病院に人間そっくりの不気味なロボットが2体……そのうちの1体は苦しそうな息遣いで横たわっている。ここは福岡県にある福岡歯科大学。何が起こっているのか。
このロボットの名前は「田村優子」。人間そっくりに作られた「患者型ロボット」だ。
田村優子は、遠隔操作で医師と会話をしたり、口を開けたり、咳をしたり、ベロで器具を押し返したりといった基本的な患者の動作をシミュレーションできる。
それだけではない。歯の治療中に起きる心筋梗塞やアレルギー反応、アナフィラキシーの症状、過呼吸といったシミュレーションも可能だ。もちろん、脈拍や血圧も計れる。ロボットの腕には血管があり採血や点滴もできるように作られている。なぜ歯科で、ここまで人の体を再現するロボットが必要なのか。
「われわれは、口の中の治療を『歯科』ではなく『口の中の医学』(=口腔医学)と考えている」――福岡歯科大学の尾崎正雄教授はこう話す。
「歯科では歯の治療だけを行うと思われがちだが、治療中に起こり得るさまざまな可能性を考慮しなければならない。例えば、緊張からくる神経性ショックや過呼吸、脳卒中、アナフィラキシーの症状など。そうした緊急事態に対処できるような訓練を考えた場合、『ロボット』という案があった」(尾崎教授)
もともとコンピュータサイエンスが好きだった尾崎教授は、小児歯科医でありながら統計処理のプログラムや、VRや人工知能の勉強をしていたという。つい数年前までは自身でソフトを作成し、VRとハプティックデバイスを用いた歯を削る練習を学生にやらせてみたり、モーションキャプチャー技術を用いて仮想上にあるデンタルミラーのコントロールをしたりといった実習も行っていたという。しかし、ソフト開発では研究費が出にくいことや、バーチャルでは実際の治療と少し感覚が異なるなどの理由から、途中で断念。ロボットの導入へと舵を切ったのだ。
福岡歯科大学の患者型ロボット「田村優子」は、実は2号機。より総合的な演習を目的として高度なシミュレーションに対応できるよう改良されたモデルだ。
1号機は「田村明日香」という名のロボットで、部屋の奥にもう1体横たわっているそれだ。田村明日香は田村優子と異なり、採血などはできず、基本的な患者の動作のみをシミュレーションする。
歯科と医科の先生が一緒にロボットを作ったら――そんな発想から、福岡歯科大学のロボットは生まれた。
「ロボットはお金が掛かる。実習をするにしても、1体のロボットにつき遠隔操作する人と指導する人の2人、人員を配置しなければならない。この部屋も、ロボット専用部屋としてわざわざ学長に作ってもらった。しかし、歯科に圧倒的に足りないのは、実際に患者さんに触れる機会。それをロボットに託すことで、歯だけでなく総合的な能力を持った歯科医を育てたい」(尾崎教授)
(太田智美)
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