パプアニューギニアの高地に滞在するうち、サツマイモが主食でタンパク質摂取が少ない現地の人たちが筋骨隆々だと気づいた梅崎先生。
糞便サンプルを集めて分析し、窒素を固定する機能を持つ腸内細菌を探りあてました。
人類と腸内細菌との素敵な共生関係とは?
人類生態学×大便
タンパク質摂取が少ないパプアニューギニアの人が筋肉質な理由に糞便から迫る
梅崎昌裕
UMEZAKI Masahiro
医学系研究科 教授
たとえば、ライオンは地域が別でも肉食ですが、人類の食べ物は地域ごとにいろいろです。アフリカにいた頃にはまだ小さかった人類の多様性は、各地に広がって環境に適応するうちに拡大しました。そうした人類の多様性の解明を目指すのが、人類生態学です。
糞便から腸内細菌を調べる
人類生態学では調査地に長く滞在することが多く、私の場合はそれがパプアニューギニア高地でした。現場に入らないと見えないテーマを探すのがこの分野の醍醐味です。初めて現地に赴いたのは、博士1年だった1993年。通算2年超の滞在で感じたのは、現地の主食がサツマイモでタンパク質摂取が明らかに足りないのに、多くの人が隆々たる筋肉を持つことです。タンパク質の不足を補う細菌が彼らの腸内にいるのかも、と考えました。
腸内細菌を調べるには糞便から推定するしかありません。次世代シークエンサーの普及を待って、調査に着手したのは2010年です。長期滞在で顔見知りになった現地の皆さんに頼み込み、約200の糞便サンプルを集めました。回収だけでも難儀ですが、山奥から運ぶのも大変。嫌気性の細菌も多く、酸素を抜いた容器で冷却する必要があります。帰国後に分析すると、日本人の腸内細菌とは大きく違い、約半数は未知の菌でした。
筋肉を形成するタンパク質の一部は大気中の窒素由来かもしれません。大気中の無機窒素を人が利用することはできませんが、細菌はアンモニアに変えることができ、それを餌にアミノ酸を作るものもいる。アミノ酸なら人間が吸収して使えます。パプアニューギニア高地人の腸内細菌はそうした窒素固定の機能を持ち、老廃物をアミノ酸に変えて筋肉の材料にしていると考えられます。糞便を移植した動物の実験ではおもしろい結果が出ましたが、実際に人の筋肉の合成に繋がっているのかはまだわかりません。
腸内細菌と人類の共生関係が面白い
実はパプアニューギニアでも都会の人だと多くの腸内細菌が失われていました。厳しい環境にいる人の腸内ではそれに対応する細菌が増え、厳しくない環境にいると減るようです。都市部の人はどこでも均質的な食生活を送っていますが、僻地には都市と違う食生活を送る人がいる。そこから腸内細菌と人間の面白い共生関係が見えてきます。
近年はラオスを中心に調べています。多くの植物は毒を持ち、草食動物はそれを解毒する機能を持ちます。200種以上の野生植物を食べるラオスの人たちが同様の解毒能力を持っていてもおかしくありません。5つの村で700ほどの糞便サンプルを集めており、今後の分析が楽しみです。去年調べ始めたのはどぶろくを朝食に摂るネパールの調査です。エチオピアには酒が主食の地域もあります。彼らの腸内細菌はアルコール中毒にならずに栄養を吸収する機能を持つはずです。
人の腸内では多様な細菌が小さな生態系を作り、食べ物のカスと人が出したゴミを餌に生きています。そうして人類と細菌は共生してきました。地域ごとにユニークな食文化と腸内細菌がある中、食生活の均質化が進んで本来の適応システムが失われつつあることは、健康や病気の基盤を考える上で重要です。人類生態学の手法で食べ物と腸内細菌の関係を明らかにしたいと思います。