神戸市に、クインランドというベンチャー企業がある。1996年に設立され、2002年にはナスダック・ジャパン(現ヘラクレス)に上場した。従業員数約1100人、連結売上高1000億円あまり(2006年度)というかなり規模の大きなIT企業だが、もともとのスタートは兵庫県西宮市の小さな中古車店だった。車買い取りで有名な「ガリバー」のフランチャイズ店だったのだ。
この企業の歩みを追ってみよう。Web2.0という言葉で表現されているような考え方がどのようにして21世紀の企業活動の中から生まれ、そしてどのようにしてリアルなビジネスへと進化していったのかを、つぶさに見て取ることができる。日本のWeb2.0を考えるとき、クインランドはきわめて貴重なモデルケースである。
クインランドがITの世界に進出したのは、イントラネット上で使うシステムを自社開発したのがきっかけだった。クインランド・カスタマー・アプローチ・マネジメント(Qcam)という名称で、営業マンのノウハウを伝達するためのナレッジマネジメント(KM)システムを作ったのである。同社社長の吉村一哉さんが言う。「優秀な営業マンのノウハウをどのようにして他の社員たちに伝えればいいのか。その課題をクリアするためにQcamのシステムを考えたのです」
当時、KMは日本国内で大流行していた。営業マンや技術者のノウハウを簡単に社員同士で共有できるシステムとして、多くの企業にKMが導入された。だが大半はナレッジ(知)の蓄積に失敗し、社員にあまり利用されないままに終わってしまっている。理由はいくつかあって、最大の理由は「暗黙知」を情報システムがうまく取り扱えなかったからだ。KMの世界ではよく語られる言葉だが、知識にはは形式知と暗黙知がある。前者はドキュメントや図表、マニュアルなどで表現され、容易に他人に伝達できる明文化された知識。後者は人間の経験に基づくノウハウのようなもので、テキストで表現するのは難しい。これをどうデータベース化するのかが、KMの大きな課題だった。
日本では、清書した文書の管理イコールKM、と捉えられてしまった背景もあった。文書を整然とディレクトリに分け、美しく管理することは理想的だが、すべての社員にその作業を求めることは難しい。
さらに大きな問題もあった。ナレッジが仮にデータベース化できたとしても、それを実際の仕事に役立つように社員に提供する仕掛けの構築が難しいことだった。たとえばウェブベースのポータルサイトを作り、社内に散らばるノウハウの蓄積をワンストップで提供する試みなども行われたが、社員に積極的に利用されるまでにはやはりハードルが高く、普及したとは言い難かったのである。
しかしクインランドは、KMの導入をすんなりと成功させた。成功の要因は明快だ。クインランドのQcamはきわめて「おせっかい」なKMだったからである。
社長の吉村さんは1960年生まれで、もともとはコンサルタント企業の出身である。中古車店をスタートさせた際、ともに独立した元部下で、現常務の芦田泰啓さんをQcamの責任者に据えた。芦田さんはQcamをスタートさせるにあたり、暗黙知を吸い上げるべき優秀な営業マン数人の徹底的な観察を行った。通常のKMでは、暗黙知の提供は熟練社員の自発的な行動に任されている。だがそれではナレッジを引き出すのは難しい。そこで芦田さんは営業マンの行動分析を緻密に行って、それをシステム化しようと考えたのである。
システム開発は、当時京都市立芸大を出て入社したばかりだった平澤和馬さん(現DMES事業本部長室長)が中心になって行った。平澤さんはハッカー的気質を持った技術者で、彼が入社したことによってクインランドはIT進出への足がかりをつかんだのである。
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