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情熱大陸

メイキャッパー Vol.1347

UDA

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04.06(日)

よる11:00

名だたる俳優・モデルたちが指名!
化粧は、自分の可能性を感じるために

「メイクは、その人の素を如何に引き出すか」。それがこの男の信念だ。
パリ・コレをはじめとする数々のショーやドラマ、CM、雑誌など多方面で活躍。男女問わずメイクをほどこし、独自のアプローチで魅了し続ける。「移り変わりが早いファッション業界で、若者世代を理解し、時代と並走できるベテランはそう多くはない」という雑誌編集者の言葉が、UDAの存在意義を物語る。
「最先端をいこうとしているわけじゃない。メイクはノウハウがすべてではないんです」トレンドに縛られず、自分がやりたいことを形にしていくUDAの化粧は、どのようにして生まれたのか。
メイクの専門学校を卒業し、百貨店でメイクのアドバイスと化粧品の販売をしていた。そこで触れた「自分らしいメイクがわからない」という悩みにこたえることが、今でもメイキャッパーとしての自分を突き動かすという。
そのひとつが、構想から5年をかけて制作した著書「kesho:化粧」。72の暦「七十二候」を取り入れ、季節や自然の移ろいに合わせたメイクを提案した。"西洋らしく"というメイクの常識から一線を画し、日本人ならではの価値観や色彩を反映させた、繊細で遊び心あふれる化粧。「これをきっかけに何通りもの新しいメイクが生まれる。それが、みんなが自分を表現することのきっかけになれば!」
今年、UDAはメンズ雑誌から、ビューティー特集の撮影全体の監修(ディレクション)も任された。企画からフォトグラファー、スタイリスト、ヘアスタイリストの選任までも担当。通常、雑誌の監修はフォトグラファーやスタイリストが担当することが多いが、UDAのアプローチは全く異なる。勢いのある若い世代を選び、独創的なものを作り上げようとしていた。
取材中に遭遇したのは、アトリエで"仮面"を作る姿。「これもメイキャッパーの仕事なのか?」という問いに、笑いながら「こういうのをやってみたかったんですよ」と無邪気に答える。
化粧の当たり前は、UDAにはない。メイクすることで生まれる現実と虚構の間に迫る。

UDA

1971年、東京都生まれ。
高校生の頃、たまたま自宅に届いた美容専門学校のダイレクトメールがきっかけでメイキャッパーの道を志す。その後、1991年にパルファム ジバンシイ株式会社に就職。ショーや撮影のメイクを手がける。1997年に会社を辞め、鈴木寅二啓之氏に師事。2002年よりフリーランスとして活動し、国内外のファッションショーやキャンペーンで活躍。2021年に出版した著書「kesho:化粧」は、日本自費出版文化賞でグラフィック部門賞を受賞。

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