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作家の読書道 第226回:酉島伝法さん

2011年に「皆勤の徒」で第2回創元SF短編賞を受賞、造語を駆使した文章と自筆のイラストで作り上げた異形の世界観で読者を圧倒した酉島伝法さん。2013年に作品集『皆勤の徒』、2019年に第一長編『宿借りの星』で日本SF大賞を受賞した酉島さんは、もともとイラストレーター&デザイナー。幼い頃からの読書生活、そして小説を書き始めたきっかけとは? リモートでお話をおうかがいしました。

その1「原体験となった子供向けの全集」 (1/8)

  • サハラに死す――上温湯隆の一生 (ヤマケイ文庫)
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――いちばん古い読書の記憶から教えてください。

酉島:寝る時に母親が読み聞かせてくれたことだと思います。最初の頃は普通に絵本や童話だったと思うんですが、ある時なぜか、上温湯隆の『サハラに死す』を読んでくれたんですよ。サハラ砂漠を渡ろうとして行方不明になった青年が遺した、日記や手紙などから構成した本です。なぜ母がその本を選んだのかは謎なんですけれど。最初は毎日ラクダと一緒に旅をしていて楽しそうだな、と思いながら聞いていたんですが、最後には行方が分からなくなる。「でも、生きているんでしょう?」と訊いたら「そうじゃないみたいやねん」って母親が言うんです。「ええーっ」となるじゃないですか。まあ、考えてみればタイトルにそのまま「死す」ってあるんですけれど。でも途中から物語を聞いている気持ちになっていたし、主役が死んでしまう物語なんて知らなかったし、そもそも死ぬってことがよく分かっていなかったので、愕然としました。最近出た『るん(笑)』という本に、過去の記憶としてちらっと使いましたが。トラウマでもないんですけれど、人生最初に抜けなくなった棘みたいなものですね。

――それが小学校に入る前くらいの話でしょうか。

酉島:3~4歳くらいだったと思います。同じ頃に、講談社の「こどもの世界文学」という30巻くらいの全集を買ってもらいました。これなんですけれど(と、モニター越しに本を見せる)。装丁も箔押しで、デザインも素晴らしくて。これがルネ=ギヨの『こいぬの月世界探検』で、こっちは『しあわせの王子』。何年か前に実家から持ってきて手元に置いてあります。
 このシリーズはいろんな意味で原点になっています。『こいぬの月世界探検』は、はじめて触れたSFでもありますね。挿絵が竹川功三郎さんという、『霧のむこうのふしぎな町』の挿絵を描かれた方で、原書のイラストを元にしているようなんですが、たとえばこの月世界の絵とか......(と、ページを開いて見せる)。

――通路の天井にレールが通っていて、頭に滑車をつけたロボットがそれでシャーッと走っていく絵ですね、面白い。このシリーズは作家としての原点であり、イラストレーターとしての原点でもあったわけですね。

酉島:このシリーズで、本というのは文章と挿絵が組み合わさったもの、と刷り込まれたのかもしれません。たぶん、だから両方書くようになったんだと思います。
『こいぬの月世界探検』は、イダルゴという名前のダックスフントが飼い主と旅行中に迷子になって、ケネディ宇宙センターに引き取られるんですね。そこでロケットに乗せられて月に行くと、すでにカリオペア人という謎の宇宙人がいて、月面基地を作っている。人間たちは追い返されて犬だけが残って、アタルという名のロボットに飼われるようになります。アイボみたいなロボット犬が出てきたり、バーチャル本みたいなもので「白雪姫」の世界に入っていったりと、今を先取りしていて面白くてですね。

――ああ、今見せてくださっている挿絵のロボット犬、本当にアイボみたいですね。

酉島:でしょう。アイボが出た時、びっくりしたんです。でもこう見えて嫉妬深くて、イダルゴに自分の飼い主をとられたと思って、意地悪するんです。で、アタルが「お仕置きだ」っていって何をするかと思ったら、そのロボット犬を分解して箱に入れてしまうんですね。なんだかすごく悲しい気持ちになって。
 最終的にイダルゴは地球に戻ることを願ってロボットたちと別れるんですが、ちょっと怖かったのが、アタルが「どうしてもイダルゴと別れたくない」と言って癇癪を起したために、頭の回路の一部を抜き取られて、イダルゴとの楽しい日々の思い出を全部失ってしまうんですよ。それで「そういえばロボット犬がいたな」と、分解した箱を持ってきて元通りに組み立て直してまた一緒に暮らすという。

――うわあ......すごい話ですね。

酉島:次によく憶えているのは小学校2年生くらいの頃、親が図書館から『宇宙人デカ』という本を借りてきたんです。「エスエフ世界の名作」という子供向けのSF全集の1冊でした。主人公の少年が、地球に墜落した宇宙船から脱出したゼリー状の宇宙人に寄生されるんです。その宇宙人は刑事で、逃げ出した犯罪者を探しているんですが、どの人間に寄生しているのか分からない。寄生した少年に協力してもらおうと、体の一部を文字の形にして瞳の前にニョニョニョって出して意思疎通をはかる。面白くて夢中になりましたね。僕はなんでも自分でやってみたい子供だったので、練り消しで文字を作って目の前にぶら下げてみたんですが、近すぎてぼやけて見えない。この宇宙人の試みはちょっと無理があるのでは、と子供心に思いました。

――そのストーリーって、もしかして......。

酉島:そうなんです、ハル・クレメントの『20億の針』のジュブナイル版だったんです。その後引っ越しして、別の図書館で『星からきた探偵』という面白そうなタイトルを見つけて読んだらデジャヴュ感がすごくて。で、大人になって、『20億の針』という本を見つけて読んだらまたデジャヴュ。全部元は同じ本でした。考えてみたら、この小説にはそうとう影響を受けていますね。のちの自分の作品に共通する要素がいろいろ出てきます。影響が長引きすぎて怖いくらいですけれど。

――気になったことは自分でやってみる少年だったんですね。

酉島:その後江戸川乱歩の「少年探偵団」シリーズに夢中になるんですけれど、少年探偵団の少年が敵のアジトに忍び込んで暗闇で息をひそめる場面なんかにドキドキして、自分も押し入れの中にずーっとこもっていたりしました。ようやく出たときはすごく爽快で。
「少年探偵団」シリーズでは明智小五郎も怪人二十面相もよく変装しますよね。僕、1回、ほっぺたに綿を入れてセロハンテープで釣り目にして、帽子被って架空の友達のふりをして、自分の家を訪ねたことがあるんです。チャイムを鳴らしたら母親が出てきたので「酉島くん、いてるー?」って訊いたら「上の部屋にいたと思うけど」って、一瞬騙されかけてました。でも、そこで僕がこらえきれずに笑ってしまって、ネタばらしを。どこまで騙されるのか見届けたかったのに。

――それでもお母さんを一瞬騙せたというのはすごい。

酉島:ほっぺたの綿と釣り目でけっこう変わるんですよ。鏡を見ながら何回も調整はしましたけど。でも、母親は「履いてる靴、私買ったやつやな」と気づいて、ちょっとおかしいとは思ったらしいです。

――ふふふ。読む本は、図書館や図書室で借りるものが多かったのですか。

酉島:図書館には毎日のように通っていました。夢中になっていた頃は、朝行って借りて読んで、昼行ってまた借りてくるみたいな。まあ、子供用の本ばかりでしたし、けっこう読み飛ばしていたんじゃないかと思います。基本、僕はかなり読むのが遅いので。
 その頃に「ドリトル先生」シリーズにはまりました。ロフティングが自分で描いた挿絵がすごく素敵でしたし、井伏鱒二の訳も素晴らしかったですね。双頭の山羊みたいな動物の名前が「オシツオサレツ」だったり。
 たぶん、この頃に最初の小説を書いているんです。「少年探偵団」シリーズの『黒蜥蜴』を真似た、「赤いルビー」とかそんなタイトルの。「ドリトル先生」のパロディみたいな「なんとか先生」というものも書きました。その話ではオウムのポリネシアみたいな相棒役として、トカゲが出てくるんですが、手術でトカゲの頭蓋骨を人間の形に入れ替えたので人語を話せるようになったという設定でした。たぶん『ブラック・ジャック』の影響でしょうね。当時よく病院に通っていたんですが、待合室にあるのが怖い漫画ばっかりだったんですよ。楳図かずおだと『猫目小僧』、『おろち』、『イアラ』。『猫目小僧』の「妖怪肉玉」とかは、読みながら叫び声をあげそうになりました。手塚治虫だと『ブラック・ジャック』、『きりひと讃歌』、『どろろ』。手塚治虫って、ばらばらになった身体を繋ぎ合わせるという、フランケンシュタイン的なモチーフが結構出てくるんですね。脳を混ぜて一人分の脳にするとか。その衝撃もいまだに響き続けている気がします。

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