証拠物件として押収するとともに、両社の代表ら計3名を猥褻文書販売目的所持の容疑で現行犯逮捕した。なお、同日の新聞やニュースでは“都内製造販売会社5社”と報道されていたのだが、ジャストとアイデス以外3社の社名は不明である。
当時、マスメディアでしばしば取り上げられた有害図書問題や、同年2月に起きた青年向け同人誌を取り扱う書店への手入れなどもあり、「そろそろパソコンゲームも危ないのでは……」という噂が業界内でまことしやかに流れていたとはいえ、あまりにも突然の出来事だった。このときにはまだ知られていなかったが、この家宅捜査を引き起こした直接的な原因が前述の万引き事件だったのである。事態の把握のため精力的に情報収集を続けていたテクノポリス編集部内では、この事件をフェアリーテールとジャストの頭文字を連ねて“FJ事件”と呼び、関連記事でもこの呼称を使用していたのだが、きっかけとなった(らしい)ソフトのタイトルから、一般的にはもっぱら“沙織事件”と呼ばれている。
このとき、“猥褻図画”としてターゲットとなった『沙織』を含むソフトは4タイトルで、京都府警が問題視したのはその内容や過激なグラフィックスよりも、これらのソフトが当時は非常に高価だったアダルトビデオなどに比べると比較的低価格(『沙織』の定価は7800円)であり、子供にも容易に購入できる点だったようだ。
この点について、コミックマーケット代表の米沢嘉博氏は、事件後に刊行された書籍『ちょっとHな福袋 第5集』(富士見書房/当時)のコラムにおいて、「20代のマニア層をターゲットとしたコミックやゲームの主流がアニメ調のかわいらしい絵で描かれたものになっていることを把握していない大人が、これらの製品を“子ども向けのポルノ”だと思い込み、ろくな調査や確認もなしに規制に走っているのではないか」と指摘している。
当事者2社はもとより、アリスソフトやエルフなどそのほかの大手ブランド各社はそれぞれの表現を用いて「女性を性欲の対象物として扱うのではなく、ストーリーやグラフィックを充実した人間と人間の愛を描いていきたい」という主旨の声明を発表。事件当時に開発中のものについては発売を延期ないしは凍結した。その後発売したものについても、性描写をカットして一般向け作品として発売されたものがある。たとえば、エルフの『ドラゴンナイトIII』は1991年末に一般向けバージョンが先行発売され、1992年6月に改めて成人版が発売されているので、まさにこの動きを受けたものかもしれない。
流通各社も一時的に美少女ゲームの取り扱いを見合わせるなどの事態に及び、急激に膨れ上がった美少女ゲーム業界は、ここにきて業界構造の見直しを余儀なくされた。
そうした中で必然的に持ち上がったのが、各メーカーが参加する倫理団体の設立である。
メーカーや出版社(とくに『テクノポリス』編集部)と、警察庁の要請を受け日本パーソナルコンピュータソフトウェア協会(以下、パソ協)が中心になって、1992年の1月ごろから話し合いが始まり、18禁シールの導入(1992年4月1日施行)、さらには美少女ゲームソフトが猥褻物に該当しないことを証明する商品保証書を製品に同梱することが決定された。とはいえ、この時点ではまだ明確な倫理規定が定められておらず、シール貼付の基準も自己申告以上のものではないなど、どうしても一時しのぎ的なところがあった。
ともあれ、PCショップの店頭にちらほらと美少女ゲームの姿が戻り始めたころ、1992年7月に再び大きな事件が起きた。ガイナックスの人気カルトクイズゲーム『電脳学園』の1作目(パッケージ版ではなく、ブラザー工業のソフトベンダーTAKERUという自動販売機で発売された製品が対象)が、宮崎県から有害図書指定を受けたのである。ガイナックスは各パソコン雑誌に意見広告を出すとともに、宮崎県に対して指定取り消しの訴訟を起こすも、長い裁判の末に「有害指定は妥当」との判決が最高裁で下された(判決が下りたのは7年後、1999年末のことだった)。
この事件を受けて「より権威のある倫理審査団体を設立せねばならない」という気運が、美少女ゲームを扱っているメーカーのあいだで高まった。
かくして1992年8月25日、パソ協の主導のもと、美少女ゲームの開発・販売に携わっているソフトハウス16社、流通7社、出版2社が全て出席する会合が開催され、以後、複数回の会合の中で活発な意見交換が始まった。
以下は、この会議に参加していたソフトハウスの一覧(50音順)である。
- アクティブ
- アグミックス
- アシッドプラン
- アラジン
- アリスソフト
- アレックス
- アンジェ
- ウェンディマガジン
- エルフ
- オレンジハウス
- ガイナックス
- カスタム
- ギミックハウス
- クィーンソフト
- グレイ
- グレイト
- サイレンス
- サンタ・フェ
- ジャスト
- 真実プロ
- スタジオみるく
- ソフトウェアハウスぱせり
- ディスカバリー
- ディー・オー
- 天津堂
- 日本物産
- バーディーソフト
- ハート電子産業
- ハッカーインターナショナル
- ピクシーベル
- ビジュアルアーティストオフィス
- 姫屋ソフト
- ファミリーソフト
- フェアリーテール
- フォレスト
- フラッシュポイント
- ベースメント
- ポニーテールソフト
- メディックス
- ユーコム
- ラナップ
ソフ倫の誕生
1992年10月27日開催の設立準備総会において役員などの選出が行なわれ、翌月20日の第1回総会にて“コンピュータソフトウェア倫理機構(以下、ソフ倫)”が正式に発足。
先の準備総会時に募集されたソフ倫独自の一般用、18禁の2種類のシールのデザインが確定して、11月25日にはパソ協流通専門部会からソフ倫への業務移行が行なわれた。ちなみに、現在も使用されているこのシールのデザインは、『ポッキー』シリーズや『雀ボーグすずめ』などのタイトルを発売していたポニーテールソフトが応募したものである。
コンピュータソフトウェア倫理機の本格的な活動は、これらすべての準備を終えた1991年12月1日に開始された。ソフ倫設立以前の規制前の時代の美少女ゲームは、内容を改定するなどして改めて発売された一部作品を除き、その多くがこのときに絶版となっている。
1991年末、一時的に減速した(上のグラフでも1990年から伸び始めていた美少女ゲームタイトルの数が、1991年から1992年にかけて一瞬ペースを落とす様子が見て取れる)美少女ゲーム業界は再び勢いを取り戻し、1992年から翌1993年にかけてそのタイトル数が急激に伸びていくことになる。
そのしめくくりに発売されたのが、前回紹介した『同級生』で、美少女ゲーム業界はここからさらに再発展を見せていくというわけである。
そして、『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』の本編で、コノハがタイムスリップしたのは『同級生』の発売時期である1992年12月の中ごろのこと。つまり、美少女ゲーム業界が新たな時代を迎えた、すぐ後のことだったのだ。
1992年に発売された、おもだった美少女ゲームタイトル。
- 2月:『ジョーカー2』(バーディーソフト)
- 3月:
『天神乱魔』(エルフ)
『マーシャルエイジ』(天津堂) - 4月:『Dr.STOP!』(アリスソフト)
- 6月:
『麻雀幻想曲』(アクティブ)
『DE・JA II 成人バージョン』(エルフ) - 7月:
『アリスの館II』(アリスソフト)
『きゃんきゃんバニー プルミエール』(カクテル・ソフト) - 9月:
『プレミアム』(シルキーズ)
『電撃ナース』(カクテル・ソフト) - 10月:
『天仙娘々』(ポニーテールソフト) - 11月
『SUPER D.P.S.』(アリスソフト)
『ドラキュラ伯爵』(フェアリーテール) - 12月
『やんやんのクイズいっちょまえ』(天津堂)
『鏡 -mirror-』(スタジオ・トゥインクル)
『ムーンライトエナジー』(インターハート)
『同級生』(エルフ)
『DALK』(アリスソフト)
『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』連動企画コラム一覧
- 第1回:エルフ『同級生』(1992年)を振り返る。PC恋愛アドベンチャーの道を切り拓いた異例のPCタイトル
- 第2回:本記事
- 第3回:「国民機」と呼ばれたマイコン“PC-98”シリーズを紹介(前編)
- 第4回:『雫』『痕』、そして『ToHeart』。ビジュアルノベルの誕生と繚乱
- 第5回:“Windows95”の衝撃とPC-98時代の終焉、美少女ゲームの勃興。PC-98シリーズ解説(後編)
- 第6回:PC用ソフトで花開いた“美少女ゲーム”。その家庭用ゲーム機移植版アレコレ
- 第7回:『下級生』『痕』『EVEバーストエラー』などWindows時代の美少女ゲームのソトミとナカミ
- 第8回:“お姉ちゃん”といえば誰が思い浮かぶ? 1980年代~2000年代“姉キャラクター”考察
- 第9回:PC黎明期の“お色気ゲーム”。プレイヤーの高い想像力を必要とするそれはPCの誕生・発展とともにあった
- 第10回:1980年代、PC(マイコン)向けにさまざまなメーカーが展開していた“お色気ゲーム”黎明期を解説(中編)
『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』関連記事
[2023年12月19日19:50]
記事内に誤字があり修正しました。お詫びして訂正いたします。