今、ニューヨークで、パリで、ロンドンで、ラーメンがクールらしい。ユネスコ無形文化遺産に登録されたヘルシーな和食と、およそかけ離れているラーメンがなぜここまで日本食の顔となったのか。
この謎を英ケンブリッジ大の日本学教授が長大な歴史、文化をたどりながらひもといたのが本書。海外で話題を呼んだ歴史学書の翻訳版だ。
出だしは麺食の発祥、4千年前の古代中国。下って平安時代、清少納言は「枕草子」で大工の早食いの様子に驚く。ラーメンのできたてを熱いうちにという食べ方にもつながる習性は伝統らしい。
江戸で人気となったそばはしょうゆ味を普及させ、麺を食べる外食文化を育て、参勤交代で各地に広まった。明治維新後は文明開化の港町、長崎でちゃんぽんが生まれ、函館で南京そばが誕生する。そしてラーメンは明治末から大正期、東京・浅草の来々軒、福島・喜多方の源来軒、札幌の竹家食堂など、各地で同時期に発生したと紹介される。
明治生まれの劇作家、長谷川伸は横浜の中華街で食べた豚肉入り麺を回顧する。作家、大岡昇平はラーメンを親に隠れて食べることに不良性を感じていたとも。かくて世界に冠たるインスタントラーメンが昭和に登場する。
ラーメンがいかに日本の主要文化かの説明では各種の漫画から、こまどり姉妹の歌「涙のラーメン」にまで筆を尽くす。ここまで読み進めて微苦笑がたえなかった。果たして、原書の読者は、どこまで理解できたのだろうか。とにかく著者のラーメンに対する語りは熱い。
歴史、文化を踏まえ、著者は冒頭の謎について、ラーメンの台頭は戦後、日本が経済大国として国際入りを果たしたのと軌を一にしていると説く。つまり高度成長を支えた労働者の食なのだと。
食は時間とともに変化し続けると著者はいう。かつての食の常識がいかに滑稽かという例も紹介され、今の常識も疑ってかかれと本書は述べているよう。時代と歩むラーメンから学ぶことは多そうだ。一杯食べれば、多彩な「歴史を消化」できるのだから。(バラク・クシュナー著、幾島幸子訳/明石書店・2500円+税)
評・浅暮三文(小説家)