数多くの木造建築を手がける、日本を代表する建築家・隈研吾。国立競技場では軒庇に47都道府県から調達した木材を使用するなど、日本各地の木をよく知る建築家だ。
長年木という素材に向き合ってきた彼が注目したのが、和歌山県産の「アカネ材」という木材。“虫喰い”という欠点に美を見出し、椅子2基をデザイン。その名は「AKANE」と名付けられ、本日10月10日にリリースされた。その製作背景や和歌山という土地の魅力、地方の可能性などついて話を訊いた。
捨てられていたアカネ材に着目
――「スギノアカネトラカミキリ」という虫の幼虫に食べられた、虫食いの跡が残るアカネ材にはどのような経緯で出合ったのでしょうか?
「コロナ禍をきっかけに働き方を見直し、全国にサテライトオフィスを設けたいと考えるようになりました。有田市有和中学校の校舎の設計もあって和歌山へ頻繁に足を運ぶなかで、2022年に和歌山県からお声がけをいただき、地方創生に関する包括連携協定を締結し、2023年には北海道、沖縄に次ぐ3ヶ所目の拠点として、和歌山市内に新オフィスを開設しました。和歌山は県土の約8割を森林が占め、林業が盛んで、私たちの仕事とも非常に相性がいい。拠点ができたおかげでさまざまな情報が集まるようになり、そのなかのひとつがアカネ材の情報でした。国立競技場では47都道府県の杉(沖縄はリュウキュウマツ)を使い、杉のことは知っていたつもりでしたが、アカネ材のことは初めて知りました」
――アカネ材はどのような特徴があるのでしょうか? 初めて見た時の印象はいかがでしたか?
「和歌山は南紀熊野ジオパークで知られるように地形や巨岩、奇岩など独特の景観を形成し、地質学的に特別な場所で、その地質が木にも現れているんです。温暖湿潤な気候から、和歌山の杉は他の地域に比べて強度や耐久性に優れています。杉の木目は赤身(木の芯に近く色が濃い部分)と白太(外側の色が薄い部分)がありますが、和歌山の杉は赤身が強く、和歌山らしいエネルギーを感じる。スギノアカネトラカミキリの幼虫は枝から入ってきて赤身や節の辺りを食べるのですが、いい感じに食べてくれていて、その食べた跡が面白い形をしているんですよ。虫に食べられていても強度や耐久性に問題はないのですが、これまで欠陥材として廃棄されていました。捨てていたものを活用できれば、価値を何倍にも増やすことができる。環境問題に対して一石を投じ、サステナビリティを象徴するような家具をつくりたいと考えました」
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欠点をあえて見せる逆転の発想
――アカネ材の特徴を活かして、どのように2基の椅子をデザインされたのですか?
「欠点と捉えられていた虫喰いに美を見出し、紀州らしい大らかな美意識を表現できないだろうかと考えました。虫喰いをあえて見せる、それも一番目立つところに使おうと。今年5月にパリで開催された『パリで発信!和歌山の魅力∞』で椅子を発表することが決まっていたので、講演会の対談で座れるよう椅子2基をデザインしました。虫喰いを見せるため削ぎ落としたミニマルに仕上げ、ひとつは座面と側板に使って“面”を、もうひとつは座面とカーブする背板に使って“線”を強調した対照的なデザインにしています」
――“面”の椅子はまるでボックスのようであり、もう一方の“線”の椅子は3本脚が特徴のアームチェアですね。
「なんだか3本足は神様に近いような感じがするんです。日本神話に登場する神の使いの八咫烏(やたがらす)も3本足ですし、3本足は神様の世界、4本足になると人間や動物の世界。和歌山は高野山や熊野古道、那智滝などのスピリチュアルな場所がたくさんあり、和歌山という特別な場所を表現できると思いました。椅子は小さな建築ですが、僕は建築よりも椅子の方が宇宙を感じられる存在だと思っているんですよ」
――パリの講演会では、現地の反応はいかがでしたか?
「反響は非常に大きく、しばらく販売は予定していなかったのですが、実物を見た多くの人たちが『すぐにでもほしい』と。いま、ヨーロッパの感度の高い人たちは、東京や京都といった一般的な観光地ではない、日本の地方に関心を向けています。今回の講演会を通して、独特な景観や歴史をもち、スピリチュアルな聖地がある和歌山に多くの人が惹かれているなと感じました」
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木の魅力と今後の展望について
――アカネ材だけでなく、これまでさまざまな木材に触れられてきたかと思います。改めて木の魅力は何でしょうか?
「人の顔が一人ひとり違うように、木も一つひとつが違うということです。地域差もあれば個体差もあり、時間と共に変化もしていきます。それは均質な工業製品にはないものです。一つひとつが違うので、製作は最終的に手づくりになるわけですが、それが人の感性に訴えてくるのだと思います」
――これまでさまざまな地方でお仕事をされていますが、今後、地方が活性化していくためには何が必要だと思いますか?
「その場所らしさを発見することだと思います。それには僕のような人間が必要で、第三者が介在することで刺激され、地元の人たちも良さに気づくことができる。和歌山のように、その場所らしさを世界に発信すれば、世界の人々の感性に響くのではないでしょうか。そんな現象が日本各地で起こるのではないかと期待しています」
――今後、取り組んでみたいことを教えてください。
「アカネ材のように、地元の人が気づいていないものの中に面白いものがまだまだ眠っていると思います。それを掘り起こしていきたいですね。それは、東京から時々通うのではなくて、その場所にある程度滞在して、交流が生まれるなかで発見できるものだと思っています」
AKANE