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M&Aの法務のポイントを弁護士がわかりやすく解説

松岡 寛

著者

松岡寛

日本M&Aセンター コンプライアンス統括部/弁護士

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更新日:
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M&Aにおける法務の必要性とは?

M&Aの実行に当たってはビジネス・財務・法務、すべての観点が欠かせません。ビジネスの観点については、M&A戦略を描く買い手の経営陣が得意とするところです。そして財務的観点は、多くの中小企業において決算書等の数字を中心に確認されます。

これらの2つに加え重要になるのが「法務的観点」です。

そもそもM&A自体、 会社法等の様々な法令を適用して行われる手続 です。法令上求められる手続を知ることで、ビジネスにあわせたスケジュールや、スキームを検討することが可能になります。例えば「株式譲渡」でM&Aを行う場合、 対価を払う対象は「株式」という目に見えない権利になります。対価を支払う前提となる「株式」の帰属の確認は、会社法をふまえた法務的観点からの確認になります。

事業における法令遵守はM&Aに限られたものではありませんが、特にM&Aの実行においては、クロージングを境に売り手と買い手のリスク負担の検討が生じます。

また、クロージング後に違法行為が判明すると、買い手グループ全体に影響を及ぼす可能性があります。そこで、 M&Aにおける論点をあらかじめ把握し、リスクに応じてその低減(軽減)・回避・移転を検討する ことが法務的観点になります。
それでは、具体的なプロセスごとに見てまいりましょう。

この記事のポイント

  • M&Aにおける法務は、企業のリスクを把握し、適切な取引条件を設定するために不可欠で、法務デューデリジェンスを通じて潜在的な問題を洗い出す。
  • デューデリジェンスでは、株式の帰属や労務管理、不動産、知的財産権などの法務的論点を確認し、M&A後のトラブルを防ぐことが重要である。
  • 売り手もリスクを明確にし、譲渡前に問題を把握、対処することが重要。円滑なM&A実行のために、事前の準備が成功の鍵となる。

⽬次

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M&Aで法務が必要になる場面とは?

具体的にどのようなM&Aで法務的観点が必要になるのでしょうか。主な場面をそれぞれご紹介します。

基本合意書の締結

トップ面談を経て、売り手と買い手の両者が交渉に入る前に、秘密保持義務や独占交渉権等の取り決めの検討が行われます。

それぞれの条項の法的効力を把握し、きちんと理解しておく必要があります。

デューデリジェンス(買収監査)

買い手企業が、弁護士、公認会計士など専門家の協力を得ながら行うデューデリジェンス(買収監査)の調査範囲には、財務、法務、事業、税務などがあり、 対象企業の事業に関する適法性の調査 は、法務デューデリジェンスと呼ばれます。

その範囲は案件ごとに異なりますが 「株式の帰属」、「過去の違法行為や訴訟事案」の確認、「必要な許認可が完備されているか」 などが確認されます。不動産がある場合には、不動産鑑定士等の不動産の専門家を入れて行われる場合もあります。

契約書交渉段階

上記の法務デューデリジェンスにより判明した法務論点について 、「株価として交渉するか」、「契約書上で補償条項の対象とするか」、 あるいは「クロージングまでに是正させるか」といった検討が行われます。

当事者である売り手や買い手が、あらかじめ法務リスクの大小、 是正の可否を知っておくことで、これらの対応方法を選択する際に役立ちます。

M&Aにおける法務アドバイザーの役割

M&Aの方針を最終的に判断するのは当事者である売り手(譲渡オーナー)と買い手企業です。

もっとも、それぞれの当事者の顧問弁護士は、専門的な観点から将来のリスクを指摘し、それぞれの顧客の観点から対応方法を助言します。また、相手方の弁護士の作成した複雑な契約条件の意味を把握するための助言も行います。

M&A案件ごとに法務リスクは異なり、同業であってもM&Aに特有の法務論点や、自社とは異なる論点を抱えている場合があります。

経営者が先のリスクを予見してよりよい判断を行うためには、外部の法務アドバイザーの助言が必要です。またM&Aの局面であらかじめ専門家に相談しておくことで、継続的にその後も相談しやすくなるというメリットもあります。

日本M&AセンターはM&Aに精通した弁護士・公認会計士・税理士など士業の専門家を含めた盤石の体制で安全・安心のM&Aをサポート致します。詳しくはコンサルタントまでお問合せください。

M&Aにおける法務的な論点①「株式」

続いて、M&Aにおける法務的な論点について「株式」「労務」「不動産」「知的財産」の視点でそれぞれ見ていきましょう。

「株式の帰属」の確認

株式は目に見えない権利です。通常は株主名簿により確認されますが、 中小企業においては 株主名簿が整備されていないことも少なくありません

そのような場合、売主が株主かどうかの確認は、 「株式という権利が発生した時点から、現在までの権利の流れ」 を 追跡する方法によります。

例えば、法務デューデリジェンス においては設立時の発起人をスタート地点に

・その後の株式の発行が、有効になされているか

・株式の 譲渡による移転や相続による承継などが、有効に行われているか

などについて確認が行われます。 この場合、調査の対象として以下のような資料が挙げられます。


** 調査対象書類の一例**
- 原始定款
- 過去の株主総会議事録
- 取締役会議事録
- 株主名簿
- 遺産分割協議書・遺言書等(株式を相続している場合)
- 株式譲渡契約等の書類(株式を取得している場合)

株券が存在する場合は、株券自体が変遷を追う資料の一つになりえます。

ただ、特に歴史の長い企業では設立時からのすべての資料が残っていることは稀であり、法務デューデリジェンス の時間やコストも限られます。特に議決権割合の大きい株式や、第三者の保有していた株式、直近での承継を優先しながら確認されるケースが多く見られます。

株券発行会社か、不発行会社か

会社法上、株式会社は「株券発行会社」と「株券不発行会社」に分かれます。

上場企業については、株券等が廃止され、ペーパーレスの振替株式によることが法律で定められているため、株券不発行会社のみですが、中小企業には株券発行会社と株券不発行会社の両方が存在します。

特に2006年5月の会社法施行までは、株券発行会社が原則であったため、 歴史の長い会社には株券発行会社が多く見られます。

なお、このとき、注意が必要なのは、 株券発行会社は実際に株券を発行しているかどうかではなく、「定款上株券を発行する定めがあるかどうか」によって決定される ということです。

実務上、次の①、②、③のパターンが存在します。

会社法上の「株券発行会社」 会社法上の「株券不発行会社」
現在株券を発行している会社
株券を発行していない会社

*会社法上の株券発行会社の場合は、株式譲渡に際し、原則株券の交付が必要になります。

株券の所在の確認

株券を占有している人が、「その株券に係る株式についての権利を適法に有している」と推定されます(会社法130条)。

会社法上、中小企業において株券が見当たらない場合、見当たらない理由としては大きく2つ考えられます。

1つは「 そもそも株券が発行されていない 」という場合です(身内以外に譲渡する場合のみ発行されていることもあります)。

もう1つは「 過去に発行されたけれども、紛失している 」という場合です。

株券の一部が紛失していると、株券を交付して行う 「株式譲渡の実行が有効に行えない」 だけでなく、第三者が保有していた場合には、その「 第三者から株主としての権利を主張される 」可能性があります。

対象企業の株券が見当たらない場合、法務デューデリジェンス で 未発行と紛失のどちらかが原因なのか 調査が必要になります。

M&Aにおける法務的な論点②労務

上場企業に比べると、労務管理が十分に行われていない中小企業のケースは少なくありません。

労務関連の法務デューデリジェンスは「M&Aの条件に影響する潜在債務を把握」する目的だけでなく、今後グループ会社として経営していくにあたり、必要な論点の把握や整備のためにも重要になります。

実務上は、次のように多岐にわたる論点について確認が行われます。

- 法令を遵守しているか(必要な協定や36協定等の届出等の手続が行われ、必要な社会保険に加入しているか)
- 労働時間の管理が 適切に行われているか
- 未払の賃金がないか
- 外注先が実質的な従業員に当たらないか
- ビザの必要な従業員のビザが有効か
- 労災等の事故や問題などが起こっていないか)

潜在債務の確認

上記の中でも 特に 「退職金」や「未払い賃金」については、 その額が株式条件に影響する ため、法務デューデリジェンスにおいて論点になりやすい点です。

退職金については、退職金規程が存在するのに規程通りに支給されていなかったり、あるいは退職金規程がないのに支払実績のみがあったりする場合、将来的に対象企業が負担する退職金額が論点になることがあります。

また、未払賃金については、デューデリジェンスで消滅時効を考慮した請求額を把握された上で、「価格に織り込む」のか、「補償条項とする」のか、条件交渉が行われます。

一定の期間内に従業員から請求された部分については「対象企業である売り手側が負担する」という内容の補償条項が合意されるケースも多くみられます。

M&Aにおける法務的な論点③不動産

対象企業の不動産に関する論点

中小企業においては、 不動産がその企業価値の重要な部分を占め、かつ保有している不動産が「事業活動における唯一または主要な拠点」である というケースが多くみられます。
例えば、製造業で本社兼工場が機能しており、当該不動産がないと事業が立ち行かなくなるという場合、リスクに注意が必要です。

では、具体的にどのようなケースで不動産の利用継続にリスクが生じるか、それぞれ詳しく見ていきましょう。

「違法建築」の場合

国民の生命、健康、財産を守るために、建築基準法(昭和二十五年法律第二百一号)は、建築物について、地震や火災などに対する安全性、並びに建築物の敷地及び周囲の環境などに関する必要な基準を定めています。この基準に違反すれば、対象企業が行政から措置命令を受ける可能性があり、最悪の場合、建物の「除却」や「移転」を命じられてしまうことも考えられます。

建物が違法建築のケースにおいて、その原因は様々です。
比較的よく見られる原因として、建築当初は適法であったものの、事後的に所有者により建築基準法上の基準に適合しない増築がなされ、結果として建物全体が違法建築となってしまう場合があります。
最悪の場合、建物の「除却」や「移転」を命じられると、 高額な費用を要するとともに、拠点を失うことにより対象企業の事業継続も危ぶまれる ことから、買い手にとって極めて深刻なリスクとなります。

「市街化調整区域」の場合

「都市地域の健全な発展と秩序ある整備を図る」ことを目的として、都市計画法(昭和四十三年法律第百号)は市街化区域と市街化調整区域の区分(いわゆる“線引き制度”)、地域・地区及び都市施設の決定、並びに開発許可制度について定めています。

そして、市街化調整区域では、原則として、開発許可または建築許可を受けなければ建築行為等を行うことができません。
許可を受けずに建築物を建築した場合、行政から是正勧告や呼び出しを受け、最悪の場合、最終的には建物の「除却命令」を受ける恐れがあります。
建物の「除却」にかかる対象企業のリスクは上記のとおり極めて深刻なものです。

「農地」の場合

農地法(昭和二十七年法律第二百二十九号)は、国内の農業生産の基盤である農地が有限かつ貴重な資源であることに鑑み、農地を農地以外のものにすることを規制するとともに、農地についての権利取得の促進等の措置を講ずることにより耕作者の地位の安定と国内の農業生産の増大を図り、国民に対する食料の安定供給の確保に資することを目的とします。

そして、農地を農地以外に転用しようとする場合、市街化区域内では農業委員会への届出が、市街化調整区域では都道府県知事等の許可を受ける必要があります(農地法第4条)。

これに違反して農地を転用した場合、当該転用行為は農地法違反となり、最悪の場合、行政から「原状回復命令」が出される可能性があります。

また、罰則も規定されており、3年以下の懲役や300万円以下(法人に対しては1億円以下)の罰金が科せられる可能性が理論上あります。「原状回復命令」の中身は上記「除却命令」とその実質は同じであり、対象企業のリスクは上記のとおり極めて深刻なものです

上記は不動産にまつわる論点のほんの一部であり、実際にはM&Aの成立を阻害するような論点が不動産にはいくつもあります。

M&Aは一度実行すると基本的に解除を認めない、というのがスタンダードであるため、譲渡後に対象企業が不動産トラブルを抱えると買い手側として取り返しがつかないことになりかねません。
そこで、買い手としては外部の弁護士・不動産鑑定士等の専門家を入れて不動産についてもしっかり法務デューデリジェンス を実施することが必要になります。

M&Aにおける法務的な論点④知的財産権

価値としての知的財産

知的財産とは、発明、創作、標章といった知的創作物を指します。

知的財産権は、これら知的財産のうち一定の要件を満たしたものについて、排他的な権限を与えることによってその財産的な価値と創作へのインセンティブを保護することを目的とした権利の総称です。
主要なものとして特許権、著作権、商標権といったものがあります。

対象企業の事業に関してコアとなる知的財産権が存在する場合、または対象企業の事業を超えて、第三者に対して利用を許諾することでマネタイズが可能となる知的財産権が存在する場合、この知的財産権の価値を正確に把握して条件交渉をしたいと考えるM&Aの当事者がほとんどでしょう。

多くのケースでは売り手側が知的財産権の価値を主張し、買い手側はこれを確認するため、必要に応じて知財デューデリジェンスを実施します。

しかし、実際のところ中小企業M&Aで本格的な知財デューデリジェンスが実施されることはほとんどありません。

一方で、最近はAIやそれを支える技術であるディープラーニングが脚光を浴びており、知的財産の評価が一層難しくなってきているという現状があります。

リスクとしての知的財産権

上記のように保有している知的財産の価値が積極的に評価される一方で、「必要な知的財産権を保有していない」あるいは「権利者からライセンスを受けていない」ケースや、保有していたとしても「対象企業の取り扱う商品が、第三者が保有する別の知的財産権を侵害している恐れがある」場合には、買い手としてはあらかじめリスクを洗い出す必要に迫られます。

中小企業M&Aにおいて、対象企業に深刻な知的財産リスクが存在するケースは多く見られませんが、例えば、創業者である株主兼代表取締役が事業における研究開発を現場で主導しているというケースがしばしばあります。

その場合、開発された成果物にかかる権利(著作権や特許を受ける権利など)が、 対象企業ではなく当該株主兼代表取締役に帰属しているのではないか という点が論点になることがあります。

買い手としては、将来かかる権利がネックとなり、対象企業の事業活動の障害になってしまう事態を避けなければいけません。

そのため、当該権利を対象企業に譲渡させ、譲渡不可能な権利については当該権利者に放棄させるなどの対策を講じる場合があります。

買い手が意識しておくべきポイント

以上の法務的な論点は、あくまで対象企業に存在する可能性のあるリスクの一部にすぎません。

買い手の立場からは、適切な取引条件を設定するために、またM&A後の両社の統合手続き(PMI)をトラブルなく進めていくためにも、法務デューデリジェンスを実施して対象企業のリスクを洗い出し、譲渡前に必ず対処しておくべき論点及び必要になる対応の詳細など慎重に分析する必要があります。

売り手が意識しておくべきポイント

法務デューデリジェンス が実施され、自社の問題点が露見するのは、売り手にとって必ずしも気持ちのいいものではありません。

しかし、M&Aが実行されると対象企業の経営権は買い手に移りますので、早晩そういったリスクは相手側の認識するところになります。

譲渡後にこういった事実が発覚した場合に売り手としては、買い手が被った費用及び損害を賠償・補償することになってしまいます。こういった状況を回避するために、譲渡前のデューデリジェンス の時点ですべての論点をテーブルに上げたうえで、M&Aのディールを降りる選択肢を持って買い手と条件交渉に臨んだほうが、売り手にとってよりスムーズな形でM&Aを実行できる可能性が高まります。

日本M&AセンターはM&Aに精通した弁護士・公認会計士・税理士など士業の専門家を含めた盤石の体制で安全・安心のM&Aをサポート致します。詳しくはコンサルタントまでお問合せください。

著者

松岡 寛

松岡まつおか ひろし

日本M&Aセンター コンプライアンス統括部/弁護士

2012年弁護士登録。2012年から事業会社の知的財産部、法務部にて国内外の法務案件に企業内弁護士として従事。2019年より日本M&Aセンターに入社し、株式譲渡、事業譲渡、組織再編、クロスボーダーM&Aといった案件でM&Aコンサルタントを法務面からサポートしている。

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