ご存知のように『孫子』は、紀元前500年代に活躍した武将・軍事思想家である孫武によって書かれた兵法書。組織を率いる人のための必読書として、現代においてもなお読み継がれていることで知られています。
そんな『孫子』が、人生のつらい場面を乗り越える際に役立つ理由について、『図解 孫子』(遠越 段 著、総合法令出版)の著者は次のように述べています。少し長くなりますが、大切な箇所なので引用してみましょう。
私たちの人生は、他者とかかわり合いながら生きて行かなくてはならない。そのためには良質な人間性を作っていく必要がある。人は練り上げられた人間性をまとってこの大きな世界に出ていくのだ。
しかし、それだけでは生き抜けない。なぜなら人は皆、「まず自分」なのだ。つまり、生きるうえでは他者との戦いや競争が避けられないのである。
自分を貶める策略にはめられたり、いわれのない罪を被ることになったりして、せっかく築き上げた他人との信頼、社会的地位などを失ってしまうこともあるかもしれない。
こうした脅威には立ち向かうべきだが、立ち向かうだけの知略が必要となる。それを教えてくれるのが『孫子』なのである。(「はじめに」より)
つまり同書に書かれた「敵に勝つための実践的な戦術」の数々は、単なる戦争論ではなく“人間論”として読むことができるということです。
ちなみに本書の特徴は、もともと全13篇からなる『孫子』の内容を、5つの章に分けられていること。他者との競い方がわかる「競争の心得」、計画的に成功を収めるための「作戦の心得」、組織内での人間関係に焦点を当てた「組織の心得」「リーダーの心得」、そして「交渉の心得」からなる構成となっているのです。
きょうはそのなかから、第5章「交渉の心得」に焦点を当ててみたいと思います。
戦わずして勝つことこそ至上
孫子曰く、凡そ用兵の法は、国を全うするを上と為し、国を破るはこれに次ぐ。軍を全うするを上と為し、軍を破るはこれに次ぐ。旅を全うするを上と為し、旅を破るはこれに次ぐ。卒を全うするを上と為し、卒を破るはこれに次ぐ。伍を全うするを上と為し、伍を破るはこれに次ぐ。是の故に百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり。(第三 謀攻篇)
(208ページより)
[大意]
戦争のあり方としては、敵国と戦わずして、敵の国力や軍隊の戦力を保全したまま降伏させることが上策。わざわざ戦って打ち破るのは上策に劣るため、百戦戦って百戦勝つというのは最高の勝ち方ではない。戦わずに敵の軍隊を屈服させることこそ、最高の勝ち方なのである。
[解説]
じつは、戦わずして勝つこと以上の勝利はないということ。なぜなら、戦わなければ損害が出ないからです。したがって本来であれば、相手もこちらも無駄に消耗するような競い合いはしないほうが得策。
可能であれば、平和的なかたちで、自分の意見や譲れない部分を理解してもらえるようにするのが「できる人」だというわけです。これはまさに、現代の交渉においてのあるべき姿ではないでしょうか。(208ページより)
利益を見せて、成果を得る
故に善く敵を動かす者は、これに形すれば敵必ずこれに従い、これに予うれば敵必ずこれを取る。利を以ってこれを動かし、詐を以ってこれを待つ。(第五 勢篇)
(210ページより)
[大意]
うまく敵を誘い出せる者は、わかるように敵に餌を撒く。すると、敵は必ずそれに喰いついてくる。なにかを敵に与えると、必ず敵は手を出すもの。つまり、利益を見せて敵を誘導し、裏をかいて敵を攻撃するということだ。
[解説]
戦いにおいて有利になるためには、主導権を握ることが重要。そこで大切なのは、わざと隙を見せてみたり、あるいは罠を仕かけたりすること。いわば、敵をこちらの戦いやすい状況に誘導できるわけです。ビジネスにおいては、交渉時の駆け引きの際に活用したい心得であるといえそうです。
交渉時、本心を丸出しにし、自分の利益だけを主張したのでは相手から応じてもらえなくて当然。かといって下手に出すぎて相手の要求をすべて飲んでしまうのでは、交渉の意味がありません。
そういったときに重要なのは、自分が得たい結果を再確認し、相手が思わず食いつきたくなるような利益を示すこと。そうすれば、条件次第ではよい取引ができるかもしれないわけです。(210ページより)
状況ごとに対応する
故に将、九変の利に通ずる者は、兵を用うるを知る。将、九変の利に通ぜざる者は地形を知ると雖も、地の利を得ること能わず。兵を治めて九変の術を知らざる者は、五利を知ると雖も、人の用を得ること能わず。 (第八 九変篇)
(210ページより)
[大意]
九変(定石とは異なる九つの対応)の利点に精通した将軍は、軍隊の動かし方をわきまえているもの。しかし九変の利に精通していない将軍は、たとえ戦場の地形を知っていたとしても、地形から得られる利点を活用することはできない。軍を率いながら九変の方法を知らなくては、兵を存分に動かすことはできないのである。
[解説]
状況を知らなければ、勝敗の予測や作戦の決定に根拠がなくなってしまいます。しかし地形を知っていても、状況に応じて作戦を変える方法を身につけていなければ、状況を知ること自体の意味がないともいえます。つまり、状況や環境に合わせた作戦や交渉の内容を選択しなければいけないのです。
ちなみにここでいう「九変」の九とは、九を最大の数字として捉えた、“多数の”すなわち“多彩な変化”の意。(212ページより)
このように、現代のビジネスシーンで役立てることができるようにと、名文の抜粋に加え、一部に超訳をも加えた「大意」、さらには現代においての活かし方を紹介した「解説」で構成された一冊。『孫子』の“入り口”として活用してみれば、そこで得たものは日常の思いがけない場面で役に立ってくれるかもしれません。
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Source: 総合法令出版