一社で長く働くというこれまでの日本のキャリア観は、コロナ禍を経て完全に過去の話と化した。キャリアは会社が与えてくれるものから、自分が築き上げるものになった。それは、今所属している場所が、自分に成長や安心感を与えてくれる場所なのか──そうした「キャリア安全性」を誰もが求めるようになったともいえる。VUCA時代において、多くの人に当てはまる「最適解」はもはや正解ではない。十人十色なキャリア安全性について考えてみよう。
「まだ会社員なんだ。独立できるでしょ」「会社から離れて独立してみれば?」──こうした言葉を投げかけられたとき、みなさんはどう思うだろうか。
「なるほどね。そういう手もあったか」「それも選択肢にいれてみてもいいかも」「いやいや、そこまでは……」「そういうことじゃないんだよねー」
反応は人それぞれありそうだ。もちろん、そのとき自分がどういう状況に置かれているのかなど、TPOに依存する部分が大きいのだけれども。
「独立したら?」と言われたことがある人と話したり、私自身もそう言われたことがあったりして、会社員として働くことについて考えてみた。ちなみに、私もその人もその時は独立しない選択をした。
「独立」に対するイメージもさまざまだ。組織の枠を外れることを「自由」と感じるか、「恐怖」と感じるか。自分の裁量や責任が増えることを「喜び」と捉えるか、「面倒」と思うか。これらを考慮して「現在よりも良い」と判断した場合、人は独立の選択をする。
会社員の視点から見ると、組織から離れてフリーランスで働く人をうらやましく思うときもあれば、想いをもって起業している人に尊敬の念を抱くのもよくあることだ。そして同時に、自分はそこまではできないと思ってしまうこともある。
しかしこれは、勝手に自分で線引きしているだけなのかもしれない。
経営者や起業家を別次元の人と捉えたり、“自分より上の人たち”と勝手に上下関係をこしらえたりしてしまう。 逆のパターンで、フリーランスのように自身の裁量で仕事をやりくりする人から「自分たちは会社員のあなたたちより頑張っている」とマウント取られたようなこともなくはない。
また、医者や弁護士といった「専門家は会社員より上」感も勝手につくられている。もちろん、これらは職業を年収別に分けたときのヒエラルキーからくるアンコンシャス・バイアスも充分にかかってそうだ。
経営者や起業家の話を聞くと、「こういう社会にしたい」「こういうことを実現したい」と、人生のどこかで自分を掻き立てる強い想いを抱き、それまでいた組織から離れたケースが多い。そしてその彼らの想いに共感した人たちが彼らの周りに集まっている。
彼らと自分の違いは「こうしたい」という欲求の有無だけか? 先に述べた「独立しない」選択をしたのは、確かにそれもある。さまざまな制約からの解放に憧れはあるものの、その程度であり、成し遂げたいことが明確にあるわけではない。
現実はいろいろ大変なこともありそうだし、自分のスキルに自信もない。そして毎月給与が入ることはやはり安心だ。会社員万歳は言い過ぎかもしれないが、あらためて今の境遇を振り返り、「今自分がここにいる理由」を明確にすることは意義がある。
会社勤めしていると「なぜ今、この組織に所属しているのか」を言語化する機会はあまりない。逆に組織から離れる理由は、会社がさまざまに変化していくなかでたくさん出てくる。あえて「あなたが今の組織に居る理由」を考えてみよう。自分の満足ポイントが分かるだけで、自身のキャリアへの安心感が得られ、働くうえで大事にしたいことが明確になる。
組織に所属する意味を考える上で、留意しておきたい点がある。組織に所属する理由として「安定性に満足していると確かに文句がない場合が多いが、安定性が面白さを上回っていると、組織が停滞する可能性を秘めている」という点だ。
なぜなら、「安定≒変わりたくない、変えたくない」の作用が強く働きがちになり、これが経年で積み重なっていくと、いつの間にか、変わらない・変えられない腰の重い組織になっていく。
そうした組織にいることで起こる個人へのデメリットは実は結構ある。例えば、創意工夫が減ることによる創造性や効率化の欠如とモチベーションの低下、ネットワークや視野が狭まりやすくなること、リスクや変化への対応力の欠如といったことだ。
これらはまさに“自律の低下”、つまり主体的に考え決定する力の欠損につながる。前回指摘したように、キャリア安全性(この職場で働き続けても得られるもの)は必要だが、個人のキャリア自律を阻害するような過度な安定志向は充実した仕事生活を遠ざける可能性を持つ。
会社員として安定性を持ちながら面白い仕事をするにはどうしたらいいか──この相反する目標を両立するためには、自分の「こうしたい」が実現される環境が必要だ。
大きな「こうしたい」があるわけではないが、日々の仕事の中で生まれる「こうしたい」「もっとこうだったらいいのに、やりやすいのに」は、まさにカイゼンの原点である。
小さな「こうしたい」が思い通りになったり、他の人の意見をもらってより良くなったり。この面白さを体感すると、仕事が面白くなってくる。チームで仕事する楽しさや、以前よりより良いものが生まれる創造の楽しさが分かってくる。これは多様な人が周りに集まっている会社員だからこそ、日常的にやり易い“楽しさのつくり方”でもある。
逆に、自分の「こうしたい」が無下にされるような環境だったら、それは離れたほうが自分のためと明確になる。
職業に上も下もない。会社員はダサい? 私の答えは「No」だ。
いろいろな情報から無意識のうちにそれぞれがつくり上げているアンコンシャス・バイアスに囚(とら)われず、「今なぜこの居場所にいるのか」を考え、言語化しておくことは自分を守るために必要だ。
自分のキャリアについて考えるときに、まず「今ここにいる理由」を書き出してみよう。
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