クルマのリフトアップはしないほうがいい?
2025.02.25 あの多田哲哉のクルマQ&A「ポルシェ911ダカール」や「トヨタ・クラウン クロスオーバーRS“ランドスケープ”」などを見ると、リフトアップはとても魅力的なカスタマイズだと思えます。しかし、「車両開発者としては、重心は1mmでも下げたい」という多田さんの言葉を聞くとマイナス要素もあるのかもしれません。どのような問題が考えられるか、あるいは害があるというほどでもないのか。詳しく教えてください。
リフトアップといいますか、最低地上高を十分に確保することの機能的なメリットは、言うまでもなく「地面のいろんなギャップを気にせず乗れる」「クルマのおなかを擦らずに済みますよ」ということに尽きます。
それと、お話にある“外観・デザイン的な魅力”ですね。ファッション性では必ず両方あるもので、下げたい人もいれば、上げたい人もいる。かつては、「車高を下げるとかっこいい」「重心が下がってレーシングカーのように走行安定性が増す」みたいなイメージが主流で、ローダウン一色でしたが。
思い出すのは、「トヨタ86」を発売してしばらくたったころに出た「リフトアップキット」です。スポーツカーである86用の。私自身、非常に驚いて、実際にその製品を見に行きました。北海道のチューニングショップいわく、じつは雪国の86ユーザーからこうしたキットを求める声が多く、実際に結構売れたそうなのです。雪が降った際に、自宅などの敷地内で動けなくなり困ってしまうユーザーがいて、大変助かっているのだと。そういうこともあるのかと、このとき初めて知りました。
重心高を下げるということ自体は、車両開発において走行安定性を高めるうえで必須のメニューですから、私自身、リフトアップについて「何をバカな」みたいなことを言ったこともあるのですけれど、今や電気自動車のバッテリーに限らず、「ボディーに内蔵する重い物は極力下方に積む」というのが常識になってきていますね。
車高の高い・低いにかかわらず、今のクルマは重心を下げてつくるのが大前提。なので、ちょっとくらいリフトアップしたところで、実際の重心高はひと昔前のクルマと何ら変わらないという状況にはなっています。合わせて、サスペンションの性能も上がっていますから、いくらか車高を上げたところで、即、危険だというところまではいかない。一定の走行安定性が確保できるようにはなっているはずです。
その点、技術的な要因で一番大きいのは、ABS、VSC、トラクションコントロールの進化ですね。車高を上げて最も恐ろしいのは「クルマがひっくり返る」ということなんです。それこそメーカーは、車高を上げたクルマで急旋回して転ぶというのを恐れていて、かつては、テスト段階で補機を付けて「どこまでやったらひっくり返るか」という試験も行っていました。そうした転倒リスクも、VSCが発達し、標準で装備されるようになったことにより、だいぶ解消されています。
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多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。