日本のアニメとマンガは国内外で人気を集め、その市場規模は3兆円に迫ろうとしている。一方で10年以上前から低賃金・長時間労働が指摘され、海外大手配信事業者に「安く買いたたかれている」という指摘もある。果たして日本のアニメ・マンガは国を支える基幹産業となれるのか。
コンテンツ産業に長く従事し大学で研究も行う筆者は、ascii.jpで15年近くに渡り、メディアとコンテンツの変化を追ってきた。コロナ禍と配信バブルを経てアニメを巡る環境は機会と危機が同時に訪れる中さらに変化しようとしている。ITmediaに場所を移しての連載第1回はその現状や全体像を俯瞰する。
現在、日本を代表する基幹産業は言うまでもなく自動車産業だ。その市場規模は数十兆円規模とされる。世界での人気を背景にアニメ市場は半導体や鉄鋼に匹敵し、将来的には5兆円規模となるという予測※もある(※エンタメ社会学者の中山淳雄氏らによる)。資源に乏しいうえ、IT対応の遅れを生んだ経営の硬直性や新興国との競争から工業立国というポジションが失われつつあるなか、コンテンツ産業を次なる基幹産業へ、という期待が高まるのも無理はないところだ。
コンテンツが生み出すものは、経済的な利益にとどまらない。物語を通じて、世界観、価値観が共有され、作り手ひいては彼らを育んだ国や社会へのリスペクトが生まれる。いわゆる「ソフトパワー」が強くもたらされることが他の産業にはあまり見られない特徴だ。軍事力や経済力による「ハードパワー」に対して、より強力で持続的な友好関係を結ぶことにもつながっていく。
「ワンピース」で描かれるように、互いの主張の違いや諍いを乗り越え、物語を通じて「仲間」を増やしていくのが「ソフトパワー」であり、相手を威嚇し続けるのに対して、コストパフォーマンスも圧倒的に優れている。
世界市場の急速な拡大をもたらしているのが、2010年代から定額制を導入したNetflixなどの海外大手配信サービスであることは言うまでもない。日本のアニメの認知度を上げ、国内放送から配信までのタイムラグを無くし、SNSでの情報拡散も同時多発的なものとなった。
Netflixが日本上陸した2015年から外資配信大手からの配信権料収入によって、海外売上(※)が3倍近くに急増しておりアニメ市場の拡大の要因となっているのは間違いない(※この売上は放送・上映・ビデオ・配信・商品などの合算)。配信大手間の競争が激しくなる中、著名スタジオからのオリジナル作品の調達やクリエイターとの提携発表も盛んに行われた。1作品あたり数億円掛かるアニメの制作費を、独占配信権料でほとんど賄える上に、海外市場に打って出る契機を得られることから国内アニメスタジオにとっては一時大きな追い風となり、一部では「製作委員会モデルに取って変わるのではないか」という声も聞こえた。
しかし、現在このバブルとも言うべき状況は急速にしぼみつつある。その理由は、配信オリジナル作品が視聴時間数においてよい成績を残せていないからだ。
もちろん、配信オリジナル作品以外のテレビ放送作品の人気は高く、配信サービスに欠かせないコンテンツであることから、アニメ作品の調達の動きが鈍くなることは考えにくい。しかし、そこで特に問題になってくるのが、外資による高い調達価格(※)とアニメ新作年間200タイトル前後という世界に類を見ない作品供給量が維持できるかどうかだ(※現在は制作費が全体に高くなっており、既に外資系配信向け作品の制作費が特段高いとはいえない状況になっているという指摘もある)。
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