アマチュアでも音楽や動画を気軽に制作できる環境が整い、ニコニコ動画やYouTubeといった発表の場も整備されてきた。「才能の無駄遣い」「どう見てもプロの犯行」――ニコニコ動画では、こんな“賞賛”を浴びる質の高い作品が、無名や匿名のクリエイターによって作られ、無償で公開されている。
彼らはなぜ、作品を無償で公開するのだろうか。“無駄遣い”されている才能をビジネスに生かす手段はあるのか、2次創作をめぐる著作権問題と、それをクリアする方法は――7月22日に開かれたOGCシンポジウムで議論された。
参加したのは、クリプトン・フューチャー・メディアで「初音ミク」を開発した佐々木渉さん、ネット関連番組を含む1000本以上の番組をプロデュースしてきたというフジテレビジョンの福原伸治さん、ゲームプロデューサーの犬飼博士さん、ギズモード・ジャパンのゲスト編集長で、ブログ「小鳥ピヨピヨ」を運営するシックス・アパートのいちるさん。ゲームジャーナリストの新清士さんが司会を務めた。
「生産手段がユーザーに移っている」――議論の前提として新さんは、アルビン・トフラーが提唱したプロシューマー(生産消費者)を引き合いに、「ネットの高速化と高度なソフトの低価格化でCGM(Consumer Generated Media)が発展し、制作、流通、フィードバックの流れが速くなった」と話す。
ユーザーがイノベーションを起こし、成果を無償で公開するという流れはネットだけで起きている話ではないという。例として新さんが挙げたのはスノーボードクロス(スノーボードでスピードを競う競技)。スノーボードクロス愛好家は、より速く走るスノーボードの改良法を“発明”し、仲間たちと共有しているという。
「ユーザーのニーズは多様で、それぞれが商品に不満を持ち、解消するために手段を考えている。その中でリードユーザーがイノベーションを起こす」(新さん)
ユーザーからのイノベーションは、無償で提供されることがほとんど。ネットでは、無償提供を当たり前と考え、もうけようとする行為を嫌う「嫌儲」の向きが強いが、ネットの外でも、ユーザーイノベーションを有償で販売することに懐疑的な人は多いという。「無償対有償の戦いが激しくなってくる」(新さん)
嫌儲の空気は、ニコニコ動画やYouTubeに投稿されている人気コンテンツをビジネス化する際の障壁になる。「もうけようとした瞬間、ユーザーが離れてしまうのではと思う」(福原さん)
福原さんはフジテレビのWebマガジン「少年タケシ」でPerfumeの楽曲「SEVENTH HEAVEN」のプロモーションビデオを募集したことがあったが、この企画からの収益はゼロだった。
ゲーム分野は事情が異なるようだ。犬飼さんが2007年、ファミコンソフトとしては13年ぶりの新作という「Mr.SPLASH!」を開発・発表した際、「最初に出てくる質問は『これはいくらですか』だった」という。「ゲームは買うことが当たり前で、お金を払うことに慣れている。ネットも今後、コンテンツやサービス提供者が値段を付けるという流れに変わっていくのでは」(犬飼さん)
福原さんは「ユーザーが作ったコンテンツが今後、お金になりだすと面白いことになるだろう」と見通す。「今は義勇軍のような形だが、それが正規軍になった時に様相ががらっと変わるのかなと思う。その時作り手たちが今と同じようなモチベーションを持ち続けられるかが課題。映画やテレビのようにお金が流れるのか、新しいタイプの表現がでてくるのか――5年以内に変わると思う」
著作権問題も避けられない課題だ。ネットにアップされる人気コンテンツは、既存のコンテンツを勝手に流用してマッシュアップしたものなど、著作権問題をはらんでいることが多い。テレビ番組制作時に既存のコンテンツを利用する場合はもちろん、権利をクリアにしているが「番組作りの際に許可を取るのは大変で、10秒使うのに何十万円払うということもある」(福原さん)という。
前出のPerfumeのPV募集企画では、PVに利用できる静止画素材を用意した。ただ、権利を完全にクリアにした無料素材を大量に用意するのは難しく、「使える素材が少ないとネット上で反感を買った」(福原さん)面もあったという。
初音ミクも著作権問題と無縁ではない。発売当初、ニコニコ動画にアップされたのは、既存楽曲をミクに歌わせたカバー曲が主流。ニコニコ動画は当時日本音楽著作権協会(JASRAC)との契約を結んでおらず、著作権上問題があった。だがほどなくオリジナル曲が次々に発表されて人気に。「オリジナル曲が広く評価される流れができた」と佐々木さんは胸をなで下ろす。
犬飼さんが普及を目指しているeスポーツ(対戦ゲームなどをスポーツとして行う競技)も、権利問題と密接に関わっている。メーカーやタイトルによって、「ゲーム大会の開催はNG」「大会を開催してもいいが、大会の様子を動画でアップしてはいけない」などの制限があるといい、「結局は、ユーザーがゲリラ的に載せたりとか、メーカーの目が届かない海外の人が作ったものがネット上にアップされている状況」だ。
福原さんは「著作権に引っかかるものは排除するというやり方より、グレーゾーンを設けれてやれば、次の段階にポーンと行くのでは」と見る。「ニコニコやYouTubeはその段階に来ているだろうし、そういう中で何かが生まれる。モノができてから法律が変わっていく形しか、今のところないのではないか」
Perfumeはネットが人気の火付け役になった。PVがYouTubeやニコニコ動画に転載され、THE IDOLM@STERとのMADの人気もあいまって人気が爆発(“アイマスMAD”で人気のPerfume、オリコン週間1位の快挙)。いちるさんは「Perfumeはネット上でパーツとして使われることを黙認して広がった」と話したが、福原さんによると「彼らは黙認していたわけではない。去年の暮れの段階では、当人たちもニコニコ動画の存在を知らなかった」という。
「彼らはネット上の状況を積極的に許していたわけではなく、レコード会社も事務所も知らないうちに広がっていたということらしい。最近はネットを積極的に戦略に取り込んでいこうというふうに変わったようだが」(福原さん)
福原さんは経験則として、表現する人とそれを見る人の割合は1:9だと話す。「表現のためのツールが出てきても、その割合が劇的に変わることはなかった」
ただ、誰でも作り手として参加できるメディアが増え、作り手が増えていく可能性は高い。「デジタル革命で割合は崩れるのかもしれない。5:5になることはないが、もしかしたら1.8:8.2くらいまでいくのではないか。優れた才能はなくても、ちょっと表現して共感を得たいという人がブログを書き、ブログは広がった。こういった参加型メディアは何かを変えるかもしれない」(福原さん)
ゲームの世界では以前から、ユーザーが積極的に参加していたという。「ゲーム好きな人はコンピュータを使い慣れているから、前からいろいろ作っていた。プレイはうまくないが、ムービーを作るのがうまい人がYouTubeに投稿したりしている」
「プロの犯行」というニコニコ動画のタグが示すように、ネット上に無償でアップされている作品にも、プロ並みのクオリティーものは少なくない。福原さんは「才能のないプロと才能あるアマチュアが逆転している」と指摘する。「製作の手段は、プロとアマで変わらなくなった。音楽は一歩先にそうなっていたが、映像の世界でもプロの番組よりアマが作ったものの方が面白いということになりつつある」(福原さん)
ただ、才能のある人はどの時代も一定数しかいないという感覚があるという。「才能のある人の数が莫大に増えたわけではないが、ネットを通じて発見しやすくなった。かつてはいろんな人に話を聞いたり、権威のある人に紹介してもらていたが、今はネットで見られる」(福原さん)
佐々木さんは、才能のある作家が、初音ミクやニコニコ動画を媒介にして世に出ることができれば本望と話す。
「人気のあるユーザーは“初音ミクのP(プロデューサー)”という形でというよりは、その人の作家性が正当に評価され、表門からクリエイターとして世に出て行く形が理想。それが具現化していくのはまだ先だろうが、バックアップしていきたい。
作りたい物を作って人とコミュニケーションしたい人はたくさんいる。そういう人たちの気持ちがいい方向に流れていくか『夢も希望もない』と思うかでCGMのトレンドは変わる。できるだけポジティブな方向に変わるように何かできればと思う」(佐々木さん)
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