平安時代に長編小説「源氏物語」を執筆した紫式部の人生を描くNHK大河ドラマ「光る君へ」。源氏物語の誕生と宮廷の権力闘争を軸に、まひろ(後の紫式部、吉高由里子)と藤原道長(柄本佑)の強い絆が描かれた。7年ぶりの女性主人公、しかも平安時代が舞台と異色の「文学大河」として注目された。大河ドラマはフィクションと史実のバランスも課題となるが、紫式部の人生はわからないことも多い。時代考証を担当した、国際日本文化研究センターの倉本一宏さんにドラマの舞台裏を聞いた。
「作る人は大変」と思っていたら
《12月15日に全48回の放送を終えた》
終わってほっとしたところです。大変なこともありましたけど、なんとか最後まで完走した。恋愛フィクションパートと史実パートに分かれたとして、恋愛パートが好きな人が多いと思っていたんですが、史実に基づく部分が好きな人もそれなりにいたので安心しています。
《光る君への制作発表は2022年5月11日。紫式部が主人公の物語で、道長とは幼馴染という設定が発表された》
紫式部が主人公なのはいいことだなと思いました。制作発表の段階では時代考証の話は来ていなかったので、作る人は大変だろうなと思いました。紫式部は前半生も晩年もほとんど史料がないからです。
《時代考証の話が来たのは、制作発表の2日後だった》
えらいことになったなという感じでした。平安時代は非常に誤解されてる部分が多い。1つには平安貴族は、何も仕事をしないでぶらぶら遊んでいるということ。これは源氏物語や枕草子など文学作品の影響です。もう1つは江戸時代以来、武士というのは正義の存在で、貴族は悪い存在だとされてきたことです。
平安時代は非常に平和でしたし、庶民の暮らしも奈良時代よりはるかに豊か。いい時代じゃないかと思うんです。中世になるととにかく問題を暴力で解決しますから。ドラマを通じて少しでも平安時代についての誤解を解ければいいなということでお受けしました。
ほぼ毎日メール
《史実とは異なる設定を指摘し、歯止めをかけるのが、時代考証の役割だ》
脚本家の下にいるリサーチャーから、ほぼ毎日メールが来ました。それに答えると付随する質問がくる。脚本の原案ができると、赤字を入れて送り返して、白い表紙の台本ができます。「白本」です。これを基に考証会議が行われました。会議での意見を受けて、「青本」と呼ばれる台本が送られてきます。気になった点を指摘すると最終稿が送られてきます。それに赤字を入れて、俳優に配られる台本が出来上がります。
撮影中もわからないことがあれば問い合わせが来ます。放送日は、昼の4Kと夕方のBSと本放送の3回見る。DVDで送られてくる試写データは字幕がないので放送日に間違いに気づいたこともあります。せりふだけ撮り直して再放送で修正したこともありました。
インターネットでは、私がストーリーを作っていると思っている人も多いんですが、作者は脚本家の大石静さんです。私はアドバイスはしますが、それを取り入れるかどうかは脚本家と制作側次第です。
史実とのバランス
《紫式部の人生はわかっていないことも多く、フィクションの部分の考証は苦労したという》
5月11日の段階で、主なあらすじが発表されていました。1番困ったのは、道長とまひろが幼馴染で恋仲だということ。紫式部が女房になってから2人がどういう関係だったかは、いろんな説があります。それでも妾とは言えないと思いますね。「召人(めしうど)」といって、主人と男女の関係にある女房だったら可能性はあるけれど、それだとドラマにならない。
幼い頃に知り合っていたというのは事実としてはほぼあり得ない。どうやったらあまり史実から離れずに済むか考えました。
《第1回でまひろは、飼っていた鳥を逃がしてしまい、追いかけた先の川辺で三郎(道長の幼名)に出会った》
貴族の娘が、外をうろつくことはないです。でも、リサーチャーから「なんとかして2人を会わせる方法はないでしょうか」と聞かれたので、半分冗談で鳥でも逃がしたらどうですかって言ったんです。「そうでもしない限りありえないですよ」という意味でしたが、本当に映像化してしまいました。
直秀が屋根を飛び回る?
《大河ドラマは江戸時代以降の作品が多く、スタッフに平安時代の基礎知識を教えた。散楽のメンバーで盗賊の直秀は、塀の上に座って話す姿が印象的だが、当初のアイデアでは、屋根を飛び回っていたという》
江戸時代のドラマでは、盗賊がぴょんぴょん長屋から長屋へ飛び回りますよね。そのイメージがあったと思うんです。でも平安時代の寝殿造は、建物と建物が離れています。間に渡殿があり、少なくとも10メートルは離れている。飛び移れるぐらいだったら、オリンピックですごい記録が出る。それに、寝殿造の屋根に登るということはまずあり得ません。たとえば京都御所の清涼殿の高さは14メートルあります。
直秀は、塀の上に座って話すようにしましたが、ちゃんとした貴族の邸宅の築地塀は高さが数メートルありますから登れない。まひろの家は貧乏だから、塀も崩れていて低かったという設定にしました。
《まひろと道長をはじめ、貴族たちの恋愛模様も描かれた》
恋愛パートは史料がないので、お好きなように作ってくださいとしか言いようがない。でも、あまりに当時の常識からかけ離れたことはやめてほしいというのは、伝えてあります。
おそらく、脚本家もスタッフも最初の知識では平安時代は、一夫多妻制で通い婚だと思っていたと思いますが、実際はそうではない。主要な妻である嫡妻というのは、男を婿にとって養います。ドラマでは、倫子と明子のように、嫡妻と妾の身分の差、扱いの差をよく描いてもらえました。
皇位継承丁寧に
《史実部分で印象に残っているエピソードもある》
史実で言うと、皇位継承が割と丁寧に描かれていました。円融から花山、花山から一条、一条から三条、三条から後一条。三条の時代になると、時間がなくなっていましたが。
一条天皇が死ぬときは、古記録通りでした。藤原行成の進言を受けて、敦成親王を東宮にする場面でも、説話集や歴史物語は排除して、信頼できる史料だけで描いていました。
陣定(公卿が集まって評議すること)や受領功過定(受領に対する審査)がテレビで見られる時代が来たと歴史学者の人も感動していました。映像になるとどんなものだったか分かったのは良かったです。(油原聡子)
「光る君へ」総集編の放送は、NHK総合で、29日午後0時15分から。
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倉本一宏
くらもと・かずひろ 1958年三重県生まれ。東京大学文学部国史学科卒業、同大学大学院人文科学研究科博士課程修了。博士。国際日本文化研究センター名誉教授。専門は日本古代史、古記録学。著書に『戦争の日本古代史』『内戦の日本古代史』『藤原氏』『紫式部と藤原道長』ほか、『御堂関白記』『小右記』『権記』の現代語訳など。