いつか声を失っても・・・”自分の声で会話”アプリ完成
- 2024年05月10日
声を失っても ”自分の声で会話”を
熊本市の山本栞奈(かんな)さん、26歳。
全身の筋力が衰えていく病気を患いながら、1人暮らしをして大学にも通っています。今後、病状が進行し、のどの筋力が弱まって呼吸が難しくなった場合に気管切開の手術を受けると、いまの声を失うことになります。
そのときに備え、”自分の声で会話”ができるよう準備してきたAI=人工知能の技術を使った音声アプリが完成し、栞奈さんのもとに届けられました。
(熊本放送局記者 藤崎彩智)
児童養護施設で育ち、高校卒業後に病気に
栞奈さんは1997年、兵庫県で生まれました。両親や親戚と一緒に暮らすことが難しく、5歳から高校を卒業するまで熊本市内の児童養護施設で育ちました。
高校卒業後は陸上自衛隊に入隊。この頃からつまずくことが増えるなど、徐々に自分の体に異変を感じていたといいます。その後、入退院を繰り返し自衛隊を2年で除隊。医師からは全身の筋力が徐々に弱まっていく病気と診断されました。
入退院を繰り返す中、障害者施設でのある相談支援専門員との出会いから、「福祉を学びたい」との思いが強くなり周囲のサポートを受けながら大学に通っています。また、ヘルパーや看護師の介助を受けながら、もう1つの目標だった1人暮らしもしています。
声を失う前に 「声」や「思い」を聞いてほしい
おととし12月。栞奈さんはのどの筋力が弱まり、呼吸が弱まっているとして医師から気管切開の必要性を告げられました。それに伴って声を失ってしまうことも。
「失う前に自分の『声』を『思い』を聞いてほしい」
栞奈さんは、それまでは積極的には語ってこなかった児童養護施設で育った自分の生いたちや将来の夢を伝え始めました。おととしからは周囲の協力を得ながら座談会を開催し、参加した若者などにみずからの経験を踏まえながら伝えたいメッセージや将来の夢を話しています。
(山本栞奈さん)
「人を頼ることが出来るようになってほしいなと、若者に対してはそう思います。そして支える人たちは自分の理想を押しつけるのではなく、支えられる側が望みたいものが何かをきちんと聞いて寄り添い続ける、支援をし続ける、その継続が本当に大切だと思っています」
「施設にいる子の将来を一緒に考えていける人になりたいなと思っているので、そういうことができたらいいなと思ってます。施設の子どもたちの夢を一緒に探してあげる。ちゃんと夢を持つことが大事なんだよって教えてあげることが夢かなって思います」
”声を残したい” 新たな取り組み
去年3月。栞奈さんの姿は、熊本市内の収録スタジオにありました。いまの声を失ったときに備えて、自分の声を録音し、AIで合成した”自分の声”で会話ができるように準備するためです。3時間かけて、日常会話や朗読などさまざまなパターンの声を収録しました。”声を残したい”という栞奈さんの思いに対して、東京のIT企業や障害者支援を行う合志市の企業が応えました。
収録のなかで栞奈さんは、声を残すことへの思いも話しました。
(山本栞奈さん)
「声を残そうと思ったのは、自分が生きた証を残したいっていうのもあるんですけど、今後、生きていきたいと思う人たちの1つのモデルになりたいなと」
完成した音声アプリが届く
そして、収録から1年あまりがたった先月下旬。
音声アプリが完成し、栞奈さんに届けられました。
東京のIT企業とオンラインで結んで、担当者から使い方を教えてもらった栞奈さん。唯一、自由に動かすことができる右手の親指を使って、操作できるようになっています。
さっそくスマートフォンのアプリに文章を入力し、再生すると・・・。
(アプリの音声)
「私の名前は山本栞奈です」
「今後、このアプリを活用して、自分の将来が楽しみになりそうです」
聞こえてきたのは、栞奈さんの声をAIが合成した音声です。
(山本栞奈さん)
「すごく自然じゃないですか! 違和感なく聞くことができて、恥ずかしさというより感動がすごかった。親から授かった命と声なのでこの1つしかないものを大事にしていきたいなと思った」
(アプリの音声)
「この度は約1年間、このプロジェクトにご協力いただきありがとうございました」
アプリを使って開発への感謝を伝えた栞奈さん。
終始、アプリから聞こえてくる音声に驚いたような表情をみせていました。
アプリ開発に込められた思いは
アプリの開発をした東京のIT企業、「サイバーエージェント」によりますと、このアプリは栞奈さんのため、特別に開発されました。栞奈さんの声のデータをもとに、入力された文章をAIが解析して、栞奈さんが話しているかのような声の高さやアクセントで読み上げるということです。
「Heart Melody」(ハート メロディ)というアプリの名前は、「心の中にある思いをメロディーのように伝えられるように」と名付けたということです。
アプリでは、ふだん親しい人と話しているような「雑談風」と公の場で話すような「アナウンス風」の2つの話し方を使い分けることもできるということです。また、オフラインでも使用することができるよう工夫したということです。
(アプリの開発に携わった 門倉晴美さん)
「社会福祉の分野で初めて、弊社がもつAI技術で貢献させて頂いたことは非常にアグレッシブな経験になりました。栞奈さんの体調しだいで声を出すよりも指を動かす方が楽だという場面で、そのすてきな声を届ける一助になったらいいなと思います」
また、障害者支援を行う合志市の企業、「ハッピーブレイン」の代表で、栞奈さんのサポートを続けている池田竜太さんは、アプリの音声を聞いて次のように話しました。
(栞奈さんの支援を続ける 池田竜太さん)
「かんなちゃんの声だなと思った。このような技術がもっともっと進化してほしいなっていうふうに思います」
声を失ったとしても
栞奈さんはいつか気管切開の手術を受けて声を失ったとしても、アプリを使って、”自分の声”で思いを伝えていきたいと考えています。
(山本栞奈さん)
「やっぱり声を残せてよかったなって思います。私は話すことと笑うことがとりえと言っていいぐらいなので、つらいこともたくさんあると思うんですけど、きょうよりあした、ひとつでも笑うことができたらいいなと思っています」
栞奈さんは、この1年で体調を崩して入院したこともありましたが、大学での勉強に励みながら、来年には社会福祉士の国家試験に挑戦したいと話していました。