「紀州のドン・ファン」と呼ばれた和歌山県田辺市の資産家、野崎幸助さん=当時(77)=に致死量の覚醒剤を飲ませて殺害したとして、殺人罪などに問われた元妻、須藤早貴被告(28)の和歌山地裁での裁判員裁判はこれまでに12回の審理を終え、18人の証人尋問が行われた。被告が無罪を主張して犯人性が争点となる中、覚醒剤の密売人や知人らの証言から、55歳差の「年の差婚」の実態が次第に明らかになってきた。
密売人の出廷にどよめき
1日の第7回公判。証人の姿が見えぬよう法廷内にパーティションが設置された。その内側にいるのが薬物の密売人と判明すると、傍聴席からどよめきが起きた。
野崎さんは、平成30年5月24日に急性覚醒剤中毒で死亡。一般人には入手困難な違法薬物と被告との接点は、検察側立証における焦点の一つとなっていた。
法廷で密売人は、同年4月上旬に密売サイトを通じて注文が入ったため田辺市の路上へ向かい、そこで「覚醒剤入りの封筒」を女性に手渡し、十数万円を受け取ったと証言した。
覚醒剤の購入客は被告だったのか。検察側は、注文に被告の携帯電話が使われ、直前に近くのコンビニのATMで被告が10万円を引き出していたとの証拠を提出。密売人は、捜査当局から出金時の被告とみられる写真を見せられたといい、検察側から封筒を渡した女性と同一か問われると、「はい」と即答した。
一方、弁護側が覚醒剤の調達方法を詳しく尋ねると「分からない」「(記憶が)曖昧」と答える場面もあり、中身が本物の覚醒剤と断定できるのか議論の余地を残す形となった。密売人の証言の信用性判断は犯人性の認定において大きなポイントになるとみられる。
離婚話の現実味は
「自然死でお金が入る予定だったんだよ」。野崎さんの死亡後、被告は結婚したことを告げていなかった家族にこう釈明し、財産目当ての関係だったことを隠そうとしていなかった。
検察側は事件の動機につながる事情として「遺産目当てで結婚したのに離婚を迫られていた」と主張している。このため離婚話がどこまで現実味を帯びていたのかもポイントとなっている。
野崎さんは自伝で被告との出会いについて「空港で転んだ私を優しく助けてくれた」と偶然だったかのように記していたが、実際は知人の紹介で知り合い、月に100万円を支払う条件で同年2月に結婚していた。
検察官が読み上げた家政婦の供述調書によると、野崎さんは若い女性との結婚を周囲に見せびらかしたかったが、被告に結婚式をすることを嫌がられるなど、「意味がない」と不満を漏らしていたという。結婚翌月には離婚届を周囲に見せてもいた。
約10年前から登録していた「交際クラブ」の経営者には「正しい嫁じゃない」と漏らし、結婚後も女性の紹介を引き続き要望。同年4月には銀座で別の女性と会い、求婚していたという。
家政婦はこの女性が新たな「本命」と感じ、野崎さんが経営していた会社の元従業員も「社長は(この女性と)『結婚したい、結婚したい』と言っていた」と語った。
一方、野崎さんは被告のことを周囲に「(被告の出身地の)北海道ナンバーワン」と自慢し、被告に宛てた「一生電話に出なくて結構です。さようなら」とのメールも未送信のままだった。
弁護側は冒頭陳述で、同年5月上旬に被告から離婚を切り出したが「野崎さんから『帰ってきてくれ』と懇願されて、田辺に戻った」と訴えている。
今後の審理では、さらに10人の証人尋問が予定され、終盤には被告人質問も行われる。多数の証言で浮かんだ当時の状況について、被告が何を語るかも注目される。
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