2024年の年末、日産自動車とホンダの統合案が浮上した。それから1カ月が経過した後、日産とホンダの経営統合協議の破談が発表された。一足先にアライアンスを組む三菱自動車の離脱方針が明らかになった後、日産とホンダの上層部が統合に向けた議論を続けたものの、最終的に経営統合の道筋が見いだせなかった。ホンダの代表取締役を務める三部敏宏さんの記者会見の趣旨を要約すると、「技術的な視点では相互に補完関係を見いだせたが、経営面での統合をする道筋が見いだせなかった」ということだった。
さっとおさらいをすると、当初は、持ち株会社を設立し、その傘下にホンダと日産のブランドがそれぞれにぶら下がる形を考えていたが、交渉が進む中で、ホンダ側が日産を子会社化して、取締役会の意思決定の速度を高める提案をしたのだ。これが、今回の破談が決定的になった理由である。要はホンダが資本関係で日産にガバナンスを効かせて、大規模な改革を実施できないと、日産の経営の健全化は難しいと考えた一方で、日産側はより対等な関係での経営統合を求めていたため、反発が起こり、統合に至らないという結論になったワケだ。
実はこの統合交渉自体は、決して突飛なものではない。2020年8月に英フィナンシャル・タイムズが報じたところによると、2019年末に日産とホンダの経営統合が検討されていたという。翌日には日本経済新聞が政府関係者と日産側の否定コメントを報じたものの、その当時の情勢を考えれば、決して荒唐無稽な話ではなかった。その背景には、日産のトップを長らく勤めていたカルロス・ゴーン氏の逮捕後、日仏間で繰り広げられた主導権争いがある。フランス政府の意向を受けたルノーは、日産との統合を模索したが、日産側はこれを拒否。その後、両国政府を巻き込んだ駆け引きが続いていた。一方で、今回の統合案を後押しした要因として、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の動向も無視できない。ホンハイは2024年、ルノーと交渉し日産株の取得を試みたと報じられている。日産の株価が低迷し、敵対的買収の可能性が取り沙汰される中、日本の製造業の「防衛策」として日産とホンダの統合案が浮上したとみる向きもある。
とはいえ、実際に日産とホンダの統合は可能だったのだろうか? そこで今回、統合案の合理性を深堀るとともに、技術面でのシナジー、企業文化の違い、ルノーとの関係、ホンハイの動向といった観点から、振り返ってみよう。
️技術と事業の補完関係──EVとハイブリッドの融合
日産とホンダはともに日本を代表する自動車メーカーだが、事業戦略や技術分野では異なる強みを持つ。特に電動化において、両社は相互補完的な関係にある。日産は「リーフ」や「アリア」に代表されるEV技術で先行してきたが、一方のホンダはハイブリッド技術(HV)で高い競争力を持つ。ホンダ自身もEV開発の出遅れを認めつつ、2025年の米家電・IT見本市「CES」では、EV専用ブランドのゼロシリーズのコンセプトとともに、ルネサスエレクトロニクスとの次世代SoC(システム・オン・チップ)の共同開発を発表し、EVおよびコネクテッドカー(つながる車)戦略の加速を打ち出した。もし日産とホンダが統合すれば、日産のEV技術とホンダのハイブリッド技術が融合し、電動化戦略において大きなアドバンテージを得ることができる。三菱が早々に離脱する方向になったが、破談後に新たに提携の可能性を再検討するのであれば、三菱のPHV技術も合わせて、トヨタと同様にマルチパスウェイ(全方位)戦略を取れる体勢もとれるはずだ。
また、日産とホンダはすでに日立アステモを通じて部品開発のシナジーを生み出している。日立アステモは、日産と関係の深い日立オートモティブシステムズと、ホンダ系のケーヒン、ショーワ、日信工業が統合して誕生した大手部品メーカーで、電動パワートレインやADAS(先進運転支援システム)の開発に強みを持つ。このようにすでに部品メーカーの段階で技術統合の実績があることを考えれば、両社が経営統合することで、EVやコネクテッドカー向けの技術開発をより効率的に進められる可能性が高い。
️グローバル市場での補完性
販売面でも、日産とホンダの統合には一定の合理性がある。四輪の市場だけを眺めると、日産とホンダは北米市場で競合関係にあるが、日産は北米と中国市場におけるブランド力を維持している。いっとき北米市場における販売台数を追う経営方針をとったことで、販売インセンティブ(値引き)を強化したため、北米市場での中古車価格が下がってはいるが、売れ筋のセダンに加えて、SUVやスポーツカーなどの人気車種も有しており、一定のブランド力は保っている。中国でも、EVの強みを生かして一定のブランド力を維持している。一方、ホンダは四輪事業の北米市場での強みに加えて、二輪事業において、東南アジアなどの新興国市場で圧倒的なブランド力を誇る。統合によって、両社の強みを生かしたグローバル戦略を展開できる可能性がある。
さらに、コネクテッドカー時代においては、販売台数の規模が競争力に直結する。コネクテッドサービスやOTA(Over-the-Air、無線ネットワーク通信)によるアップデート機能を活用するには、大量の車両データとユーザー基盤が必要だからだ。両者の統合によるスケールメリットを活かせば、ソフトウエア開発コストを抑えながら高品質なサービスを提供できるようになるだろう。記者会見の中で、ホンダの三部社長が何度も「ソフトウエア・デファインド・ビークル(SDV)」という言葉に触れていたが、これがまさに「SDV」の考え方なのだ。要は、走る・曲がる・止まる、つまり、乗員が安全に快適に自動車を運転して走らせることを重視して、自動車を設計していたが、今後はいかに快適にソフトウエアが動くかを重視して、クルマを設計する時代になるのだ。
ここでようやく、前述のホンハイがなぜ、日産に興味を持ったのか?、が分かる。ホンハイは2022年にステランティス(旧FCA+PSA)と提携し、コネクテッドカー向けのソフトウエア会社を設立している。この提携を通じて、車載OSやインフォテインメント(情報+娯楽)の主導権を握り、EV向けソフトウエアの開発でアップルやグーグルと伍する企業になることを狙っているといっても過言ではない。平たく言えば、ホンハイは「EVのアンドロイド化」を狙っているのだ。
️統合に立ちはだかった企業文化の違い
ホンダと日産の統合の最大の障壁となったのが、企業文化の違いだ。ホンダは創業以来、「独立独歩」の精神を貫き、技術者主導の開発に重きを置く企業文化を持つ。過去にはGMやBMWとの提携例があるものの、大規模な資本提携には慎重な姿勢をとってきた。一方、日産はカルロス・ゴーン時代に外科手術的な改革を経験し、ルノーとの協業を経て「柔軟な戦略」を採らざるを得なかった。
また、人材登用の仕組みも異なる。ホンダは創業者・本田宗一郎氏の影響もあり、学歴に依存しない人事制度を採用している。技術者であれば学歴を問わず昇進の道が開かれており、実力主義の傾向が強い。一方、日産は鮎川義介率いる日本産業(後の日産コンツェルン)を母体としており、長らく東京近郊の都市部に拠点を構えてきた影響からか、東大・東工大・早慶といったいわゆる高学歴の人材が多い。このような文化の違いも、統合交渉において衝突を生んだのかもしれない。
️ルノーとの関係──日産は自由になれるのか?
今後、日産はルノーとの関係整理も不可避の問題となる。2023年、ルノーは日産の持株比率を引き下げたものの、依然として戦略的提携関係にある。ただ、今回のホンダとの経営統合協議の破談で、ルノーがどのような動きを見せるかも大きな焦点となる。ルノーが日産株を売却し、経営権争いが勃発する可能性もある。
日産とホンダの統合は、技術・資本の面では合理的な選択肢となりうる可能性があった。しかし一方で、企業文化の違いやルノーとの関係、安全保障上の問題など、多くの課題もあった。実際、三部社長も、今回の検討の結果、技術やソリューションの面では、連携することで一定の効果があると考えており、今後、部分的に提携する可能性は否定していない。ただ、最大の課題は、日産ほど危機的状況ではないにしろ、ホンダ自身もここ数年間で大規模な変革をする必要がある。特に電動化と「SDV」への移行を同時期に行う必要があり、これはホンダにとっても大きな投資であり、大きな改革になるからだ。
いったん破談で話がついたように見えるものの、ホンダの三部社長の指摘通り、技術やソリューションの面でのシナジーが期待できるのであれば、まだ、提携する可能性は残されている。果たして日本の自動車産業は、大胆な提携によって競争力を強化できるのか――今後の動向に注目したい。
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川端 由美(かわばた・ゆみ)工学修士。住友電工にデザイン・エンジニアとして就職し、自動車部品の設計に携わる。自動車専門誌に転職し、『NAVI』『カーグラフィック』の編集部に所属。その後、欧州系戦略コンサルファームにてイノベーション・ディレクターに就任。現在は、フリーランス・ジャーナリストとして自動車の最新技術と環境問題を中心に寄稿しつつ、大手企業の新規事業やスタートアップ企業の事業支援を行う。著者に『日本車は生き残れるか』(講談社刊)。内閣府、内閣官房、環境省、国交省、デジタル庁などの有識者委員を歴任。電動モビリティシステム専門職大学准教授。
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