人が集まる職場 人が逃げる職場』(渡部 卓著、クロスメディア・パブリッシング)の冒頭には、近年の職場にありがちな問題点が並べられています。

・ とにかく人が足りない

・ 職場の雰囲気が悪い

・ 優秀な社員や若手社員が次々に辞めていく

・ うつ病やメンタル不調での休職者が多い……

(「はじめに」より)

心当たりのある方もいらっしゃるのではないでしょうか? 人が消えていくたび、職場の雰囲気がさらに悪くなり、連鎖するようにまた人がいなくなるというようなケースは、決して珍しくないのかもしれません。

でも、なぜ、人が逃げる職場になってしまうのでしょうか? どうしたら、そんな職場を変えることができるのでしょうか?

本書は、これら「人が逃げる職場」問題の原因と解決策について、人事組織論やメンタルヘルス・コミュニケーションの知識と理論を下地に、分析・解説するものです。私がこれまで産業カウンセラー・コンサルタントなどの立場から携わってきた職場の実例、私自身のビジネスパーソンとしての経験も多数盛り込み、現場レベルで実践できるような、シンプルでわかりやすい形にまとめました。(「はじめに」より)

きょうは、「人を育てること」に焦点を当てた第2章「『人が育つ』職場」内の[支援]から、2つかのポイントを引き出してみたいと思います。

「リーダーとマネージャー」について

人が集まる職場は、優秀なリーダーとマネージャーがいる

人が逃げる職場は、優秀なマネージャーのみ

(120ページより)

企業におけるリーダーとは、著者のことばを借りるなら「船長」のようなもの。リーダーが掲げるビジョンや計画に応じて舵取りがなされ、時代や業界の風向き、浅瀬の岩礁のような障害にも注意しながら、企業という船が進んでいくという発想です。

船を進め続けるためには、同じ志を持つたくさんの船員が必要です。だとすればリーダーに適している人は、「人を惹きつけ、周囲に影響を与えることのできる人」だということになります。

とはいえ、リーダーがひとりですべてを決めてしまったとしたら、先を行き過ぎて燃料がなくなったり、無謀な渡航計画で船員が倒れてしまったりする可能性もあり得ます。となると、リーダーとは別に、資金や人員の管理に適した人材が必要となるでしょう。つまり、その人材こそがマネージャー。

一般的にリーダーに向いているのは、ゆるぎない信念を持ち、説得力を持って夢を語り、人を動かしていける人物だと考えられています。しかしそんなリーダーは、頼りがいがある一方で、時として数字のやりくりが苦手だったり、技術的な部分を理解していなかったりもするもの。

そこで、リーダーの手の届かない部分や苦手な部分をサポートしつつ、部下のフォローができるマネージャー的な存在が必要になってくるわけです。

リーダーとマネージャー、この2つの部分がうまく機能することで、職場は成長していくのです。リーダーもマネージャーもそれぞれ複数人いるぶんにはかまいませんが、優秀なリーダーだけ、あるいは優秀なマネージャーだけ、といった状態では、職場はたちまち不安定になってしまいます。(121ページより)

もちろん理想的には、「優秀なリーダーであり、優秀なマネージャーでもある」という人材がいれば理想的かもしれません。しかし、それはスーパースターを求めるようなものなので、現実的にはまず不可能であるともいえます。

なお「優秀なマネージャー」には、高度な知識や技術を学び、現場経験を積み、コツコツ努力していくことで到達できる可能性があるものです。しかしながら、「人を惹きつけるようなリーダーシップ」を後天的に身につけるのは、とても難しいことでもあります。

とはいっても、マネージャータイプの人が絶対にリーダーになれないというわけではないと著者は記しています。実際、現在第一線で活躍しているリーダーのなかには、もともとは優秀なマネージャーだったという人も多いというのです。

また、すぐに頭角を表す人がいる一方、(特に日本においては)地道に出世し、管理職を長く経験した人が社長になるというケースも少なくないのだとか。そればかりか、本当に組織を飛躍させるリーダーには、謙虚で控えめな人だという考え方もあるそうです。

つまり、「優秀なマネージャーはいるけれど、優秀なリーダーはいない」という職場なのだとすれば、まず必要なのは、そのような現状を受け入れること。完璧を目指す必要はないのです。そして、それを踏まえたうえで、もうひとつ大切なことがあるのだといいます。

マネージャーが自分を成長させ、職場をよりよくしたいと志すのであれば、まずは「自分が受け持つ部下やチームが“安心”して働ける場をつくれるリーダー」を目指すべきだという考え方。

たとえば、会社が社員のワークライフバランスに配慮できないような、余裕のない状況だったとしましょう。そんなとき、せめてマネージャーが自分の部下やチームメンバーに目を向け、心身の健康に配慮し、安心してそれぞれの成長に向かっていけるような状態をつくることができれば、その人は優秀なリーダーシップを持っているといえるわけです。

夢を語りながらもきちんと仕事の成果を上げ、人間的にも魅力満載の“カリスマリーダー”を、マネージャータイプの人が無理に目指す必要はないと著者は主張しています。売り上げや表面的なオペレーションを徹底管理するにとどまるより、「自分のチーム内だけでも、安心して働ける職場づくりを目指そう」という意識を持つ。それだけで、“優秀なマネージャー”から“優秀なリーダー”へと進むことができるということです。

「即戦力」について

人が集まる職場は、即戦力にならない人は見守る

人が逃げる職場は、即戦力にならない人は切り捨てる

(138ページより)

職場に新人が入ってきたとき、「早く仕事ができるようになってほしい」と期待を持って接するのは当然の話でしょう。ただし、過度な期待は禁物。

たとえば、まだ成熟度の低いうちからあれこれ仕事を任せていたら、上司は「あれ、こんなこともできないのか」と落胆するはめになり、下手をしたら新人は潰れてしまうかもしれません。でもそれは、彼らの能力が低いからではないというのです。

特に新卒で入ってきた社員であれば、ほんの少し前までは学生だったわけです。そう考えれば、すぐに仕事ができなくても当たり前。そういう人材に入社早々、過度なプレッシャーを与える職場こそ考えを改める必要があるということです。

新入社員に対し、上司は“まず2年は我慢する”と心得ましょう。人にもよりますが、多くの新入社員は3年目を迎えたころから成長の兆しが見えてくるもの。かつて“しごとができないゆとり”とレッテルを貼られた社員が、3年目を過ぎたころからエースとしてバリバリ仕事をこなしている、といった例は少なくありません。部下の成長をサポートしながら“2年待てる”上司と、即戦力にしなければと焦り過ぎて潰してしまったり、使い物にならなければ即切り捨てる“少しも待てない”上司。どちらがいい上司かといったら、前者であることは明白です。(139ページより)

業界・職種を問わず慢性的な人出不足に陥っている現代においては、“待てない”上司がいるのも仕方がないことかもしれません。しかし実際のところ、社会経験や挫折も少ない新人は、たいした実力も能力もないことがほとんど。それが当たり前だということです。だからこそ、そのことを理解したうえで“ほどほど”の期待をかけることが、新人にとっても職場にとってもよい結果をもたらすというのです。

成果を上げたら小さなことでもしっかりほめ、失敗したときには「たくさん失敗してもいい、きっと3年目くらいからもっと仕事をこなせるようになっているから」と温かく励まし、根気よく見守る。それが、即戦力にならない新入社員へのほどよい期待のかけかただといいます。

たしかに、こんな時代には悠長な話かもしれません。しかし、せっかく採用・教育した人材が潰れてしまうほうが、職場にとっては痛手であるはず。「急がば回れ」の精神を持ってみるべきだということなのでしょう。



「人が集まる職場」と「人が逃げる職場」とを比較しつつ、さまざまな角度から解説がなされているため、とても理解しやすい内容。職場の雰囲気をなんとかしたいとか替えている人にとっては、参考になるかもしれません。

Photo: 印南敦史