Research Digest (DPワンポイント解説)

幸福感と自己決定―日本における実証研究

解説者 西村 和雄 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0126
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国連の世界幸福度報告書によると、日本は幸福度および「人生の選択の自由」が低い傾向にある。西村和雄RIETIファカルティフェローはこれまで人的資本の蓄積という観点から、学校教育で得られた認知能力と家庭教育で培われた非認知能力が、個人の将来や労働市場での生産性に与える影響について分析してきた。今回は新たに、幸福感を決定する変数として自己決定に注目し、2万人の日本人を対象に調査を実施。心理的幸福感と主観的幸福感の両方を測定して比較し、その差が少ないことを確認したうえで厳密な計量分析を行った。その結果、自己決定度の高い人の方が、幸福度が高いということが判明した。

研究の概要

――今回の研究に取り組まれたきっかけについてお話しください。

以前から人的資本の蓄積という観点で、研究プロジェクトを続けてきました。例えば人的資本の経済成長への貢献について、数理経済学の論文、特に経済成長の数理的モデルを使って分析してきました。他にも学校教育の人的資本への効果について、家庭教育、それから人生についてどう考えるかというところまで問題を広げて研究しています。

今回の「幸福感と自己決定」という研究は、これまでの研究の延長線上にあるものです。数理経済学では、人的資本(h)がどのようにイノベーションを促すか、経済成長を加速させるか、あるいはそのような働きをスタートさせるのかという分析をするのですが、それはhでしかありません。具体的にそのhが何なのかということになると、数理的モデルだけでは表しきれないところがあります。

人的資本の蓄積、すなわちhの蓄積というのは、教育によるものです。単に教育の期間について調査をして、国によってそれがどのように違うかという研究はよくありますが、学校教育の中身について調査をして、それがどれだけ人的資本に貢献しているかという研究はあまりされていません。そこで、私たちは、RIETIの2012年、2013年、2017年のディスカッション・ペーパーで、教育の中身とその生産性の効果ということを調査しました。これらの学校教育の研究では、教育政策や教育改革が、人材育成にどういう変化を与えたかということを分析しました。

さらに人的資本には、非認知的能力も含まれるので、家庭教育によっても人的資本が蓄積されます。次に、非認知的能力を分析するために、家庭教育との関連を分析しました。2014年のディスカッション・ペーパー「基本的モラルと社会的成功」(DP No.14-J-011)は、幼児期になされた基本的モラルの躾が、その個人の将来の成功にどのように関係するかという研究です。それから2015年には子育ての在り方と成人後の労働市場での評価との関係(DP No.15-J-018「子育ての方法と労働市場の評価-日本における実証研究-」)、2016年には子育てと幸福感、所得形成など(DP No. 16-J-048「子育てのあり方と倫理観、幸福感、所得形成-日本における実証研究-」)を分析しました。

それらは人的資本の蓄積の在り方という点で、すべて共通しています。その中でも特に、家庭教育に関係した基本的モラルや子育てから、後述する自己決定と関係のある自立や自立を促すということが重要であるということが分かりました。今までは幼児期の子育て、その後の子育てによる貢献に着目していましたが、今回は幸福感そのものを中心に置いて、幸福感は一体何で決まっているかということを分析しました。

――なぜ幸福感と自己決定に着目したのでしょうか。

幸福感について、幸福はお金や学歴では買えないといわれます。では、何によって幸福感が得られるのかということについては疑問のままでした。健康や人間関係はもちろん重要ですが、それ以外に所得や学歴と並ぶものがあるとすれば、それは何かと考えました。これは、「幸福はお金や学歴では買えない」と聞いたとき、恐らく誰もが思うことだと思います。ただ、過去の研究に沿って幸福感の研究をするだけでなく、人的資本に関するこれまでの研究プロジェクトの延長線として幸福感を分析したいと思いました。

私たちは、子育て型の研究から、自立を促すことが幸福感を高めるという結果を得ていましたので、今度は子育てを通じてではなく、直接日本人の成人に幸福感を説明するようなものとして、自立と対応するような何かを変数として入れようと考えました。そこで、自己決定を変数として入れることにしたのです。

図1: 主観的幸福感を決定する要因の重要度(標準化係数)
図1: 主観的幸福感を決定する要因の重要度(標準化係数)
図2:自己決定階級別前向き志向と不安感
図2:自己決定階級別前向き志向と不安感

――女性としての観点から、結婚や出産も自己決定によるもので、幸福度を決めるのに大きな要因になるのではないかと考えますが、先生はいかがお考えでしょうか。

私たちの調査では、結婚についても、自分の意思で結婚を決めたかという質問をしました。論文では言及しませんでしたが、進学時に自己決定をしている人は、結婚時も当然自己決定をしているといえます。ただし結婚についての選択を変数として入れると、対象が結婚している人に限られるので、サンプル数が大幅に少なくなってしまいます。そのため、今回は除外しました。すでに質問している変数で十分説明できるので、結婚の選択を説明変数に入れなくても良いということです。

研究の特徴

――本研究では2万人の日本人の調査を実施されましたが、この調査の特徴および調査設計の注意点について教えてください。

例えば大阪大学社会経済研究所の「くらしの好みと満足度パネル調査」では、日本・米国・中国・インドにおいて実施され、国際比較もできる点が特徴でした。国連の報告書と同じく、そもそも幸福感を主観的に点数で表現して測っているのですが、国民性の違いによって答え方は異なります。そのため、その違いに応じた修正をどのようにしたら良いのかということが大きな問題であり、国際間の比較というのは本当にできるのかという疑問がありました。

大阪大学の調査はその点も考慮して広範の調査をされたと思いますし、行動経済学的な質問もたくさん見られます。しかし、われわれには、国民性の比較というのは難しい問題ですし、それによって出てくるバイアスの修正も難しいです。だからそこには立ち入らず、日本人だけで比較しました。では国際間の比較と何が違うかというと、基本的モラルの研究のときから今まで一貫して個人間の比較に注目しています。また国際調査と比較すると、調査費用は少なくて済みます。

自己決定が幸福度を高める

――本研究における、幸福度と自己決定の関係の分析について教えてください。

大学の入学難易度、つまり難関大学を卒業したという学歴は、アジア人を含め日本人にとって重要であると考えられています。しかし、入学難易度を考慮して学歴を調査したところ、主観的幸福感への説明力は統計的に有意ではありませんでした。

一方、世帯年収額と自己決定指標は主観的幸福感に対して有意な説明効果を持ち、さらに自己決定指標の方が強い影響力を持っていました。自己決定は所得や学歴よりも主観的幸福感に、より強い影響を与えているということが分かったのです。そのため、これまではあまり変数として取り上げられませんでしたが、自分で人生の選択をすることが、選んだ行動の動機づけと満足度を高め、幸福度を高めているのではないかと考えています。

――中学卒業後に高校ではなく、自己決定で専門学校などに進んだ人も調査の対象に入っているのでしょうか。

入っています。そういう人たちの自己決定度はとても高いです。大学を難易度別に分けたうち、難易度の低い大学を卒業した人たちよりも、専門学校を卒業した人たちの方が、自己決定度がずっと高いことが分かりました。難易度の高い大学を卒業した人たちが一番高く、その次に中・高卒の人たちの自己決定度が高かったのです。

――日本の自己決定度が周りの国と比較すると低い要因は何でしょうか。

日本の自己決定度が低い理由は、すべてを画一的に規則で縛るか、自由放任かの二者択一になっているからです。他国のように、規則は最小限であとは自由にするという方針はありません。アダム・スミスの言う「自由競争」とはそういうことだと思います。

規則は最小限かつ的確でなくてはなりません。日本ではすべてを規則や法律で決めるか、何も決めないという二者択一になっていて、論争はいつもその2つの間で起きています。規則がないのではなく、最小限の効果的な規則があることが重要です。それが自由競争原理だと思います。

最小限の規則というのは、規範意識です。以前、大阪市では、公立学校の生徒・児童間における暴力件数が全国平均の約3倍と最悪でした。しかし私が顧問になってから規則作りをして、現在では、小学校の例では、全国平均が1,000人当たり4.4人のところ、大阪市は1.0人にまで激減しています。中学校でも同様に減少しています。これは、『学校安心ルール』という最小限の規則、つまり共通の規則をすべての公立小中学校に導入した結果です。これにより、規範意識、つまり自己決定能力が高まったのだと考えます。

――先行研究と比べて今回の研究の新しい点はどこでしょうか。

自己決定度を定義し、それを測ったというところです。また心理的幸福感を測る研究はあるとは思うのですが、そんなに多くはないと思います。主観的幸福感を測る研究が主ですが、それだけだと測った幸福度がどれだけ正確なのかという疑問がどこかに残ります。そのため心理的幸福感を先に測って分析しておいて、同時に測った主観的幸福感と比較してどれだけ主観的幸福感に信頼性があるかというところを確認したうえで実施しています。

結果は心理的幸福感だけでも出せますし、主観的幸福感だけでも出せます。どちらで出しても傾向としては同じだったということです。心理的幸福感というのは、幸福感研究の文献でオックスフォード式の設問というのがあり、すでに幸福感研究の文献の中では確立されているものがあります。それを心理的幸福感と呼んでいるわけです。直接的に「あなたはどれだけ幸福ですか」という質問ではなく、たくさんの質問をしておいて、前向き思考であるか、不安感を持っているかを測ったものです。たくさんの質問から割り出した結果の方が、恐らく信頼性は高いと思われますが、それが主観的幸福感とそれほど変わらなかったということです。

政策的インプリケーションと今後の研究

――この研究から得られた政策的インプリケーションについて、特にどのような点を政策担当者に伝えたいですか。

自己決定度がこの論文の主題になっている以上、それについて政策的インプリケーションを考えるのが良いと思います。いろいろな観点から自己決定というのは非常に重要で、例えば自己決定度の高い人というのがイノベーションや新しいビジネスを立ち上げるとか、そうい

まず自己選択の機会が広がるように規制を緩やかにし、そして自己決定能力の高い人材の養成を促して、イノベーションや新しいビジネスを立ち上げやすくするのです。つまり、環境づくりをするということです。そういう人の幸福感が高いわけですから、幸福感の高い人を育てていくことにもなると思います。

――具体的に、どのような形で幸福度を考慮に入れて政策策定をすべきだとお考えでしょうか。

自己選択の機会を増やすことが大切です。画一的に規制されているという状態は、自己選択の機会がない状態です。そして、人がどうやって個性を発揮できるか、どうやって創造性を発揮できるかを考えなければなりません。人が結果を生み出すのです。

教育を長く調査してきて、いかにその調査結果を実践に生かせられるかを考えています。現在、われわれの目指す教育を大阪市で実践しています。授業改善を進める過程で、生徒が学ぶとともに、教員も学ぶ教育の実践です。最終的には、自学自習が理想です。

創造性は個性に由来します。人はどうやって個性を発揮できるのでしょうか。先生が生徒の方を見て授業をすることは画一的といえます。そうではなく、生徒がもっと個別に学習できるようにしていくと、その結果は大きく異なると思います。そして、個別学習はある意味で自学自習です。それは一方的に教えることとは考え方が違います。どうやって個人の持っている可能性を引き出せるかを考えるのです。行政についても同じことがいえるのではないでしょうか。

数理経済学、教育の経済学、それから今回を含め、これまでの調査の中から、具体的な方法を考え、実践しています。例えば、先の規範意識の養成もその1つです。規範意識の養成は、幼児期の声掛けがどうだったかで決まってきます。その規範意識の養成とその後の学校教育と自己選択とを繋ぐものは、最小限の規則とその一貫性です。

図3:校内暴力発生比率(1000人当り)の推移〈小学校〉
図3:校内暴力発生比率(1000人当り)の推移〈小学校〉

――今後の研究についてお聞かせください。

これまでの人的資本に関する研究の中の、幸福感に関係した家庭教育やモラルの分野の延長線上でいえば、今後はさらに個人による違いについて、もう少し明らかにしていきたいです。

例えば、子どもはそれぞれ違うといわれますが、どのように違い、どうすれば良いのかということになると何も答えがない状態です。もし本当に子どもがそれぞれ違うことを知っていたら、画一的な教育などできないはずなのに現実では行われている。それゆえ、子どもたちが真にどのように違うかということを見ていきたいです。違うということを明らかにしただけでは何にも貢献できないため、どうして違うのか、どのように違うのか、なぜ画一的に扱ってはいけないのかということを明らかにできれば、それは新しい研究になると考えます。

具体的な手法は研究に関わることなので答えられませんが、個人の違いの測り方についても今までの研究とは違うアプローチをしたいと思います。モラルを例に挙げると、それは学校で教えることができるものではありません。子どものときに周囲から繰り返し言われて記憶に残っていることがモラルになっているのです。それをモラルとして調査するという当然のことが、今まではされてきませんでした。自己決定についても同様です。われわれは当たり前だけれど誰も着目していなかった点に目を向けていきます。

解説者紹介

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西村 和雄

ニューヨーク州立大学経済学部客員助教授、南カリフォルニア大学経済学部客員准教授等を経て、2010年より京都大学名誉教授・京都大学経済研究所特任教授。2013年より神戸大学社会科学系教育研究府特命教授。2016年4月より神戸大学社会システムイノベーションセンター特命教授。
最近の主な著作物:Equilibrium, Trade, and Growth; selected Papers of Lionel W. McKenzie(Tapan Mitraと共編)(MIT Press 2008年)、Handbook on Optimal Growth: 1 Discrete Time(共著)(Springer 2006年)