首都圏ネットワーク
- 2024年9月18日
虎に翼 脚本家 吉田恵里香さんインタビュー “はて”にこめたメッセージ「働く人をケアする人も描きたかった」理由とは
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連続テレビ小説『虎に翼』の脚本家、吉田恵里香さんにインタビュー。
寅子の口癖“はて”に込めたメッセージとは?
「間違える主人公」や「働く人をケアする人」を描きたかったという吉田さん。その理由とは?
終盤の見どころについてもうかがいました。
(聞き手 寺門亜衣子アナウンサー)
これまでのドラマの映像を交えながら、吉田さんのインタビューを配信します↓
“はて”に込めたメッセージ
『虎に翼』は、日本初の女性弁護士となり、戦後、裁判官にもなった三淵嘉子さんの実話に基づくオリジナルストーリーです。
主人公の寅子(ともこ)は、男性優位の時代に、法曹の世界で道なき道を切り開いていきます。
寅子が疑問を感じたとき、また、社会の理不尽に直面したときに口にする「はて?」ということばに、現代社会を生きる視聴者から共感の声があがりました。
―寅子が何度もドラマの中で発していた「はて?」。どうして「はて?」ということばにしたのでしょうか?
吉田恵里香さん
「いろんな世の中の疑問を主人公が話すときに、『私は疑問を持っています、対話しましょう』となることばが欲しいと思いました。
あまり強すぎることば、『あなたは間違っています』という印象を与えることばだと、けんかになってしまったり、そこで終わったりしてしまう。
そうならず、『私は納得してないけど、会話をしたいです』というサインとして考えた言葉が『はて?』でした」
―絶妙なニュアンスですよね。吉田さんも心の中で思ったことはあるのでしょうか?
「ふだんは使わないですけど、でもなにかいいことばが、短いことばがあるといいなと思ったので考えました。
そういえば、うちの祖母や祖父など、年配の人は結構『はて?なんとか…』みたいな言い回しをする人が私の周りは多かったです。『うちのおばあちゃんも前に言っていた』という意見もありました。
三淵さんの時代にもあって、今も変にノイズにならないものを選びたかったということがあります」
―今の世代の人たちに共感を呼んでいるのは、なぜだと思いますか。
「なぜなのでしょうかね、ありがたかったですよ。法律を題材にしているので、どこまで受け入れられるか、最初は不安だったんです。
結構、若い年代の方に見ていただいているというのを聞いて、みんなやっぱり『はて?』というか、世の中の生きづらさを感じている人が多いのかなと思いました。ありがたいけど、ちょっと悲しくもありますね」
―ドラマの最初の方に出てくる「はて?」は、今から見るとどう考えても、本当にこんなことがあったの?という驚きがありました。
でも時代が進んでくるにつれて「あれ、この状況は今と変わっていない」と感じることが増えてきました。吉田さんはどのような意識で書いていましたか?
「おっしゃる通り、寅子が学生時代のときや戦前は、どちらかというと、もうほぼ解決している問題の『はて?』でした。女性には選挙権がない、弁護士になれない、といった誰が見ても間違っている、分かりやすい差別や問題を扱っていました。
でも、だんだん現代に近づくにつれて、分かりにくい差別や分かりにくい問題を扱っていこうというのは決めていました。それに対しても『はて?』と言っていいし、主張していいというメッセージで作っています。割と明確な作り分けはあるかもしれません」
―ドラマについて周りの女性と話すと、先輩が「出産したときに寅子と同じようなことを言われた」というので、結構私もびっくりすることがありました。
「寅子は私たちの周りにたくさんいるんだ」ということを私は感じたのですが、吉田さんも周りの声や、ご自身の「はて?」を物語に投影していますか?
吉田さん
「自分自身も学生のときからこの仕事をしていて、嫌な思いや、男女の差みたいなものを感じることがあったので、そうした思いはあります。
寅子の時代を振り返ってみると、当時働いていた女性の立場は、全部自分ごとにつながってくることばかりだったので、歴史の一コマとか他人ごとではなく、書き続けていますね。実体験はあまりないのですが、でも自分に置き換えられることばかりというか。
10年前、20年前、30年前、40年前、それより前の現役で働いていた女性、もしくは働いていなくても何か虐げられていた女性の気持ちというのは、悲しいけど分かってしまうというか、地続きだなと思って書いています」
“一人一人が主語になる世の中を描いた”
寅子は、妊娠して一度は弁護士の道を断念しますが、戦後の日本国憲法に希望を見出し、再び法曹の世界に戻ります。
育児休業制度などが整っておらず、女性が出産後もキャリアを継続することが今よりもさらに困難だった時代。寅子が後輩のために、働く環境を改善しようと声を上げる姿も描かれました。
―私も今、子育てをしながら仕事をしていて、本当に周りの人に支えられていて、迷惑をかけてしまう場面もたくさんある中で、「はて?」と思うことがあっても、それを声に出すことに罪悪感を持ってしまいます。だからこそ、すごく寅子がまぶしかったです。
吉田さん
「罪悪感は持たなくていいと思いますよ。寅子はいろんな意味で恵まれているし、環境が整っているからこそ言えることはあると思うんです。誰かに、当然のようにケアをやらせるのはダメだけど、結果的に社会全体が良くなることだから」
―吉田さんも子育てをしながら脚本を書かれていますよね。
「本当に家族にケアをされて、家族の助けなしでは書けなかったし、息子がいるので、すごく現場の方にも配慮していただいて感謝しています。
ただ、それを申し訳ないとか、『これをやってもらったから、私はもうこれ以上は要求しません』となると、これからの人たちが本当に苦しくなってしまう。感謝はするけれど、苦しくならない方がいいなと私は思っています」
―寅子が「全ては手に入らないものよ」と言われるシーンがありましたが、あれは私も、今の自分に重ねて結構ドキッとしました。仕事も子育てもというのは、今の時代でもぜいたくなのかなと考えてしまいました。
「ぜいたくではないですけど、それが選べる世の中になればと思います。私自身も『子どもを産んだら仕事は第一線じゃなくて、子どものためにちょっとセーブしては』と言われたことがあります。
それは自分が納得していればいいと思うのですが、でも自分でそれを選べないのはしんどいですよね。全員がそうするのではなくて、ちゃんと選択肢が増えて、それも男女共に平等に、不利益がないようになればいいと思います。
産みたい人が産めて、産みたくない人は産まなくていいということが選択できる世の中にしたいという気持ちもすごく強いです。
主語が女とか男ではなくて、『誰々さんはこう生きる』といった、一人一人が主語になる世の中がいいなぁとは思って、それは虎に翼でも描いているつもりです」
“働く人をケアする人も描きたい”
『虎に翼』では、仕事にまい進する寅子だけでなく、寅子の兄の妻・花江が、専業主婦として家事や育児を担い、家族を支える場面が何度も登場します。
―寅子と花江は、一見、正反対のタイプなのかなと思うのですが、このドラマで花江にも光を当てたのはどのような思いからだったのでしょうか?
吉田さん
「ありがたいことに朝ドラのオファーが来たときに、偉人伝のような、すごくキラキラした女性を描きたくないという気持ちがありました。自分の立場だけでしゃべる人は嫌だなと思っていたので、ちゃんと間違える主人公が描きたかったんです。
寅子はすごく働いて、仕事や法律に身を捧げた人なので、一方で彼女をケアしてきた専業主婦で、それこそ働きたいと思ったことがない、家族を幸せにする人間になりたいと思っていた花江をきちんと描きたいなと思いました。
朝ドラの中には何かを成し遂げる男性の妻という物語も結構あり、花江がそうなってもおかしくないようにドラマを作ってきたつもりではあります」
―ドラマの感想を周りの人と話すと、寅子を見て「私もあんな風にバリバリ働きたかった」という人もいますし、逆に花江を見て「私もあんな風にもっと家の中で子どもたちと過ごす時間を長く持てたらよかった」という人もいて、みんな自分が選んだ人生「じゃない方の」人生にも重ね合わせて見られる物語だなと感じます。
「そんな風に言っていただいてうれしいです。花江も苦しさとか、いろんな思いもあるし、でも決して弱い女性ではなく、彼女は彼女で戦い続けてきた女性だと思います。
経済的にという意味ではなく、家庭を豊かに、暮らしを良くしていくためには、実はすごく時間がかかります。しかも家事などは誰も褒めてくれず、同じことの繰り返しで、本当に辛いじゃないですか。
だからそれを知る人の大切さをちゃんと描きたかったんです。『花江ちゃんのことが一番好き』とよく言われることがあるのですが、それは花江の生き方に共感する人がいるからですよね。
『働く人が偉い』と考えがちな人も少なくないですが、すごく働いている人がいる以上、絶対にケアする側の人がいて、ケアする人が二軍みたいになってしまうのが嫌だったので、それはすごく気をつけました。
だって一人で生きていくだけでも大変なことなのに、そこに家族のケアが関わったら、もう、とてつもなく本当は大変なことです。その立場でそれを誇りに思えたり、やりがいを感じたりできるようになるには、家族の敬意やリスペクトが必要だと思います」
―寅子も、仕事に追われ家族を顧みなくなっていると指摘されたことがありましたね。
「人って余裕がなくなると、あのようになりがちだと思うんです。人のことを思いやるためには心の余裕が必要だから。そういう意味で、バリバリ働くなら働くなりに、本当は家族のケアもしなければいけないということが浸透するといいなとは思います」
マイノリティーの苦悩を描いた理由は
ドラマでは、女性だけでなく性的マイノリティー、朝鮮人、障害者、被爆者、性暴力の被害者などさまざまな人の苦悩も描かれました。
―性的マイノリティーや夫婦別姓など、現在も課題が残るテーマをドラマで扱うのは、勇気が必要ではなかったですか?
「私が書く分には勇気は必要なかったですけれど、制作面や演じる側の人がいろんな意見を浴びてしまうと思うので、それをやらせてくれた現場、スタッフの全ての方に感謝しています。
こうしたテーマは、本当に当時からあったことで、令和になってポンと浮かんだことではないんですよね。『今浮かんだことだから議論を後回しにしよう』『まだ議論が進んでいないから、未来の人が選択すること』ということが、この何十年も続いています。
『虎に翼』という作品の中で、少なくともこの時代からずっと存在して、その存在を表に出せない人が今も昔も多いということを言うことが、大事かなと思って書きました。
でも冷静に考えれば、誰も不利益を生まないことへの理解の進まなさと、普通というものの呪縛だと思っているので、それもかぎかっこつきの、『マジョリティ』が決めた『普通』の呪縛だと思っているので、それを解くことをみんなでしていけたらなと思っています」
終盤の見どころ、『虎に翼』の先に描きたいことは…
―吉田さんにとって『虎に翼』はどのような作品になりましたか?
吉田さん
「今は大満足です。本当にやりきったし、もっと書いていたかったと思っています。寅子の物語を書き続けたいなと思うくらい大好きで、演者さんもスタッフも、本当に全てに恵まれた現場でした。
この先、別の作品を書いても、自分にとって『虎に翼』を書いたということが寄りどころになるのかなと思っています。そういう意味で今の段階の私としては100を出し切りました。
ただ、これが最高値になるのは嫌だから、頑張って成長して、1年後、2年後に振り返ったときに、あの部分はちょっとダメだったなと思える人間になっていたいなとは思います」
―次はこんな作品を描いてみたいとか、こんなテーマを書きたいというのはありますか?
「あります、いろいろ。『虎に翼』はあくまでも寅子の物語なので、尺が割けなかった問題もちゃんと描きたいなという気持ちはあります。
また、これまでは若い人が主役の作品が多く、ハツラツと楽しいのですが、年を重ねた、いわゆる中年女性と言われる人、スーパーウーマンではなく、医者でも弁護士でもない女性の物語を描けたらいいなと思っています」
―ぜひ見たいです。『虎に翼』のスピンオフも見たいです。
「私もやりたいです。誰か偉い人に話してください(笑)」
―ドラマは最終盤になりました。このあともまだ物語は大きく動いていきますか?
吉田さん
「そうですね、結構それが『虎に翼』らしいなと思ったのですが、やりたいことをギュッギュッと入れてきた作品なので、最後までギュッギュッギュッの作品ではあります。
まだ動きはあるので、最後までぜひ見届けていただけたらと思います。多分、最初から見ている人は、『ここに来たのか』と思ってもらえるかな」
―あと1週間余り、視聴者の皆さんに物語の最後をどんな気持ちで見届けてもらいたいですか?
「それは、見た人に決めてもらいたいです。ポジティブな感想でなくてもいいと思っていて、何が気に入らなかったのか、何が良かったのかなどを、考えたり誰かと話したりしてもらえるのが一番です。
寅子の選択や、彼女が歩いてきた道を、一緒に『あ、こんなこともあったな』とか『この話はここにつながっていくんだな』と思いながら見てもらえるといいなと。本当に最後までギューっと詰まっているので、最終回まで楽しんでもらえたらうれしいです」
これまでのドラマの映像を交えながら、吉田さんのインタビューを配信します↓
「虎に翼」放送予定
総合【毎週月曜~土曜】 午前8時~8時15分 *土曜は1週間を振り返ります
NHK BS【毎週月曜~金曜】午前7時30分~7時45分
プレミアム4K【毎週月曜~金曜】午前7時30分~7時45分
(再放送)
総合【毎週月曜~土曜】 午後0時45分~1時 *土曜は1週間を振り返ります
総合【翌・月曜】 午前4時45分~5時 *翌・月曜は、土曜版の再放送です
NHK BS【毎週土曜】 午前8時15分~9時30分 *月曜~金曜分を一挙放送
プレミアム4K【毎週土曜】 午前10時15分~11時30分 *月曜~金曜分を一挙放送